― レビュー ―
名作フライトシム「IL-2」の続編は太平洋戦争
Pacific Fighters
日本語マニュアル付き英語版
Text by 松本隆一
2006年3月29日

 

 

南太平洋波高し! 
本格派フライトシミュレータが飛んでくるぞ!

 

何かにつけライト感覚あふれるこのご時勢,ガチガチのフライトシミュレータを,しかも第二次世界大戦中の南太平洋が舞台という,硬派のフラシムを作ってくれるとは,いろんな意味で嬉しくて涙が出る。IL-2 シュトルモヴィクシリーズに続く最新作は,日本とアメリカ(あとほかの国も少し)が海と空で雌雄を決した,あの空前の太平洋戦争を完全再現

 「Pacific Fighters 日本語マニュアル付き英語版」(原題 Pacific Fighters。以下,PF)が発売! と聞いて「わーい」と喜んだ人が,我が国にどのくらいいるのか,ちょっぴり不安。何しろ本作は,ガチガチの本格コンバットフライトシミュレータで,しかも舞台は第二次世界大戦下の南太平洋だからだ。

 

 太平洋の戦いは,日米が演じた史上最大の海空戦である。数千隻の艦艇と数万機の戦闘機が,地球の表面積の約4分の1の広さの戦場に投入された,規模的にも空間的にも,まさに空前絶後の戦いだったのだ。しかも,戦場のほとんどが海か無人島であり,そこには兵器と兵器,そしてそれを駆るパイロットの技量と技量のぶつかり合い,ときには騎士道精神の発露まであった。
 フライトシミュレータのモチーフとしては,なかなかいいと思うのだが,いかんせん人気に欠ける。とくに我々日本人には,戦争後半の暗いイメージが強いのか,どうしてもドイツ軍が登場するゲームのほうがウケが良いようだ。惜しいなあ。

 

 デベロッパはMaddox Gamesで,ここはご承知のとおり,とってもピュアなフライトシミュレータ「IL-2 シュトルモビク 日本語版」(原題 IL-2 Sturmovic)と,その続編「IL-2 シュトルモビク フォーゴットンバトルズ〜ソビエト攻防戦〜 日本語版」(原題 IL-2 Sturmovic: the Forgotten Battles)を作ったスタジオだ。
 その戦場のチョイスといい,フライトシムへの熱の入れ方といい,一本気というか,「大丈夫なんだろうか?」というか,そういったところはまさに賞賛に値する。こういう,好きなものだけを作り続けるデベロッパがそれなりにあり,それらがまたちゃんと商売になっているところに,あちらのPCゲーム市場の歴史と裾野の広さをつい感じてしまう私だが,そんな話はどうでもいいですね。

 

 お若い読者はご存じないかもしれないが,「洋ゲー=フライトシム」という甘酸っぱい青年時代を過ごした私にとって,近年の同ジャンルのトホホぶりには悲しいものがある。よく見りゃ,年に数本は“フライトもの”が発売されはしているものの,もっとよく見りゃ,たいてい「簡単フライト」「簡単アクション」が売りの,なんちゃってフライトシム。
 本格フライトシム界で最も間口が広い部類のマイクロソフト コンバット フライトシミュレータシリーズも,2002年末に「3」がリリースされて以来,音無しの構えが続いている(つい最近,コマーシャルフライトの「Microsoft Flight Simulator X」がアナウンスされたが)。
 というわけでこのPF,実のところ,まさに近年稀に見る貴重な1本であり,フライトシミュレータ好きの私としては,やらずにはいられないのである。ですよね,ご同輩!

 

 さてこのPF,登場する機体が約40種類と,ほかのフライトシムに比べても圧倒的に多く,零式艦上戦闘機やグラマンF6Fヘルキャットといった戦闘機だけでなく,一式陸攻,PBN-6のような大型機や飛行艇も登場してバラエティ豊富。また日米のほか,イギリス,ニュージーランド,オランダ軍としても参戦可能だし,戦場も,真珠湾,ミッドウェイは言うに及ばず,ニューギニア,マリアナ沖,ウェーキ島など,有名どころが20種類以上用意されているので,ボリューム的側面は文句がない。

 

ゲームには40種類の航空機だけでなく,空母などの艦艇,地上兵器などもふんだんに登場。いつものように,物量としてはほかのフライトシム(まあ,マイクロソフト コンバット フライト シミュレータシリーズのことですけどね)を圧倒する。艦船の種類も地上兵器の種類もまたマニアックで,プラモデルにさえなっていないものが多い。さすがだ

 

コックピットの描き込みもなかなかのもの。ゲームシステムは前作にほぼ準ずる,というか,私の目に違いは見つからなかった。したがって前作同様,ミッション選択などのユーザーインタフェースにやや混乱した部分が残り,慣れないうちは分からないことも多いだろう。私のような普段マニュアルを読まない人も,ちょっと目を通しておいたほうが無難

 

 

新米パイロット諸君,
ちゃんと飛べるようになるまで半日は見ておけ(当社比)

 

飛び上がると,そこは見晴るかす大海原。相変わらず「蒼空感」は抜群で,太平洋を飛ぶパイロットの孤独感と恐怖感が画面から伝わってくる。そんなフライトを乗り越えて,一瞬の空中戦に,爆撃に,一つしかない命を懸けるのである。目標,敵戦艦! 投弾!

 それではさっそく飛んでみることにしよう。クイックミッションから一つ選ぶと,空母の飛行甲板上に,われらが「ゼロ」こと零式艦上戦闘機21型が颯爽と現れる。よし,風に立て! 折りたたみ翼展開! エンジン始動! フラップ発艦位置! スロットル全開! ……飛びゃしない。 もとい! エンジン始動! フラップ下げ! スロットル全開! ……やっぱり飛ばない。
 ネタをバラせば,甲板上の飛行機の主車輪には「チョーク」と呼ばれる三角形の固定具がかましてあり,それを取らないと当然前進しないのだが,デフォルトではどのキーにも「チョーク」をはずす機能はアサインされていない(そんなばかな!)。というわけで,プレイヤーは自分でオプションの「Control」を選んで,キーを割り振らなくてはいけないわけだが,残念ながらマニュアルではそのあたり,まったく触れられていないのである。
 こうした「分かるでしょ」的な部分は,それ以外にもあちこちに散見でき,「さすが,筋金入りのフライトシミュレータだ」と感心するか,不親切だと思うかは人によりけり。まぁ,戦闘機はそんな簡単に飛ばせるもんじゃない,ってことかな。

 

 というわけで,フライトモデルも「IL-2」譲りのリアル指向。ほかのフライトシミュレータなら問題なく飛ばせるプレイヤーも,おそらくこのPFではかなり手こずってしまうはずだ。最初はおよそ空中戦どころではないだろう。まずは空母での発着訓練を繰り返し,まっすぐ空を飛べるようになるまで訓練。戦技を磨くのはその後だ。トレーニングモードもあるが,IL-2と同様「黙って見てるだけ」のムービー講座なので,ダンドリやパラメータをメモっておかないと時間の無駄になってしまうぞ。……などと偉そうに書いてはいるが,筆者にしても,3回に1回は発艦をミスって貴重なゼロ戦を海の藻屑にしてしまうのである。うふふ。
 以上のように,大空を自由に舞うまでには,それなりの時間がかかるわけだが,それだけに飛んでいるときの爽快感は素晴らしい。IL-2のちょっとどんよりとした空に比べ,南太平洋上空はあくまで紺碧。大海原には縮緬(ちりめん)のような細かい波が立ち,それらが日の光を鮮やかに照り返す。3Dで描かれた雲の存在感も抜群だ。
 同様に,機体や艦船のモデリングやテクスチャも一級品であり,ディテールも細かい。光と影だのシェーダだのHUDだのというのは,ちょっと苦手な私だが,少なくとも,普通にプレイしているぶんには十分に美しいと思う。果てしない海と空の間にポツンと飛ぶ孤独感は,まったくのところ,当時のパイロットの気持ちそのままだ。

 

 証言によると,太平洋の戦いに参加したパイロット達にとっての最大の敵は,敵機でも艦砲射撃でもなく,「海」そのものだったという。一枚のマップと小さな磁石を頼りに,彼らは広大な戦域を戦わなくてはならなかった。長い飛行の末に,いるべき味方がおらず,あるべき島が見つからないとき,彼らは必死に水平線に目を凝らす。そして,小さな煙や消えそうな航跡を探すのだ。……なんとなく,その恐怖が分かるような気がする。
 とはいえ,地表のオブジェクトはやはりちょっと物足りない(これはもう仕方のない話だとは思っているのだが)。南の島の航空基地にはジャングルを開墾したものが多く,ならばやはり目と鼻の先に濃い密林が迫っていてほしいものだが,ゲームでは,まるで母なるロシアのような土地に簡易舗装の滑走路がのびている,という雰囲気だ。真珠湾にしても,地形は正確なのだが,湾の周辺に建物がぽつりぽつりとある程度で,いささか寂しい。むろん,盛大に木を生やし,建物を密集させることも可能かもしれないが,現在のPCの能力ではたぶん描画に負荷がかかりすぎて合理的ではないのだろう。
 個人的には,発艦時,舷側に集まった整備員達が「帽振れ!」の掛け声の下,いっせいに「がんばれよー」「いってこいよー」なんて叫んでくれたら,とんでもなく盛り上がると思うのだが,まあ,これは今のところほとんど妄想みたいなもんですね。

 

 で,肝心の空中戦だが,これは個人差の大きいところ。とはいえ,全般的に敵AIはさほど手強くはなく,攻撃も単調な印象。したがって,熟練プレイヤーは必然的にマルチプレイに移行することになるはずだ。

 

慣れないうちは,編隊飛行を続けるのも至難の業。あ,追い抜いちゃった。戻れ。あ,いない。みんなー,どこー? 太平洋戦争は海と空の戦い。ほとんどが海または無人の島を舞台に,兵器と兵器が激しくぶつかり合ったのだ ロールをかけて横転し,そのまま操縦桿を手前に引いて真下を向く。これが急降下爆撃だ。ダイブブレーキを開け!

 

敵空母(赤城)に見事命中。敵艦はスクリューを見せながら沈んでいく。撮影のために近寄ってみたが,ホントは危険 別のシーンだが,敵艦からの対空砲火は凄まじいものがある。まっすぐ飛ぶと,あっという間に被弾して火ダルマ 僚機が別の空母を屠った。ミッドウェイの海戦では,日本の大型空母4隻が海底に没したのである。とどめの銃撃だ

 

 

■フライトシマーなら,絶対に遊ばなくてはいけないはず!

 

地上を機銃掃射するゼロ戦と,吹き飛ぶカーチス。撮影のため外から見ているが,操縦していると何がなんだかさっぱり分からないうちに木っ端微塵。前に駐機しているカーチスのパイロットが,コクピットから飛び出して滑走路を逃げていくのが見えたら,自分も後についていったほうがよさそうだ。くそう,日本帝国海軍め! 今に見てろ

 ユーザーインタフェースは,IL-2からほとんど変化がなく,ということはつまり,やや未整理な感じが残る。難度設定をしたい場合,普通は「Option」を開くが,実はそこではなく,何かミッションを選んだあとで行うのだ。まあ,このへんは単に慣れの問題ではあるが,ほかのゲームとはやや趣が異なるので,ビギナーにはちょっとやっかいかもしない。

 

 シングルプレイには,シングルミッションと2種類のキャンペーンが用意されている。機体ごとに用意されたシングルミッションは60種類以上にも及ぶが,ほとんどが空母での発着か単純な攻撃ミッションで,キャンペーンの練習という趣が強い。キャンペーンには,スタティックキャンペーンとダイナミックキャンペーンがあり,前者はあらかじめ用意されたミッションを順にこなしていき,後者は一つのミッションが終わるたびに自動的に次のミッションが生成されるというものだ。ミッション生成時には,前のミッションでプレイヤーが挙げた戦果がある程度は影響するが,基本的にランダム。
 マルチプレイのモードには,当たるを幸い撃墜していくドッグファイトと,敵味方の二手に分かれて戦うCooperativeの2種類があるので,お好きなほうをどうぞ。とはいえ,マルチプレイで諸君を待ち受けているのは,手だれのパイロットばかり。シングルで十分に腕を磨いておかないと,カモ撃ちのカモのような気分になってしまうだろう。

 

 と,最後はちょっと駆け足になってしまったが,ここには書ききれなかったさまざまな機能がいくらでもあり,なんだか前にも書いたような気がするが,本気で取り組めば,1年や2年は軽く遊んでいられるだろう。「万人にオススメできる」というわけにいかないのは事実だが,このPF,もしあなたがフライトシマーを自認するなら,もう必買のマストアイテム。ぜひ太平洋の荒波を越え,敵艦撃沈に命を懸ける男の世界を追体験していただきたい。

 

クイックミッションビルダーを使って空中戦を作成し,戦技を磨こう。ただし敵AIは,そんなに頭が良くない 爆撃任務もある。3Dで描かれた雲の様子が素晴らしい。雲に隠れて敵の目をやりすごす,なんてことも可能 空母への着艦は,非常に高難度。普通に着陸するのだって大変なのに,あんな豆粒みたいな目標に降りるなんて

 

真珠湾で日本軍を迎撃するために飛び上がった米軍機は,わずか2機。そんなとこまで再現するなっての 残念ながら,地上のオブジェクトはちょっと寂しい。もっと深いジャングルが見たかったような気もする 任務を完了して帰投する爆撃中隊。だが,厳しい戦いは明日もまた待っているのだ。生き残れるだろうか?

 

タイトル Pacific Fighters 日本語マニュアル付英語版
開発元 Maddox Games 発売元 フロンティアグルーヴ
発売日 2006/02/03 価格 6090円(税込)
 
動作環境 Windows 98/Me/2000/XP,PentiumIII/1GHz以上(2.4GHz以上推奨),メモリ 512MB以上(1GB以上推奨),HDD空き容量 1.1GB以上,VRAM 64MB以上(128MB以上推奨),DirectX 9.0以降

(C) 2004 1C Company. All Rights Reserved. Developed by 1C:Maddox Games and Ilya Shevchenko. Pacific Fighters, Ubisoft and the Ubisoft logo are trademarks of Ubisoft Entertainment in US and/or other countries. Published by Ubisoft Entertainment.

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