キリスト教の“真実”を描いた大ベストセラーをゲーム化
世界中で旋風を巻き起こした「ダ・ヴィンチ・コード」を,あの2K Gamesがゲーム化。プレイヤーは,ラングドン教授やソフィーとなって,常にヨーロッパの歴史の中心にあったという“聖杯”の謎を追っていく |
現在,日本で話題になっている映画「ダ・ヴィンチ・コード」は,2003年にダン・ブラウン氏が上梓した,ロバート・ラングドン教授を主人公とするシリーズ第2弾が原作の歴史サスペンス。原作小説のほうは44の言語に翻訳され,累計5000万部のセールスを記録したという大ベストセラーで,日本でも1000万部を突破している。単純に言って12人に1人の日本人が買っていることになるのだ。また,映画「ダ・ヴィンチ・コード」も,公開第一週で2億2千400万ドル(約258億円)の興行収入を挙げ,これは,2005年の「スターウォーズ エピソード3:シスの復讐」に次ぐ大記録だ。メル・ギブソン監督の「パッション」(2004年)以来,“宗教映画”の意外な強さを見せつけた好例といえるだろう。
小説および映画「ダ・ヴィンチ・コード」のストーリーを簡単に紹介しよう。2000年間にわたってバチカンに封印され,「シオン修道会」という秘密結社が保護してきた「聖杯」の謎を,宗教象徴学者のアメリカ人ロバート・ラングドンが解き明かしていくというものだ。イエスには,ローマ帝国がキリスト教を国教化するにあたって聖書から記述が削除された妻と子が存在しており,ゴルゴダで磔にされたイエスの受難以後に南仏マルセイユに落ち延びて,現在に至るまで脈々とその血統を保っているという,かなりショッキングな内容である。
そもそも,この異説はここ数十年,欧米の宗教界を賑わせてきたものであり,その原点となる,1982年にイギリスで出版された「レンヌ=ル=シャトーの謎―イエスの血脈と聖杯」(原題 The Holy Blood and the Holy Grail)からの強い影響が,ダ・ヴィンチ・コードにも見られる。この異説を唱える一連のノンフィクションや小説は,いずれも近年発見された「ナグ・ハマディ写本」や「死海の書」など,聖書原典に近いとされる文書の記述を重要視しており,“マグダラのマリア”を聖書の「罪の女」としてとらえるのではなく,「イエスの最愛の妻であり,キリスト教の正統な後継者」であるとしている。キリスト教を国教化したローマ帝国や最初のフランク王国メロヴィング朝,アーサー王伝説,十字軍の遠征,さらにはレオナルド・ダ・ヴィンチなどルネッサンス期の作品の多くが,すべて一つの線で結ばれているという壮大な話なのだ。
このような内容であるため,バチカンやカトリック教徒の多い国では「ダ・ヴィンチ・コード」を上映禁止にするケースも多い。なにしろ,実在する宗教団体であるOpus Dei(オパス・デイ)を,この聖杯伝説をもみ消そうとするキリスト教原理主義的な団体として描いていたり,バチカンのメンバーが殺人事件を黙認しているかのような描写もあるなど,問題作としての名をほしいままにしているのだ。
難解なパズルを解き明かしながら,聖杯の謎と行方を追っていく
映画に合わせてリリースされた作品なのに,実際のキャラクターモデルやボイスはまったく別人になっている。しかも画面オプションは解像度やアンチエイリアシングといった諸機能が固定されており,ビジュアル的にはあまり面白味がない |
この小説を題材に,独自のアレンジを加えて制作されたのが,2K Gamesから映画の劇場公開に合わせてリリースされたアドベンチャーゲーム「The Da Vinci Code」だ。主人公であるロバート・ラングドンと,ヒロインとなるフランス警察の暗号解読官ソフィー・ヌヴーの二人のキャラクターを,プレイヤーが交互に操作しながらゲームを進めていくことになる。
開発を担当したのは,南カリフォルニアで盛んに映画のライセンスゲームを手掛けるThe Collectiveである。以下ややこしいので,ゲームを指す場合は英語の「The Da Vinci Code」,映画や小説の場合は「ダ・ヴィンチ・コード」と表記させていただく。
2006年5月のE3 (Electronic Entertainment Expo)では,The Da Vinci Codeの紹介ブースで,公開を直前に控えた映画の場面も流されていたのだが,ゲームを見る限り,ロバート役のトム・ハンクスはもちろん,ソフィーを好演するオドレイ・トトゥら,映画に出演した俳優がゲームのキャラクターモデルに使用されてはいないようだ。制作発表のあった2005年11月のプレスリリースによれば,映画のライセンスも受けているとのことだったが,俳優達の肖像権にまで手が回らなかったらしいのは,なんとも残念な話である。
そして,そのキャラクターモデルは百歩譲っても良い出来とはいえない。その古めかしいモデリング技術だけでなく,ロバートは学者というよりビジネスマン風の容貌だし,ソフィーは赤毛でフランスの美人警官らしいイメージがあまり感じられないなど,映画や小説の雰囲気を活かしきれていない印象だ。解像度は800×600ドットに固定されており,コンシューマ機用ソフトのものを流用したらしく,かなり画像が粗い。画面の上下に黒の帯が入ったいわゆるレターボックスになっていて,フル画面で楽しめないのもマイナスポイント。
これら固定された画面オプションが,おそらくコンシューマ機版と同時発売だからだということに,今さらながら非を唱えるつもりは毛頭ない。実際,同じマルチプラットフォーム向けタイトルとして発売されたThe Collectiveの前作「Marc Ecko's Getting Up: Contents Under Fire」が,前評判がさほどでもなかったにもかかわらず,結果として非常に評価できる内容だっただけに,このゲームをレビューするにあたって,難しそうなテーマを持つThe Da Vinci Codeをどのように料理するのかには大いに興味があった。
しかし,序盤の画像クオリティやモデリングで脱力するのは,まだ早すぎたようだ。このゲーム,いろいろ不満の多い,かなりの“問題作”だったのである。
ゲーム中では,ロバートとソフィーを交互に操作していく場面が多い。二人が連れ添って,銀行や教会,地下道などを駆け回るのだ | 画面は,同作品の暗号解読の中核をなす“クリプティックス”を解いているところで,本作ではわざと謎解きに失敗しないと次に進めない場面もある | 映画や小説では描写の少ないアクションシーンも,モンクやギャング団などを追加することで,それなりの見せ場を作っている |
画質,操作性,アクション,パズル……。いろいろと大変な世紀の大冒険
The Da Vinci Codeのアクションは非常に独特な操作になっており,画面下に表示されるコマンドどおりにキーを押し,その後にムービーが表示される。これを,何度か繰り返して敵をノックアウトするのだ |
The Da Vinci Codeをプレイするにあたって違和感を覚えたのが,その操作性である。メニュー画面,アクション,インベントリー,パズルなどの各場面でW/A/S/Dの移動用方向キーと,キーボードの右下にある矢印キー,そしてマウスルックやクリックなどを併用することになるが,操作体系がいま一つ統一されていないため,メニュー画面でマウスが使えなかったり,パズルによっては三つの異なるキーを瞬時に押す必要があったりと,2本の腕では足りないような操作を強要されることもある。
戦闘もなかなか不思議で,最初はW/A/S/Dの方向キーとマウスクリックという一般的な操作で戦うのだが,その後に半自動化されたインタラクティブムービーへと突入していき,そこでパンチやタックルを敵に浴びせたあと,画面の下に表示されたとおり左右のマウスボタンをタイミング良く押していくという具合である。
第2段階のコンボ動作はアタックとディフェンスの2タイプあるのだが,どちらも数パターンしか用意されていないので戦闘が単調になり,また,敵が2人以上いる場合では,せっかくうまくボタンを押していても途中で別の敵に割り込まれてキャンセルされてしまうこともある。近くのオブジェクトを手に取ることも可能だが,The Da Vinci Codeのアクションはスキルよりもタイミングに寄りかかっており,結果としてあまり面白くない。
小説や映画のダ・ヴィンチ・コードには,そもそもアクションシーンは極めて少ない。しかし,開発側としてはアクションアドベンチャー風なゲームにしたかったものと見え,わざわざ原作や映画にはないシーンやロケーションを増やすことで,ロバートとソフィーが警備員やOpus Deiのモンクと戦ったり,背後をこっそりとすり抜けたりという場面が用意されている。
ちなみに,ボスキャラにあたるシラスは異様に強力で,上記のようなコンボ操作に2度失敗して殴られるだけで,プレイヤーキャラクターは死んでしまう。死ねば,前のチェックポイントまで戻ることになるが,そもそもチェックポイントが1マップに2〜3か所と少ないために,数十分は掛かる難解なパズルやアクションを再びこなさないと元の場所に到達できない場合もあり,かなりフラストレーションが溜まる。ゲーム中はいつでもセーブできるのだが,セーブデータとしては直前のチェックポイントまでしか保存されないという,ちょっと意図の分からない仕様なのである。
The Da Vinci Codeは,英語を多用した言葉遊びも多く,相当英語に自信がある人でもダ・ヴィンチ・コードの持つ“暗号解読”パズルの数々は,相当難しく感じられるだろう。しかも,このゲームを遊ぶ前に,前提として映画や小説で語られているテーマを熟知している必要があり,全体的にかなりハードルの高いゲームになっている。
このソフトは日本語に移植される予定はなく,購入はオンライン販売か輸入版に頼ることになる。操作性の悪いゲームプレイや難解なパズルをものともしない,自他ともに認める聖杯探究家にはまあ,お勧めのアドベンチャーゲームといったところだろう。
難解なパズルの一つ。見つけ出した楽譜に合わせてピアノを弾くのだが,キーボードとマウスを混在させた,ややこしい操作を強いられる | こちらはインベントリーウィンドウ。やはり,キーボードの左右とマウスの両方を使う。単純な操作なのに,ユーザーインタフェースは煩雑だ | 敵は死なずに気絶してしまうだけなので,こうして暗いところにひきずっていかないと,気付いた仲間が起こしてしまうことだってある |