― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 1990年代末以降,アメリカ軍部とゲーム業界が接近しつつある。訓練生には,難解なシミュレータではなく,使い慣れたPCやゲーム機で品質の良いシミュレーションソフトを提供したほうが,効率が良いと考えられているのだ。「兵隊=ゲーマー世代」という簡単な図式ながらも,その奥に潜む利害関係は意外に深い。今回は,お馴染みの「America's Army」「Full Spectrum Warrior」から最近のソフト事情までを探ってみた。




バージョン2.3にまで進化した「America's Army」は,一般市民がマップ上にいないためか,実戦よりも激しい戦いになる傾向があるという。なお,今後陸軍では「America's Army Motorsport」というソフトを制作するなんて話もあるらしい
 2002年の独立記念日にリリースされた「America's Army」は,アメリカ陸軍がプロデュースした本格的な一人称視点型の無料シューティングゲームとして,我々の記憶にも新しい。
 2005年3月30日現在では「America's Army Special Force」(ver.2.3)が公開されており,MacintoshやLinuxも含めたPCでは,330万人におよぶ正規ユーザーを獲得している。アメリカ以外の国にも日常的にプレイしているゲーマーが多いとはいえ,商業ソフトなら"大ヒット作"と呼ばれておかしくない数字である。
 しかも,Ubisoftとの提携でXboxやプレイステーション2版も開発/リリースされることが2004年12月に決定しており,さらなるファン層の拡大が期待されている。
 これだけの人気を得ていることは,投資を受けてミリタリー系のFPSを開発しているほかのゲーム会社にとって,まさに"脅威"だろう。しかし,America's Armyの本来の目的は「コアゲーマー層の陸軍へのリクルーティング」であり,FPS市場のパイをかっさらおうというものではなかった。

 コソボ紛争で世界が沸き返っていた1999年には,陸軍のリクルート人員数が過去30年で最低を記録。リクルート事務所の設置やテレビ広告など,これまでの手法は通用しないと考えたアメリカ国防省は,「より積極的で斬新なリクルーティング方法」を実験するために,議会に働きかけて実に2300億円におよぶ特別予算を捻出させた。
 その成果の一つがAmerica's Armyであり,ロールプレイング的に軍隊の価値観を享受する「Soldiers:Empower Yourself」と,インターネットを介して戦闘をシミュレートする「Operations:Defend Freedom」の2部で構成されている。

 初期のバージョンにはネットワーク周りで問題があったものの,America's Armyは最初の1か月で50万ダウンロードという脅威的な数字を叩き出した。ゲーム開発に計上された費用は約21億円で,アメリカで制作される一般的なPCゲームと比較して金銭的に非常に恵まれていたし,その後ゲーム雑誌やゲームサイトを中心に使われた広告料は,総予算の1%(22億円程度?)におよんだと言われている。この計画に救われたのは,制作に携わった一部のゲーム開発者ばかりでなく,アメリカのゲームメディアでもあったというわけだ。
 これまでの勧誘手法では,就職する代わりにと生半可な気持ちで入隊して,ハードなトレーニングの過程で脱落してしまう訓練生も多かったという。そこでAmerica's Armyには,アメリカ陸軍で実際にどのような演習が行われているのかをゲームの世界で事前に体験してもらおうという目的もあったわけだ。
 また,一人の新兵をリクルートするためには通常1万5000ドル(約160万円)という費用がかかるそうだが,America's Armyのゲーム内からは陸軍の公式サイトへ直接ジャンプでき,本作で1400人以上が入隊しさえすれば,少なくとも開発費のもとは取れることになる。


さまざまな会社が絡んだ複雑なプロジェクトだが,ICTで開発されたという特異なコマンド入力形態などで,2004年に話題となった「Full Spectrum Warrior」
 アメリカの好景気を長らく支えてきた"ネットバブル"が弾けたのは,1998年のことだった。しかしそれ以降も,IT産業はセキュリティプログラムの制作などで軍事産業と密接に連携しており,灰の中から立ち上がってきたIT企業が多いのも事実だ。その流れはゲーム業界にもおよんでおり,アメリカで2004年9月にリリースされた「Full Spectrum Warrior」は好例の一つといえるだろう。
 Full Spectrum Warriorはもともと,約7億円もの陸軍予算で開発されたMOUT(Military Operations in Urban Terrain/都市部での軍事行動)用のシミュレーションソフトである。1988年に陸軍から約50億円の予算が投じられて設立された,南カリフォルニア大学のクリエイティブ・テクノロジーズ研究所(ICT/Institute for Creative Technologies)という機関の協力を得て,より訓練兵に馴染みやすいソフトにするために,QuickSilver社やPandemic Studios社が制作を請け負った。
 2003年にはすでに軍事訓練用のソフト「Full Spectrum Command」(QuickSilver Interactive社制作)が陸軍に提供されており,その後はPandemic Studios社によって商業用に修正されたものがPCやXbox,PlayStation 2版でTHQ社よりリリースされ,トータル100万本のセールスを記録している。イラク戦争では,兵士の娯楽用に数百台ものXboxが配備されたというが,本作であれば,「Halo」などに比べてより実戦に活用できるわけだ。

 我々にしてみれば奇妙に思えるが,アメリカには,政府の援助を受けてソフトを開発した場合,プログラムの所有権はすべて制作者のものになるという慣習があるらしい。そのため,Full Spectrum Commandのリリース後は,商用化したFull Spectrum Warriorの収入はすべて開発元に帰属することになる。つまり,税金で開発費を捻出したようなものである。
 もちろん,これに対しては否定的な意見も少なくないようで,Times誌ではFull Spectrumシリーズが軍部で有効利用されていないという事実を明らかにし,QuickSilver社やPandemic Studios社,そして開発パートナーだったSony Imageworks社が商業的利益を優先していたと批判している。
 その"事実"が"真実"かどうかについて詮索するのは難しいが,ある関係者は,偽の証拠を使ってブッシュ大統領を批判したCBSニュースの看板キャスターになぞらえて,「ゲーム系ライターにだってダン・ラザーのような人間がいるってことですね」と,この記事の執筆者を皮肉っていた。

 税金の使途として不透明なのは確かだが,今後ゲーム業界と軍部の関係がなくなることはおそらくなく,逆に一層深まっていくと考えられる。それは,今まさにイラクのような前線で戦っている世代はゲームで遊びながら育ってきたという事実を踏まえて,「最も効果的に新兵を訓練できるのはゲームにほかならない」といわれているからだろう。"ユーザビリティ"の観点では,至極当然の話である。
 最近では,D.I.C.E.社がコーストガード(沿岸警備隊)の要請を受けて「Battlefield 1942」をモディファイし,訓練用のオンライン専用ソフト「Shields of Freedom」を制作,コミュニケーションや戦術行動を学ぶための教材として利用されている。また,「Pharaoh」でお馴染みのBreakaway社は,海軍と提携して対テロ用の訓練ソフトを制作中だ。
 さらに,"James Bondシリーズ"のSavage Entertainment社は「DarWars Ambush!」という輸送トラックのコンボイチームを訓練するプログラムを6か月で作り上げた。このDarWarsとは,インターネットの前身ともいえるARPANETやSIMNETを開発したBBN Technologies社が制作した軍事訓練用のシステムアーキテクチャである。
 考えてみれば,我々が毎日のように利用するインターネットでさえ,そもそも軍事用に開発されたプログラムの"お下がり"なのである。アメリカ国民の税金を使った実験が,知らないうちに我々の生活にも大きく関わっているのだ。



次回は,「アジアの新星」と題して新興のゲーム開発会社を紹介しよう。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。昨年より探していた缶ジュースにようやく遭遇したという奥谷氏。コカコーラ社の珍品ドクター・ペッパーの新作で,その名も「ダイエット・チェリー・バニラ・ドクター・ペッパー」。あまりにも長ったらしい名称に,奥谷氏は「もはや新しい商品名を考えたほうが良かったのでは」と抱腹絶倒している。そんな奥谷氏が現在探しているのは,フランスに住むチュニジア系実業家によって販売が開始された「メッカ・コーラ」らしい……。



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