― 特集 ―

「東方」制作者インタビュー「シューティングの方法論」第3回

ZONE F(FUTURE)

■東方が目指すもの

4Gamer:
 そろそろ,まとめに入っていきたいと思います。
 以前,日記のほうでネットゲーセンのような構想があると書かれていましたが,これについての考えを聞かせてください。

ZUN氏(以下ZUN):
 やりたいですねぇ。ただ,技術的に難しいこともいっぱいあるので。

4Gamer:
 ネットゲーセンという言葉からは,短絡的に,花映塚の発展というか,対戦をイメージしてしまいがちですが……。

ZUN:
 いや,対戦というわけじゃないですね。僕が一番やりたいのは,ネット上でゲームを交えたコミュニティが存在するようになること。ゲーセンのように,誰かがプレイしている状態を,いつでも自由に見られるような感じです。
 技術的に出来るかどうかはまだ分かりませんけど,ここで対戦にこだわる必要はない。人と人がつながる必要もない。自分でプレイ内容を発信できたりするような感じでもいいですし。
 それで,見ているほうには「歓声」ボタンがあって,押すと,プレイしている人の画面に「うぉ〜」とか「すげぇ」とか出る。これだけで何となく楽しいじゃないですか。凄いプレイに対しては“ネットギャラリー”の人だかりができて。

4Gamer:
 確かにそれはゲームセンターのイメージですね。

ZUN:
 ゲームをやっている人と,見ている人が一緒に存在する場所を作ってみたい。その前提として,すでに東方にはそういった土壌が生まれているんじゃないかな,と考えていたりもします。正直,ゲームシステムだけをチクチクいじっているよりは,本当に新しいものを作りたいというのもありますし。
 現時点では夢物語ですけどね。花映塚のネット対戦をやってみて,「できるかどうかっていえばできるかな?」って感じです。

4Gamer:
 ゲームを媒介にして人を集めるとなると,既存,もしくはこれから出てくる商業コンテンツと,同人だからということに関係なく直接競合してしまうと思うのですが。「オンライン上で行われるサービス」という意味で,ですけれども。

ZUN:
 そのあたりは,あまり深くは考えていないんですけど(笑)。
 僕は「そういうのがあったら面白いな」ぐらいしか考えていないので。別に,将来的に必ず立ち上げなきゃならないという公約もありませんしね。それをゲームの根幹に据えるつもりもないんです。もしかしたら,それこそ「単純に思いつきで付けてみました」になるかもしれない。
 ただ,本格的にやるとしたら,それがメリットになるようなものを考えたいですね。それをやることによって,そのゲームの魅力が増すとか。とりあえず今の段階では,考えている方向の一つとして,そういうのもあるよってレベルです。ほかにも「こういうのをやりたい」というアイデアはありますから。

4Gamer:
 花映塚のネット対戦パッチに触っている限り,今説明があったようなネットゲーセンというものの実現は,そう遠くないような気もしますが。

ZUN:
 あれは今思い返しても大きな実験ですね。仮に完璧な同期が取れたとしても,やっぱりいろいろと問題はあると思うんですよ。つないでいる相手が分からないのはイヤって人がいるかもしれないし。
 人間が入ってくると,どうしても人間同士の問題とか,人間関係の問題とかがたくさん出てきますよね。それを助長するのもまずいなとは思う。わけの分からない人が入ってきて,場を荒らして帰っていくとか,そういうのはどうしても起こりえるから,それにも気をつけなきゃならない。
 そういうことを考えているとやりにくいから,花映塚ではおまけになったとか,そんな感じではあります。おまけでとりあえず出してみて,反応あるかな,ちゃんと動くのかなって。

 ネットゲーセンというものを構想するあたりにも驚くが,その中のイメージにギャラリーという存在が含まれているのはちょっと面白く感じた。しかし,現実のゲーセンにおけるギャラリーは,色々とややこしい立場に立たされていて,必ずしも肯定的に捉えられてはいない側面があるのは事実だ。考え過ぎかもしれないが,筆者の中には「人間同士の問題が出てくるとすれば,こういうところが発端なのかな」などと,過去の経験から想像したりする自分もいる。

■商業と同人のはざまで

4Gamer:
 これから先の東方というものを考えた場合,東方が同人ベースであることについては,どのように捉えていますか? 例えば「東方文花帖」(2005年,一迅社)などは商業ベースの出版物なわけですが。

「東方文花帖 〜Bohemian Archive in Japanese Red.」
2005(C)opyright ZUN All rights reserved./(C)一迅社 Illustration:唖采弦二

ZUN:
 本に関してはずっと前から依頼されていて,お世話になっているってこともあって,出してみることにしました。でもどうせ出すなら,新作で変わったもの出そうかなと。あれでえらい目に遭いました。書く量多すぎてやってられん……ていう(笑)。
 でも,実際に以前から商業媒体で小説書いたりとかしているわけですから,最終的にはそれほど違和感なく。ファンからすれば,どこから出てもたぶん大丈夫だと思うんですよ。商業で出てイヤだと思うとしたら,出す会社がそれで儲けようとしてる気配が強いときですよね。
 あの本は不思議なことに,商業ラインであるにもかかわらず,同人ショップでしかほとんど扱われていない。本当に商業流通なのかって思うくらい。普通の書店には全然売っていないのに,でも結構売れています。面白いというか,そんなことってあるんだなぁと。

4Gamer:
 既存の流通に依存しているかどうかなんて,エンドユーザーにとっては,もはやどうでもいいことなのかもしれませんね。

東方永夜抄のパッケージ

ZUN:
 東方は特殊なのかもしれません。まず第一に,同人なのに18禁要素がない(笑)。自分で言うのもなんですけど,パッケージも特殊ですよね。普通,ゲームってキャラクターを前面に出すから,その中で東方だけ明らかに浮いている気が。同じ同人シューティングというジャンルの中で見ても,見た目の雰囲気が何か違う。「キャラの魅力が」とか言ってるのに,パッケージにはキャラがシルエットしか出ていないわけですから。
 もしプロデューサーというか,横から口を出す人がいれば「今回はこのキャラで押しましょう」とか言われるでしょうね。ただそれは,自分の本意ではない。ちゃんとプロデュースしていけば,もっとデカくできるよって話もあるんですけど,それをあえてしないことで,そういうことをあまり好ましく思わない人が,むしろ付いてきてくれるのかなって。

4Gamer:
 そういうプロデュースや展開の部分について,もっとうまくやれば,という意見が来ることはありますか?

ZUN:
 考えている人はいるでしょうね。「もっとうまくやれば,もっと儲かるのに」っていうのは,意外と多いかもしれません。それを言えないのは,そんな気がまるでないことを,僕がずっと匂わせたり言ってたりするからでしょう。
 実は,かなり初期のころからコンシューマ化とかアーケード化って話はあったんですよ。たぶん偉そうに聞こえると思うんですけど,正直,やれば話題になると,思うというか分かります。でも,それが東方の目的ではない。だから,今のところ実現していません。

4Gamer:
 では具体的に,これから東方がどんな方向に向かっていこうとしているのか,漠然としたものでも構わないので教えてください。

ZUN:
 僕の場合はあくまで趣味なんですよね。本当に趣味なので,あまり大々的になり過ぎても困るから,シューティングが好きで,こういうの出されたら喜ぶだろうなって人だけを対象に出していたんですけど……。
 自分からは宣伝とかもしたことないんですが,そのうちどんどんデカくなって,いろいろな人が遊ぶようになって,このインタビューみたいに,いろいろなところで東方という名前が露出するようになってくる。こうなってくると,僕の立場は結構微妙になってきて「どうしたものかなぁ」といったところです(笑)。

4Gamer:
 端から見ていると,大きくしているように見えなくもないですよね。

ZUN:
 そうなんですよ。僕が自分からガンガンやっているように見えてしまうのが一番怖い。
 今の日記のスタンスでもそうなんですけど,たまにポロっと「新しいのを作ってみましたけど,どうですか?」くらいの感覚でやっているので。
 ただ,世間一般では「同人ゲームの最終目的は,会社化して商業ゲームになること」と思っている人も少なくないと思うんですよ。

4Gamer:
 確かに,商業化したサークルもありますし,実態は企業というサークルも少なくありません。しかし,だとすると,東方における最終目標というのは,何なのでしょうか?

ZUN:
 東方の最終目標ですか。これを作ったら終わりだっていうのは,あまり考えていないから,一番の目的は自己満足ですかね。
 東方をいくつまで作ろうというのもありませんし,いつか東方をこういうゲームにしようっていう最終目標もないです。
 近い目標だったらいっぱいありますよ。ノルマに近いものとして,冬のイベントまでに「東方文花帖〜Shoot the Bullet」を作るとか,その次の夏にはこれこれを作ろうとかはある。でも,最終的に商業化してこうしようってのはない。だから,もし会社を作ったとして,デカいゲーム会社になったとしても,たぶんそれは最終目標ではないんです。最初からそこを目指してないから,もしなったとしても違う。

4Gamer:
 嫌な質問ですが,商業化自体は選択肢として排除しない?

ZUN:
 もちろん,目指してないからといって,そうならないとは言わないですよ。東方を商業に持って行くって目標はないけど,絶対に持って行かないとも言わない。そういう感覚ですね。「商業は絶対嫌だ,同人でやっていく」っていうこだわりもない。
 今は今で,今の一番いいものを出している。そして,僕がある程度満足するぐらいのものを今後も出し続けていく。だから,シューティングしか作らない,なんて一度も言ってないわけです。違うものに手を出してくことも当然ありえます。

4Gamer:
 多くの同人ソフトは,同人でなければできないことをしているというか,同人であろうとしています。今の話からすると,東方は,ほかの同人ソフトとその点でまったく異なる印象を受けるのですが。

ZUN:
 同人ゲームって,フリーソフトの奔放さに比べると,発想が出にくい場所だと思うんですよ。「このゲームのパロディとして出す」とかは多いんですが,そこを超えようとするものは思いの外少ない。
 コンシューマやアーケードで出た新作ゲームをパロディにしたようなのはいくらでも出るんですけど,それがオリジナル,って作品は実は凄く少ないって感じますね。それこそ同人ショップとかに行って見てみても,パロディが多いですし。

4Gamer:
 明確に意識されているわけではないかもしれませんが,オリジナルを出すと,制作者としての力量の多く,もしくはすべてが問われかねないというイメージがあるのではないでしょうか? それが,作り手にリスクや怖さを感じさせているのでは?

ZUN:
 それはあるかもしれないですね。正直,今の立場だと,東方を始めたときと同じような感覚では受け取ってもらえないかもしれませんが,僕は怖いと思ったことはないです。
 ただ,自己表現を外から否定されると,自己否定につながってしまう危険はありますよね。二次創作だと,出したものが否定されようが何だろうが,「自分が否定されたのではない」と考えて,心の平穏を保てるかもしれない。でも,自分が本気を出して作ったものが叩かれたりすると,確かに凹むかもしれない。それを怖がってしまうのかな? オリジナルでストーリー考えてストーリーをけなされたら,もう全否定なんじゃないかって。

4Gamer:
 表現することに目的があれば,他人の評価は本来関係ないのかもしれないと言い切れるんでしょうけどね。どこかに肯定されたい,褒められたいという意識があるようにも見えます。

ZUN:
 褒められたいっていうのは,ゲームを作る動機としてはありがちだと思いますけど,難しい話です。褒められたいからやるとき,最初に考えるのは「何をやったら褒められるか」ですよね。相手が何を望んでいるかが重要になるから,商業的な発想に近くなる。今あるものから,否定される部分を取り除いて,肯定の部分だけを採り上げていく。それって,面白いかなぁ。

4Gamer:
 だから,ZUNさんの場合は,「自己満足」が目標になっているわけですね。

ZUN:
 目の前のゲームを作っているときは,「これができたら相当満足するだろうな」と思って作ってますね。ただ,終わってみると案外そうでもない。だから次も次もといった感じです。
 ゲームを作るというのは結構大きな目標ですけど,本当はその上にさらに目標があって,それのためにゲームが作りたいはずなんです。そういう意味では,もしかしたら,自己満足というよりむしろ,僕が表現したい大きな目標を成しえた「達成感」を目指す,という言葉のほうが適切かもしれないですね。

■「東方文花帖〜Shoot the Bullet」に流れるもの

4Gamer:
 さて,いよいよ締めということで,最後に新作「東方文花帖〜Shoot the Bullet」について,少し伺えればと思います。すでにZUNさんの日記で情報公開が始まっているので,ゲームの全体像ではなく,思想的なところを聞けたらと思うのですが。

ZUN:
 今回は,「こういう遊び方もできますよ」という提案ですね。触ったことがないシステムだけど,やってみると凄く自然に遊べる,というのが目的です。
 スコアに関しても,簡潔で奥深くなるように構築しています。あと,作品自体に何の違和感もないスコアリングを意識しました。
 将来的には「評判が良かったらこういうことを今後も平気でやろうかな」くらいの感じですね。

4Gamer:
 それそのものが「東方」として自然である限り,何をしても,プレイヤーはついてきてくれるんじゃないでしょうか? それこそ,“シューティング”が写真を撮ることだったとしても。

ZUN:
 実は今回のシステムというのは,「東方紅魔郷」を作った後くらいから考えてたんですよ。いずれこういうゲームを作ってみたいなって。そのときは大々的なゲームを考えていたんですけど,それだけでゲーム1本を考えると,ちょっとお腹一杯かなと思ったので,小さめなゲームとして出してみようかと。
 東方のファンの中には,こういう“ちょっと面白い”ゲーム,実験的なゲームを好きな人が結構いるんじゃないかなと期待してたりもします。「なぜ東方って名前を使ってるんだ?」という疑問が,プレイヤーの誰の頭にも湧かないような感じにはしたつもりです。

4Gamer:
 1プレイ1分と日記で発表されていますが,このあたりからは,花映塚をさらに先鋭化させたような印象も受けます。

ZUN:
 実はそこは,アーケードじゃできないことをやろうっていうのがありますね。僕がアーケードのシューティングを好きだったから,花映塚も含めて,これまではどうしてもアーケードを引きずっているところが多かったんですよ。それで「アーケードの常識を引っ張り過ぎているから,一度PCに特化したものを作ってみたいな」と思っていました。そういう意味で今回は,僕の中の原点に戻っているというか,開発してる僕が楽しいものを作ってますね。

4Gamer:
 現在は開発中だと思いますが,状況はいかがでしょう。

ZUN:

 一番の問題は,間に合うかどうかですね(笑)。あとは,僕が遊んで必死に全部調整するという,最重要の部分が残っています。
 今回はとくにそこが重要なので,延々とテストしているところです。面白くて,ついつい本気で遊んじゃって,テストが先に進まないとか。やらなきゃいけないことがいっぱいあるのにって思いながら「あと何点取れそう」とか。そういうことをやってます。

4Gamer:
 正直なところ,夏にゲーム,冬が音楽CDという流れがあったので,この冬のイベントは音楽CDが出るに違いないと思っていたのですが……。

ZUN:
 誰もがそう思ってるときこそ,違うことをやらないと。というか,音楽CDが出ると思われているときに音楽をCD出そうとすると,ハードルが高くなるんですよ。ゲームが出ると思われているときにゲームを出すのも大変です。「何か凄いものを作らないといけないんじゃないか」とか思ったりして。
 今回のように,そうじゃないタイミングで出すときは,結構気楽です。やりたい放題やれる。格闘ゲームの避け攻撃じゃないですけど,そういう感じはあります。

 もっとも,実は僕もこの冬は音楽CDを作るつもりだったんですよ。でもうっかりゲーム作っちゃったから(笑)。

 インタビュー時間は5時間弱。一人のゲームクリエイターに対する取材としては,異例といえる長い時間だ。
 そんな濃い時間を終えてみると,シューティングというアプローチで,商業流通でないというハンデを抱えながら,数多くのファンをトリコにする秘密の一端が分かったような気がする。手当たり次第に手を出すのではなく,プレイヤー自身が,自分の趣味や好みの方向性を十分理解したうえで,プレイするゲームを選ぶことが当たり前になった現在。この時代にあって,東方が支持されているのは,やはり,かなり凄いことなのだ。

 おそらく,東方というコンテンツは,ある程度の未来まで,その独特な立ち位置と距離感を保ったまま,新しい何かを産み出し続けていくに違いない。それを見届けたいと思わせる「力」が,制作者にも作品にもあることを確信した。
 帰り際,ZUN氏は「ゲームそのものについてこんなにたくさん話したインタビューは珍しい」と話していたが,まだまだ面白い話が聞けそうで,少々もったいない気がしたのも確か。とりあえず今は,冬の新作を楽しみに待ちたいと思っている。

 

タイトル 東方花映塚 〜Phantasmagoria of Flower View.
開発元 上海アリス幻樂団 発売元 上海アリス幻樂団
発売日 2005/08/14 価格 1000〜1500円程度
 
動作環境 OS:Windows 2000/XP(+DirectX 8.0),CPU:Pentium以上[Pentium III/800MHz以上推奨],メインメモリ:128MB以上,グラフィックスチップ:DirectX 8.0以上に対応,グラフィックスメモリ:32MB以上,パッドコントローラ推奨

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