― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 ここ7,8年ほどの間に,日本やアメリカ,そして西欧圏以外の地域でも盛んにゲーム開発が行われるようになってきた。とくに,オンラインゲームという金鉱を掘り当てたアジア圏の状況には目覚ましい進歩が見られ,市場の拡大やゲームの発展にも少なからず寄与している。今回は,今一番ホットなスポットである韓国や中国を通り越して,荒削りながらも次の世代を担いつつある"もっと南"に目を向けてみた。



Phoenix Game Studios社の開発メンバーは20人程度。「ゲーム開発の経験者から,広告やメディア,ファイナンス畑で育ってきた人まで経歴はバラバラだけど,楽しいゲームを作ろうっていう情熱は持っているよ」と,ダン・ヨーク・チン氏(前列右から2人目)
 ゲーム史の中で,これまでゲームの聖地といわれてきたのは日本とアメリカ,そしてイギリス,ドイツ,フランスの西欧3国くらいだろうか。一頃までは先進国一部地域での特権のように思われていたゲーム開発も,1990年代後半あたりから急速に拡散し始め,今やどこの国で作られていても不思議ではなくなった。
 もともと教育水準の高いロシア,ポーランド,ウクライナなどの東欧地域は,早くからシミュレーションやグラフィックス分野で注目されるようになり,アウトソーシングの適地として利用されてきた。"ロシアの傑作「テトリス」"などと珍しがられていたのもずいぶんと昔のこととなり,スペイン産の「Commandos」,クロアチア生まれの「Serious Sam」,フィンランドの「Max Payne」あたりからは,もはやヨーロッパ諸国であれば,キャッチフレーズに開発国名を利用することも少なくなってきた。
 このほか,ご存じのように韓国では「Lineage」のNC Soft社が台頭してきたのが1998年頃のことで,その後数年の間に韓国はMMOG(大規模オンラインゲーム)の分野では最重要国の一つへと成長している。また,まだまだオンラインゲームの消費国としてのイメージが強いものの,中国や台湾でもゲーム開発の下地が整ってきている。
 環太平洋地域という枠で見ると,カナダと同じく北米ゲーム市場の下請けとして地道な作業を続けてきたオーストラリアは「Team Fortress」の開発チームを輩出しているし,Activision社やElectronic Arts社,Vivendi Universal Games社も同国に開発支部を持っている。また香港でも,Enlight Studios社などが頑張っている。

 今後のゲーム開発における新しいフロンティアを挙げるとすれば,やはりASEAN地域の中でも知識基盤経済への転換を打ち出しているマレーシアだろう。その成果は,中国語圏で大きな人気を獲得しており,ヨーロッパやアメリカへも広がりつつあるMMORPG,「Fung Wan Online」をリリースしたPhoenix Game Studios社のような新興のゲーム開発チームの活躍として現れている。
 このゲームの制作を指揮したダン・ヨーク・チン(Dan Yoke Chin)氏は,「マレーシアにおけるゲーム開発はまだ乳児期に過ぎませんが,非常に速いスピードで成長を続けています」と説明する。ここ2年ほどの間に政府のバックアップによってブロードバンド・インフラストラクチャの構築が急ピッチで行われており,MMOGが市場に受け入れられる土壌は出来上がっているという。
 Phoenix Game Studios社は,そんなマレーシアにおいて,今から3年ほど前の2002年3月に設立された。Fung Wan Onlineは,同国では始めてとなる本格的な3Dグラフィックスを持ったMMORPGであり,2004年12月には国内とシンガポールにサーバーを設置。2月には正式にサービスインされている。
 さらにアメリカやヨーロッパ圏では新興のOrchid Media International社が「MOG City」というゲームポータルサイトの運営開始にあたって,その主要コンテンツの一つとして同作を選択している。アメリカでのタイトル名は「Storm Rider Online」で,すでにオープンβも始まった。
 Phoenix Game Studiosがユニークなのは,「Phoenix Game Environment」というネットワークゲーム開発ツールセットのライセンシングも始めているところだ。ダン氏によると,「まだFung Wan Onlineの開発が終わったばかりであり,他社との正式なライセンス契約には至っていない」とのことだが,サーバーエンジン,3Dレンダラ,ゲームエディタなどのセットは既存のライセンスエンジンと比較しても魅力的な価格設定になっており,興味を示す開発元も少なくないらしい。今後は,プレイステーションやXboxなどのクロスプラットフォーム化もしていくということである。

 それではここで,簡単ながら,Phoenix Game Studios社のFung Wan Onlineを含めたアジア系ゲーム開発チームと作品を紹介しよう。


Phoenix Game Studios(マレーシア)

「Fung Wan Online」


 香港のマ・ウィン・シェン(Ma Wing Shen)氏のコミック「風雲」が原作の,古代中国を舞台としたMMORPG。日本語では「風雲オンライン」と書く。余談だが,同じコミックが原作の映画,千葉真一も出演した1998年公開のアンドリュー・ラウ監督作品「風雲〜ストームライダーズ」は,個性的なキャラクターに加えてワイヤーアクションとCGを駆使した豪華なアクションシーンが豊富で,一見の価値ありだ。

 ゲームのほうは,フレキシブルなスキルベースのロールプレイングを基本に,ゲーム内の経済や勢力関係にも影響を及ぼすクラン・システムがウリの一つになっている。Tien Xaという極悪にして巨大なクランが世界を牛耳っているという設定で,プレイヤーは自分達のクランを組織して,町やユニークアイテムを奪い合うのである。
 このユニークアイテムは"レジェンダリアイテム"とも呼ばれており,最初こそ自動生成されるものの,ゲーム上に二度と作り出されることがないという,正真正銘の"ユニーク"なものとなっている。
 またNPCのボスキャラクターも,ひとたびプレイヤーのグループに倒されれば,同じ名前や姿で再登場することはない。インタフェースはアイコンが多くて少々うっとうしく感じるかもしれないが,これによって戦闘時にコンボムーブなどを発動できるという,戦闘に飽きさせないための工夫になっている。
 また,すでに「Fall of Tien Xia」という拡張パックの開発も進められているようだ。


Envisage Reality(シンガポール)

Immortals:The Heavenly Sage


 シンガポールは,すでに東南アジアにおけるハブとしての地位を確立しており,サーバーをこの地に置いているMMORPGも多い。Atari,Electronic Arts,Microsoft,Vivendi Universal Games社なども支社を構えているのに加えて,日本からもコーエーや元気が進出して,開発チームを育成している。
 シンガポールの独立系ゲームデベロッパにはJ2ME(Java 2 Micro Edition)をベースにした携帯用ゲームを作っている会社が多い中,果敢にも"オンラインモードのないPC用ゲーム"を開発しているのが,Envisage Reality社である。

 この作品「Immortals:The Heavenly Sage」は,第三人称視点カメラでプレイするアクションアドベンチャーで,Fung Wan Onlineと同じようにアジア風のファンタジー世界とカンフーによるアクションが前面に押し出されている。
 開発は,ロビン・タン(Robin Tan)氏を中心とした10人ほどの小規模なチームで行われており,現在公開されている画面写真やデモムービーを見る限りでは,広大な空間や草木で覆われた大地の表現が魅力的である。シンガポールのゲーム開発現場は,最近では韓国のように政府のバックアップを受けており,本作もMDA(Media Development Authority of Singapore)の資金援助を受けている。


Dhruva Interactive(インド)

Pool on the Net


 「ソフトのインドとハードの台湾の頭文字を合わせて"IT"」などと長らく言われてきたが,意外なことにエンターテイメントソフトは十分に育成されているとは言い難い。そんなインドで,ここ数年欧米の有名なゲームソフトの開発を裏で支えてきたのが,このDhruva Interactive社である。同社の公式サイト内の「こちら」では,インドらしい,大らかながらもアカデミックな気風が確認できる。
 Dhruvaの設立は古く,1997年に3Dエンジンの開発を目的として,現社長のK.ラジェシュ・ラオ(K,Rajesh Rao)氏らによって"Dhruva"プロジェクトが発足した。1998年の12月には,Infogrames Entertainment社(現Atari)から「Mission:Impossible」のPC版への移植作業を受注している。その後も,第3開発会社としてアートワークのアセット提供などの仕事を多くこなしており,「TOCA Race Driver 2」「Grand Prix 4」「Terminator 3:Rise of Machines」など有名な作品にも関わってきた。

 彼らが現在手がけているのが,オンライン専用のビリヤードゲーム「Pool on the Net」だ。ラダーシステムも搭載した本格的な仕様ながら,電話回線でも十分楽しめるようになっており,チャットしながらゆったりと対戦できるゲームとなりそうである。この会社も,アウトソーサーから自己開発への道をたどり始めているのだ。



 前出のダン・ヨーク・チン氏も筆者に語っていたが,新興のゲーム開発現場では,まだまだ経験やゲームのノウハウの蓄積が必要なのは間違いない。しかし,今回取り上げたような国々のデベロッパ達は,政府や大学機関,そして日本や欧米の販売元からの支援を受けて,急速に進化している。アジアでのゲーム開発やアウトソーシングは,これからもますます盛んになっていくに違いない。



次回は,仮想世界の所有権について考えてみよう。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。春休みを利用して,奥谷一家はサンフランシスコから3時間ほど東に向かったシエラネバダ山系へとスキーに出かけたそうだ。ところが,「子供に格好良い姿を見せられたと自己満足に浸りながら車に帰ったところ,めり込んだ金属片がタイヤをパンクさせていた」とのこと。春とはいえ日暮れには急激に寒くなる雪山で,なかなかネジが回らないタイヤと悪戦苦闘したと話す奥谷氏。家族サービスのつらさは,万国共通のようだ。



連載記事一覧