― レビュー ―
有名ファッションデザイナーがゲーム業界に進出
Marc Ecko's Getting Up:
Contents Under Pressure
Text by 奥谷海人
2006年2月27日

 

■マーク・エコーがゲームとポップアートを融合させた異色作

 

「Marc Ecko's Getting Up: Contents Under Pressure」導入ムービーの1コマ。ファッションデザイナーの新鋭マーク・エコー氏が企画から7年をかけて監修していた作品だけに,ムービーから音楽までセンスのよさが光る

 “アメリカン・アーバンライフ”がゲームスタイルとして前面に押し出されたソフトは,ゲーマー達から懐疑的に見られることが多い。アメリカのサブカルチャーの背景には,貧富の差によって生まれた社会的階級や,それぞれの人種の持つ歴史やバックグラウンドが複雑に絡みあっており,それらを無視して,単に表層的にサブカルチャーをなぞったゲームにするだけでは“いいトコ取り”をしていているとしか見られないからだ。
 最近では,サンフランシスコを中心に,ソニーが“PSPゲリラマーケッティング”と称するアドバタイズメントを行い,PSPを持ったキャラクター達をアチコチのビルの壁に描いていた。これらはもちろんビルの持ち主に許可を得ての広告だったが,事情を知らない周辺の住人からは「オレたちのテリトリーを商業主義で汚すな」などと不評を買ったりしている。
 ことグラフィティ・アートに関しては,我々日本人はもちろんのこと,ほとんどのアメリカ人にとっても理解しがたいものだといえる。ダウンタウンや郊外に関係なく,イタズラとしか思えないようなスプレーの殴り描きは頻繁に見かけるが,誰が描いているかもよく分からず,ましてや“グラフィティアート”とまで呼ばれる作品を目にすることは少ない。おそらく,その価値がどこにあるのか見当もつかないだろう。

 今回レビューする「Marc Ecko's Getting Up: Contents Under Pressure」(以下,Getting Up)は,そんなアメリカのアンダーグラウンド・カルチャーに焦点を当てた,三人称視点によるアクションゲームである。タイトルどおり,ゲーム制作の中心的な役割を果たしているのは,ストリート系ファッションブランド,エコー・アンリミテッド(Ecko Ultd)のマーク・エコー氏だ。彼のブランドはアメリカで大きな人気を得ており,つまり,このゲームはファッション業界からの異色の進出となるわけだ。もちろん,ファッションデザイナーがゲームに具体的に関わるのは前例のないことだ。
 Getting Upとは,グラフィティ・アーティストたちの間で「自分の名前を壁に書く」を意味するスラングである。1980年代くらいからストリートアーティスト達がマンハッタンの街角や地下鉄などで活躍し,単なる落書きをアートの領域へ昇華させることに成功した。一晩で地下鉄の前面にグラフィティを施したCopeや,アンドレ・ザ・ジャイアントのステンシルアートを公共施設のいたるところに描きまくったObeyなどが登場しており,彼ら伝説化したアーティストが,このゲームにも全面的に協力。ようするに,Getting Upはグラフィティ・アーティスト達からの支持を得た形になっているわけだ。

 

地下鉄の通路と掲示板を模したメニュー。AudioがあるのにGraphicsメニューは用意されていない。実際Gameplayメニューでは解像度を変更できる程度だ さらに進んで地下鉄の車内風のアートでミッションを選択する。11種類のミッションが複数のマップで構成され,一つずつにムービーも用意されているためかDVD-ROMでのリリースとなった 関わった会社や主要開発者のクレジットから始まる映画風な作り。画像では分かりにくいが,飛行船上で殴られながら3か月前から始まった一連の出来事を思い出すという回想型のストーリーだ

 

ゲーム序盤,主人公トレインは,まだまだtoyと呼ばれる駆け出しのグラフィティ・アーティスト。両親を知らない彼を育てたのが,どうやら左奥のばあちゃんらしい 最初はスプレーやペン,ステッカーなどで地味な活動を続けるが,ミッションを通してreputation上げるうちに,さらに手の込んだアートを完成させていくのだ 地元バスケットボールチームのユニフォームを着ているのが宿敵ゲイブ。当初はトレインと敵対するが,やがて抑圧的な政府に対する反逆で意気投合していく

 

 

■表現の自由が抑圧された未来都市で,伝説と呼ばれるまで登り詰めろ

 

スプレー缶を振って勢いを充填するのも大切。色によって異なるスプレーを利用する,などということはないが,右上の赤いメーターとタイムリミットには注意

 なぜ,グラフィティ・アーティストたちがメインストリーム側にいるはずのエコー氏に協力することになったのか? このゲームには彼のブランドであるエコー・アンリミテッドのロゴの入ったポスターやキャラクターの衣装はもちろんのこと,ノキアのカメラ付き携帯電話だとかアップルのiPodも登場する,一種の“アドバゲーミング”(広告とゲームの複合利用)としての側面も持っている。こうした商業主義にもかかわらず,声優まで担当するほどグラフィティ・アーティストが積極的に参加しているのは,Getting Upのストーリーが影響しているからではないだろうか。

 ゲームの舞台となるのは,ニューラジアス(New Radius)というニューヨーク風の架空都市で,汚職まみれの市長が言論の自由を厳しく統制しており,住民たちは自らを表現する芸術活動さえも禁止されてしまっているという近未来の世界である。主人公“トレイン”(Trane)は,そんなニューラジアスで仲間たちから評価(reputation)を勝ち取っていく。ゲームの開始時点では,Toyとも呼ばれる名もないアーティストに過ぎず,スプレーやペンを使って自分の名前をタグする程度だ。
 しかし,街の最大組織ヴァンダルズのリーダー,“ゲイブ”にリンチされたことから彼への復讐を誓う。そして,ゲイブのグラフィティの上に自分のタグを描きながらヴァンダルズの本拠地へと潜入していくのだ。ただ,これはまだまだゲームの序章に過ぎず,やがて仲間達の評価を得ながら,表現の自由を求め,より大きく,よりアーティスティックなグラフィティを街中にペイントし,ついには反政府運動の一角を担うのだ。

 近未来の抑圧された架空都市に生きるアーティストが主人公のGetting Upは,どこかサブカルチャーに対するニューヨーク市政のアレルギー体質を皮肉っているように思える。実際,エコー氏はGetting Upのローンチに際してグラフィック・アーティストたちが参加するイベントをニューヨークで開催しようとしたが,市長が不意に開催許可を取り消したため,この件は訴訟問題にまで発展した。  結局,裁判には勝利して数か月遅れながらもイベントは開催されており,エコー氏は自身のBlogで「ありがたいことに市長が何億円も使って宣伝してくれた」と語っている。ゲームの主人公同様,政治家を手玉に取ったわけで,このあたりもグラフィティ・アーティストから支持を得ている理由のひとつではないだろうか。「グラフィティを通じて自由に自分を表現する」これが,Getting Upの一貫したメッセージなのである。

 

後々トレインの仲間になる"White Mike"こと巨漢マイクは,敵を持ち上げて締め上げたり,頭から突進たり,多彩な攻撃を仕掛けてくる グラフィティの取り締まりのために配属された特殊警察CCKは,プレイヤーにとって手強い相手。序盤はなるべくなら避けて通りたいところ オレンジ色のX印がプライマリ,青がセカンダリのオブジェクティブで,ゲームを進めるには必ずマークしなければならないターゲット

 

ゲームが進むうちに,さらに高く目立つところにグラフィティを描いていく。どうやってターゲットに到着するかを考えるパズル的な要素もある 操作性は「プリンス・オブ・ペルシャ」のようで,配水管を伝ったり離れた場所に飛び移ったりしながら,進んでいくスタイルになっている 角材やバット,ブロックといったマップに点在するオブジェクトを武器に戦うこともできる。ガラス片が巻き付けられていて痛そうなバットだ

 

 

■さまざまなグラフィティアートでreputationポイントを稼ぐ

 

アクションは格闘ゲーム風で,マウスボタンの連打でさまざまなコンボ技を出せる。ベルトで攻撃してくるDipなど,それぞれが違った戦い方をする

 Getting Upでは,ニューラジアスの都市が11区画に分かれており,さらに二つから四つのミッションに分かれている。ゲームプレイは,まず導入部分のムービーによるストーリー展開の説明から始まる。マップに降り立つと,オブジェクトとしてプレイヤーがグラフィティを描かなければならない場所である“スイートスポット”がX印で数秒間にわたって表示される。
 オブジェクトにはプライマリとセカンダリのスイートスポットがあり,オレンジ色のXはミッションクリアのために必ずタグしなけばならないもの,そして青のXは必須ではないがreputationが得られるボーナスである。これらは,intuition(直感)としてFキー(デフォルト)でいつでも表示できるので,スイートスポットを見失ったり新しい場所に来たりした場合には,まずはFキーで表示させてみるのがいいだろう。

 Getting Upのペイティングのプロセスは複雑ではなく,スポットの近くに達するとグラフィティを描き込むべき場所に白い影が映り,デフォルトではマウスホイールを押しながらポジションを合わせて右ボタンで吹き付けることになる。アートワークはミッションごとに事前に数種類設定しておくことができ,スプレー缶のほかにもマジックペン,ステンシル(型紙),ロールブラシ,ポスター貼りツールなどが使用可能だ。
 大きいアートワークや難度の高い場所に描いたグラフィティアートでは,reputationポイントも多く稼げる。reputationはRPGの経験値のような役割を果たし,ある程度溜まるたびに新しいグラフィティアートがアンロックされるシステムになっている。ほかにも戦闘時のコンボ技といったゲーム内で利用するものや,サウンドトラックやコンセプトアートなどが解除されていく。

 小さいグラフィティなら30秒,大きいものは90秒の時間が与えられるが,グラフィックを描く時間はあまり問題にはならない。ただし,急ぎ過ぎるとミスを犯してreputationポイントが減点されてしまうので,毎回気が抜けない。「ジェットセットラジオ」から最近の「The Warriors」や「25 to Life」のようなゲームまで,グラフィティアートをゲーム化した作品は少なくないが,Getting Upではゲームとしてさまざまな仕掛けが盛り込まれている。とはいえ,自分でアートワークを制作することはできないのが残念だ。

 

ゲームを通して出会うLegend達は,実世界で1980年代より活躍してきた本物のグラフィティ・アーティストで,プレイヤーに試練を与える Legendの一人,Obeyに与えられた試練は,ハイウェイ上の標識に大きく名前を描き入れること。ジャンプの方向を誤らない限り落ちることはない 時には,こんなに大きなグラフィティを描くこともある。画面では分かりにくいが,波止場のウォータータワーの最上階部分で,目立つこと間違いなし

 

Tabキーを押すと,このような円型のインベントリが表示される。ほとんどがグラフィティ用のツールだが,鎖を切るワイヤーカッターなどもある 市長のサン(Sung)は,市民から言論の自由を奪い取り,芸術表現も含めて厳しく取り締まる悪の親玉。プレイヤーの活躍で,彼を市長の座から追い落とすのだ ヴァンダルズのゲイブは実は高所恐怖症で,高いところのグラフィティは部下に描かせていた。ハイウェイのグラフィティ決戦で勝つと仲間になる

 

 

■アクションからサウンドまでスタイリッシュにまとめた力作

 

ゲームが進行するに従って新しいアートがアンロックされ,さらに複雑で色鮮やかなグラフィティが描けるようになる。失敗すると斑点がついて減点になるので要注意

 Getting Upは,「プリンス・オブ・ペルシャ」や「トゥームレイダー」シリーズのように,軽快な操作感のある3Dマップ内の移動と,格闘ゲームのようなストリートファイトを基本にしたゲームプレイになっている。ビルの壁の段差や配水管,金網やむき出しの鉄筋などを利用して,主人公はぶら下がりながら移動したり,壁に張り付くように歩いたり,ジャンプで反対側の建物に飛び移ったりする。Intuitionで表示されるスポットは,ビルの屋上など一見到達できなそうな場所にあり,そこまでどうやって進んでいくかがポイントになっている。一種のパズルとして作られているのだ。

 もっとも,グラフィティを描き入れる場所の近辺には,ヴァンダルズのメンバーやCCKという特殊警察が徘徊しており,いさかいは避けられない。戦闘はそれほど難しいものではなく,デフォルト操作ならW/A/S/Dでキャラクターを移動させながら,マウスの左クリックでパンチ,右クリックでキックを繰り出す。
 マウスクリックや方向キーのコンビネーションでさまざまなコンボ技を繰り出せるし,Shiftキーはディフェンスに使用する。Eキーは,相手の攻撃をドッジしたり壁やオブジェクトを利用したりするときに使うようになっている。攻撃には,付近に落ちている角材や鉄パイプ,鋲付きの金属バットなども利用可能だ。スニークモードでスプレーペイントに夢中になっている敵の背後にゆっくり近づき,突然バットを振り下ろせばダメージも大きい。このあたりが,17歳以上しか購入できないMレーティングに指定されているゆえんだろう。

 サウンドトラックに用意されている音楽は,ギャングスターラップだけでなく,ニューヨークの地元ミュージシャンを中心とした選曲のセンスが良い。声優も,主人公のトレインにはヒップホップラッパーのTalib Kweli(タリブ・クウェリ)が好演しているほか,宿敵であり相棒となるゲイブにはMC Serch(MCサーチ)が,ほかにもRosario Dawson(ロザリオ・ドーソン),Giovanni Ribisi(ジオバーニ・リビシ),Brittany Murphy(ブリッタニー・マーフィ),George Hamilton(ジョージ・ハミルトン)ら,ハリウッドで名の知れた俳優たちがレベルの高い仕事をしている。
 Getting Upのグラフィックスは特筆するほどのものではなく,Xbox版のテクスチャ精度をさらに上げた程度だ。カメラワークの失敗で,ときおり戦闘中に小刻みに画面が揺れるような現象が起こるが,キャラクターアニメーションに不自然さはなく,なによりクオリティの高いムービーシーンは一見の価値あり。映画ゲームの制作では知られたカリフォルニアの開発チームThe Collectiveが,見事にエコー氏のビジョンを実現したといえる。
 ゲームのプレイ時間は20時間ほどで,シングルプレイヤー専用。MODなどコミュニティサポートがないのが残念だが,アクションやパズル,ストーリー,雰囲気,サウンドなどのスタイリッシュに統一された稀有な例であり,他業界からの進出にしては上手くまとめられたことは評価できる。

 

アント・べスは,CCKのヴァンダル・スクワッドという下級部隊を率いるリーダー。強靭な肉体だけでなくティーザーガンや火炎攻撃が手強い相手 装甲車やヘリのサーチライトに照らされると,機関銃の一斉射撃を受けてヘルスゲージも一気に減っていく。間合を計りながらの移動が必要だ ゲームの終盤で強烈な攻撃を仕掛けてくる女アサシン。右奥にあるソーダ缶で体力チャージ。ストーリーも上手く繋がっていて感心する

 

ゲームに登場するLegend達。すべて実際のアーティストをモデリングし,声優まで担当しているという手の込みようだ ゲームには"ビートタウン・アリーナ"という格闘ゲームのミニゲームが付いている。ゲームが進行するに従い,キャラクターもアンロックされる ゲームでは,「1」ボタンを押すとアンロックされた分の音楽を聴ける。ヒップホップだけでなくアーバン調のロックR&Bなどの選曲が良い

 

 

タイトル Marc Ecko's Getting Up: Contents Under Pressure
開発元 The Collective 発売元 ATARI
発売日 2006/02/17 価格 49.99ドル
 
動作環境 OS: Windows 2000/XP,CPU:Pentium 4/Athlon 1.8GHz 以上,メインメモリ 512MB以上,グラフィックメモリ: 64MB以上 (DirectX9.0cサポート),HDD空き容量: 3GB

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