― レビュー ―
ムービーとベンチマークテストで確認する「PhysX PPU」の現在,そして将来
PhysX P1 GRAW Edition
Text by 宮崎真一
2006年5月18日

 

PhysX P1 GRAW Edition
メーカー:ASUSTeK Computer
問い合わせ先:ユニティ コーポレーション(販売代理店)
news@unitycorp.co.jp
予想実売価格:4万円前後

 ゲームのための物理演算チップ「PhysX PPU」。AGEIA Technologies(以下AGEIA)が最近になって「AGEIA PhysX Processor」と呼び始めたPhysics Prosessing Unit(PPU)を搭載するカードの単体発売が,いよいよ始まることになった。
 4Gamerではこれに合わせて,昨年6月の段階から,PhysX PPU搭載カードに対して積極姿勢を見せていたASUSTeK Computerの第1弾製品「PhysX P1 GRAW Edition」(以下PhysX P1)を入手。2006年6月1日発売予定の同製品を用いて,ムービーやベンチマークテストから,その価値を明らかにしてみたいと思う。

 

 

PhysX PPUが可能にするもの

 

PhysX PPU

 そもそも,物理演算チップとしてのPhysX PPUは,何をするものなのか。一言でまとめると,「物体の動きにリアリティを付加することで,ゲーム全体のリアリティ向上を実現するため,必要な演算を行うハードウェア」である。
 なぜこんなものが必要になったのかというと,これは極めて単純な理屈だ。3Dグラフィックスが日に日にフォトリアリスティックな表現を行えるようになっていくなかで,それ以外の部分がリアルでないことが,目につくようになってきたからである。

 例えば初期の“クルマゲー”では,クルマは減速もなにもなく,文字どおり直角に曲がれたり,岩に当たったら爆発して粉微塵になったりした。だが,クルマ自体がドット絵だった時代に,「直角に曲がるなんて不可能だ」などと文句を言っても始まらないわけで,当時は誰もそんなことは気にしていなかったのである。
 だが,3Dになり,「手元のステアリングを切ると,それに合わせて画面内の世界が流れていく」時代になると,状況は変わってきた。自分が操作しているのはドット絵でなく,明らかにクルマの形をしているのに,直角に曲がれてしまったり,縁石や切り株にテールをヒットした途端に「バーン」とクルマが粉々になるようでは,違和感がぬぐえない。

 

ステアリング操作を誤る→路肩に足を取られて横転→地面と接触→当たった部分が壊れる。このとき「どのように車体の各部が接触したのか」から,物理法則に基づいて“壊れ方”を求めるのが物理演算だ。画面は「Richard Burns Rally」より

 そこで登場してきたのが「物理シミュレーション」だ。リアルなゲーム内世界で描かれるオブジェクト(物体)が,現実世界の物理法則に準じたリアルな挙動をすれば,ゲーム全体から受ける印象も,よりリアルになる。
 先ほどのクルマの例で言えば,「障害物に当たる→ダメージ量が計算されてスピードが落ちる」が,「障害物に当たる→シャーシがゆがんで空気抵抗が上がったり,フレームがゆがんで挙動の制御が難しくなったりする→スピードが落ちる」といった具合。原因と結果という因果関係の間に“物理法則を挿入する”ことで,現実世界に似た挙動をゲーム世界でも得る,というわけである。

 そして,AGEIAのPhysXテクノロジーは,簡単に言うと,物理シミュレーションを実行するに当たって,マルチスレッド対応CPUへの最適化を行ったものだ。物理演算を並列処理させることで,シングルコアCPUに「ゲーム進行の片手間に」処理をさせるよりも,よりリアルな物理シミュレーションを行えるのは目に見えている。あるいは,従来と同じレベルの物理処理であれば,より広範に適用できるようになるだろう。

 

PhysX P1を装着し,ドライバをインストールすると,デバイスマネージャからは「AGEIA PhysX AG1011 Physics Processor」として認識される

 ここまで説明すると,PhysX PPUという物理演算チップの役割は,もはや明確である。そう,PhysX PPUは,PhysXテクノロジーを利用した,マルチスレッド対応ゲームプログラムの処理を“(物理演算専用の)サブCPU”として受け持つためのチップなのだ。

 

 

グラフィックスカードにそっくりなPhysX PPUカード

 

 PhysX PPUの役割をざっくりつかんだところで,カードを見てみることにしよう。

 

PhysX P1。ブラケット部にはPhysXのロゴマークが印字されている

 

 PhysX P1は,PCI接続タイプの拡張カードで,一見したところでは,外部インタフェースのないグラフィックスカードのような印象だ。主な仕様は表1のとおり。PhysX P1では4ピンの補助電源コネクタが用意されている点は指摘しておきたい。

 

 

 チップクーラーを外すと,PhysX PPUとメモリチップが姿を見せる。試用したカードが搭載していたコアのリビジョンは,おそらくA1で間違いないだろう。メモリチップは2ns品のGDDR3 SDRAMなので,スペック的には1GHz相当(500MHz DDR)の動作が可能だ。

 

PhysX P1は4ピンのペリフェラル用電源コネクタを用意する 入手した個体はSamsung ElectronicsのK4J52324QC-BC20を4枚搭載。同メモリチップは512Mbit品なので,4枚だと256MBのはずなのだが,なぜか128MBしか使われていない

 

 

PhysX PPUのもたらすメリット

 


付属のドライバCD-ROMとゲーム一覧(上)。GRAWとCellfactorのほかには,PhysX PPU搭載カードを差していないと先に進めない「Switchball」というアクションパズルのデモ版(下)がバンドルされている。このタイトルでどう物理演算が行われているかは,「こちら」(21秒:3.8MB,WMV)のムービーでチェックしてみてほしい

 なお,PhysX P1にはPhysXテクノロジーに最適化されたとされる「Tom Clancy’s Ghost Recon: Advanced Warfighter」(以下GRAW)完全版と,「Cellfactor: Combat Training」(以下Cellfactor)が付属する。

 この2本は,PhysXの特徴を示す,非常に重要なバンドルタイトルといえる。
 前述したように,PhysX PPUは,PhysXテクノロジーを利用したゲーム用の物理演算チップである。逆にいうと,「PhysXライブラリ」とも呼ばれるPhysXテクノロジーを利用していないゲームには,何の効果ももたらさない。
 仮に,PhysXテクノロジーを最大限に使って,並列性の高い物理処理をゲームプログラムへ導入したとしよう。この場合,当然のことながらゲームは完全にPhysX PPU専用タイトルということになるが,そうなると,どんなにゲームの出来がよくても,売れる数はPhysX PPUの出荷量を越えなくなる。つまり,PhysX PPUと“心中”することになるわけで,デベロッパにとってはかなりのギャンブルになるのだ。

 そこで,PhysX PPUカードを持たない一般ゲーマー向けにも販売されるGRAWでは「PhysXモード」とでも呼ぶべき物理演算モードを,通常の物理演算モードとは別に用意している。基本的にゲーム内容はまったく同じなのだが,ゲームの進行そのものにはかかわらない部分のいくつかで,PhysX PPUを利用することによって,ゲームのリアリティ(ここでは迫力とほぼ同義)を増しているというわけである。

 下に並べたスクリーンショットは,左側の3枚がPhysX P1を差した状態,右の3枚が差していない状態で,ほぼ同じ場面を撮影したものだ。比べてみると,エフェクトが派手になっているのが分かる。

 

道路を撃ってみると,PhysX PPUが有効な状態では,路面が砕けて破片が飛び散る。これに対して無効時には砂煙が上がるだけだ

 

手榴弾で車を爆破してみると,飛び散る破片の数が変わっている

 

ちょっと分かりにくいが,道路脇の木を銃撃すると,左では樹皮が落ちていくエフェクトが描画される。これに対し,右では何も表示されない

 

 石や破片,樹皮は物理法則に従って四散し,落下する。その計算をPhysX PPUが行っていることは,もはや説明するまでもないだろう。PhysX PPU利用時と非利用時のエフェクトがどう異なるかについては,前者を「こちら」(2分30秒:97.8MB,WMV),後者を「こちら」(2分25秒:94.6MB,WMV)に置いておいたので,ぜひチェックしてみてほしい。

 さて,ここで重要なのは,これらのエフェクトが,その場で完結し,ゲームの進行には何も影響しないことだ。PhysX PPUによるメリットは,あくまで物理演算を用いたリアリティの付加であって,使っていない場合に特定のシーンがカットされるとか,フレームレートが下がるとか,そういったデメリットがあるわけではない。

 

 一方,PhysXテクノロジーのデモ用に無料で提供されるCellfactorでは,互換性を切り捨てることで,「物理法則の支配する世界」が,ゲーム内に広がる。あるオブジェクトが動くと,そこから連鎖反応が起こり,動きのリアリティを伴ったまま,ゲーム内全体にその影響が広がっていく――。これは明らかに,これまでに体験したことのない世界だ。今回のレビューに合わせて,「こちら」(2分41秒:125.0MB,WMV)に新規でムービーを用意してみたので,ぜひ見てみてほしい(2006年5月18日23時10分付けで,ムービーを新しく用意したものに差し替えました)。ゲームの背後でキャプチャツールを走らせて“録画”していることもあって,若干フレームレートが下がっている点はご了承を。

 

CellfactorはPhysX PPU専用なので,カードを装着していないとエラーが表示され,起動すらできない。また,ゲーム内の設定項目には「Ageia PhysX Acceleration」という項目があるが,こちらもチェックされた状態でグレーアウトしている

 

Cellfactorには山ほどのオブジェクトが用意されており,ほぼすべてが攻撃で破壊もしくは移動させられるようになっている。「さあ動かしてください」といった感じ

 

 

PhysX PPUでパフォーマンスはどう変わる?

 

 PhysX PPUで,(直訳的な表現だが)ゲーム体験が変わることは,イメージができたと思う。では,パフォーマンス面はどうだろうか。表2のテスト環境で検証してみることにしよう。

 

 

 PhysXテクノロジーをサポートしたベンチマークソフトとして「3DMark06 Build 1.0.2」(以下3DMark06)が挙げられる。正確には,3DMark06のCPU TestがPhysXテクノロジーを採用しているのだ。もちろん,物理演算は通常CPUが行っているのだが,PhysX PPUが利用できるシステムであれば,演算をPhysX PPUが受け持つことになるから,スコア(≒パフォーマンス)の向上が期待できそうだ。

 というわけで,CPU Testを行ってみることにした。結果はグラフ1,2にまとめたとおりだ。結論から言うと,Athlon 64 4000+/2.4GHzやAthlon 64 3500+/2.2GHz搭載システムだと,PhysX PPUがパフォーマンスに与える影響はない。Athlon 64 3500+の動作クロックを,Athlon 64 3000+相当の1.8GHzまで落としても変化はなかった。
 そこで試しに,「CrystalCPUID」の「AMD K7/K8 Multiplier」という機能で,Athlon 64 4000+の動作クロックを,Cool’n’Quiet適用時の最低クロックである1GHzに設定。するとようやく,PhysX PPUによるパフォーマンスの向上を確認できるようになった。

 

 

 

 これは要するに,3DMark06における,物理演算の負荷が軽く,Athlon 64クラスのCPUであれば十分処理しきれるということを示している。換言すれば「PhysXテクノロジー対応タイトルなら,PhysX PPUでパフォーマンスが向上する」わけでは必ずしもない。ゲーム側で,どの程度のCPU負荷を想定してPhysXテクノロジー(のソフトウェアライブラリ)を利用するかによって,PhysX PPUカードの有効性は,大きく変わってくるのである。

 逆に,PhysX PPUをインストールすることで,PhysXテクノロジー非対応のゲームに影響を及ぼすことはないのだろうか。「Quake 4」にマルチスレッド対応版となるVersion 1.1βパッチを適用して,ベンチマークテストを行ってみた。テスト環境は基本的に前出の表2と同一だが,CPUはAthlon 64 4000+で統一している。
 ここでは「Over The Edge」というマップにおいて,4名によるデスマッチを行ったときのリプレイデータを利用し,Timedemoから平均フレームレートを取得。その結果をグラフ3にまとめてみた。これに関しては,見て分かるとおり。時間の都合でサンプルは一つだけだが,これを見る限り,PhysX PPUは,対応タイトルに対してのみ有効に作用し,それ以外のときはおとなしくしているようだ。

 

 

 とはいえ,通電している以上,それなりに電力は消費するはず。PhysX P1は動作クロックが低いにもかかわらず外部からの電源供給を必要としていることもあって,この点が気になっている人も少なくないだろう。
 今回は,ワットチェッカーを使って,テスト対象となるシステム全体の消費電力を計測してみることにした。テスト環境はQuake 4のテスト時と同じ。OS起動後何も操作を行なっていない状態を「アイドル時」,対してドライバに付属する「AGEIA PhysX Boxes Demo」というデモプログラムの実行中を「高負荷時」とした。

 グラフ4がその結果だ。グラフィックスカードは,アイドル時と高負荷時で消費電力が異なるため,アイドル時と高負荷時の比較に意味がないことを踏まえつつ見てみてほしい。ご覧のとおり,PhysX P1の消費電力はおよそ20Wと見ていいだろう。補助電源が必要なのも納得がいく。

 

 

 

現時点では「エフェクトの迫力Upに4万円」となり
あくまでゲーム側の対応待ち

 

 E3 2006のレポートでもお伝えしているように,今後「Unreal Tournament 2007」をはじめとした100以上のゲームタイトルが,PhysXテクノロジーに対応して登場すると,AGEIAは述べている。なお,2006年5月中旬時点で明らかになっているタイトルは以下のとおり。

 

AGEIAが公開している,PhysXテクノロジー対応タイトル一覧。これは2006年5月17日時点で,明らかになっているものの一覧だ。最新のリストは同社のWebサイトをチェックしてほしい

 

 ただ,それがどういう対応になるのかについては,注意を払っておくべきだろう。ここでまとめておくと,“PhysX対応タイトル”には,大きく以下に挙げる3パターンの可能性が現時点で考えられるからだ。

 

  • 物理シミュレーションそのものがゲームの進行に直接影響するほど全面的にPhysXテクノロジーを採用し,プレイにはPhysX PPUが必須となるもの
  • PhysX PPU専用の物理シミュレーションプログラムを別途用意し,PhysX PPU搭載システムにおいて,ゲームの進行とはあまり関係のない部分でゲームのリアリティを高めるもの
  • CPUで処理できるレベルで,(デベロッパ側の)プログラム簡略化のためにPhysXテクノロジーを利用しており,PhysX PPUを必要としないもの

 

 前述したとおり,PhysX PPUの登場に合わせて(a)を選択するというのはリスクが高すぎる。このため,多くのタイトルはGRAWのように(b)を選択することになるだろう。PhysXテクノロジーのライセンス料金は明らかになっていないが,開発予算がそれほどないデベロッパは,(c)を選択することだってあるはずだ。

 

これは,ドライバに付属するデモ「AGEIA PhysX Boxes Demo」。積み上げたブロックの山にボールを当て,崩すというものだが,実はPhysX P1を差していようがいまいが,Athlon 64クラスのCPUを利用している限り,フレームレートはまったく変わらない。(見た目はまるで変わらないが)ムービーを二つまとめて「こちら」(それぞれ約30秒:9.9MB,WMV)に用意したから,興味のある人は見てみてほしい。なお,キャプチャツールを背後で実行するとフレームレートに影響するため,このムービーはグラフィックスカードのSビデオ端子から出力したものをキャプチャしている

 

PhysX P1のパッケージ。ASUSTeK Computerには,辛抱強く売り続けてくれることを望みたい

 そうなると,PhysX PPUを搭載したPhysX P1という拡張カードの立ち位置も,自然と見えてくる。そう,2006年春から初夏の時点では,ゲームの進行に直接影響しない爆発などの物理エフェクトを,よりリアルに見せるための存在だ。
 AGEIAの課題は,著名なタイトルの多くで(b)による見栄えの向上を果たしてユーザーを引きつつけつつ,(a)のタイトルを増やしていけるかにある。逆にいえば,エンドユーザーとしてのゲーマーからすると,PhysX PPU(=PhysX P1)を購入するのは,そういったタイトルが多数登場するのを待ってからということになるし,そうすべきだろう。例えばPhysX P1が2万円なら,GRAWとCellfactorのために購入するのもアリだったかもしれないが,4万円では,現時点で積極的に勧めづらいというのが正直なところである。

 

タイトル PhysX PPU
開発元 AGEIA Technologies 発売元 AGEIA Technologies
発売日 2006/05月中 価格 未定
 
動作環境 N/A


【この記事へのリンクはこちら】

http://www.4gamer.net/review/physx_p1/physx_p1.shtml