― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 MMORPGの裏社会には,Bot(ボット:ロボットの短縮形で,人間の代わりに単純な作業を繰り返すプログラムを指す)を使ってゴールドやアイテムを自動生産し,オークションで売買して儲けるゲーマー達が存在する。今回は,「ウルティマ オンライン」を舞台に,自分で開発したBotで"ゴールド・ファーマー"の頂点に立っていたリック・ソーマン氏と接触し,彼が引退するにあたっての心境,そして言い分を聞いてみた。



ソーマン氏が制作した「ゴールド農場」の写真がインターネット上で公開され,一時はファンの間でも大きな話題となっていた。最盛期で30台のコンピュータを稼働させていたという
 「ウルティマ オンライン」(原題 Ultima Online。以下,UO)のようなMMORPGを長くプレイしてきた読者なら,"ゴールド・ファーマー"という業種を耳にしたことがあるかもしれない。業種といっても,ゲーム内に用意された職業や特殊スキルのことではない。彼らは,ゲームのアルゴリズムを解析するなどしてゴールドや貴重なアイテムを効率良く手に入れる方法を編み出し,そうして稼いだ品々をオークションサイトで売りまくる。うまくいけば,巨額の現ナマを手にすることになるのだ。

 多くのゲームでは上記のようなプレイは違反行為とみなされ,ゲームマスターに見つかると即刻追放処分にもなる。しかし,それでも網をかいくぐって自分の技能を試してみようという人達が多いのも事実で,実世界での収入よりはるかに多くの稼ぎを得るツワモノだっているのだ。
 今回紹介するリック・ソーマン(Rich Thurman)氏も,そんなゴールド・ファーマーの一人である。いや,「ゴールド・ファーマーの一人だった」とするほうが正しいだろう。ソーマン氏は,2005年1月に「引退声明文」を発表。ゴールド農場の生活から足を洗うことにしたという。
 筆者は彼にコンタクトをとり,彼にいくつかの質問を投げかけてみた。ともあれまずは,その引退声明文を翻訳して,ここに掲載しよう。


 2002年5月10日から2004年5月29日までの間に,90億ゴールドを生産した。


 僕の本業はプログラマーで,趣味は工作。オートメーションとかスクリプティングなんてことが大好きなんだ。ウルティマシリーズもお気に入りで,UOは,発売されたその日から遊んでいた。もちろん,その頃はゲームの中で生産したアイテムやゴールドが売れるなんて思っていなくて,ほかのプレイヤーと一緒に普通のプレイをしていたよ。だけど実生活で忙しくなったので,1999年8月に一旦ゲームから遠ざかったんだ。
 僕が再びUOで遊んでみたくなったのは,2001年12月のことだった。Electronic Artsから,UOがどれだけ変わったかなんてニュースレターが届くようになって,凄く興味が湧いてきたわけ。ただ僕は,一度やめたときの出来事について,"敗北感"みたいなものを感じていた。それは,やめるときに,その日遊び始めたばかりのプレイヤーに持ってたもの全部あげちゃっていたからだ。城や家,ゴールド,グッズ,ルートの品々は残らず無料で配りまくってたんだよ。ところが,僕のゲーム内での友人も同じようにやめたんだけど,彼はeBay(アメリカの人気オークションサイト)でアカウントごと売却することを思いついて,1000ドルくらい(約10万円)を手にしていた。僕のキャラクターや資産は彼のものよりずっと良かったはずだから,なんかもったいないことをしちゃって,悔いが残ったんだよ。そんな気持ち,分かる?
 そういうこともあって,UOの世界に戻る前に,何か目標を持たなくちゃいけないと思ったんだ。そして決めた目標は,それまで遊んでいた分のアクセス料や無料であげちゃったゴールド/アイテム分の金額を,オンライントレードで取り返すということ。それで満足した時点でやめようと思ったんだ。


 そんなこんなでゲームに目標を持って戻ってきたのはよかったけど,まだ計画がなかった。でも,僕がそれなりの教育を受けていたのは幸運だったね。大学に通っていたのが役に立った……というか,元は取れたと思っている。
 とにかく,まずプレイヤー達がどんなアイテムをトレードしているのかを調査することに決めて,最初の40日ほどはデータを集めることだけに専念した。その甲斐あって,eBayだけでも430万ドル(約4億5000万円)もの市場があることをつかんだんだ。まだまだおいしいパイのかけらは残っていたし,中でもゴールドは一番売れ筋の"商品"だった。
 計画ができあがると,以前プレイしていたときとは比べ物にならないくらいの情熱でゲームと向き合うようになったのさ。一人のプレイヤーだけでがんばっても,生産力には限度があることも気づいた(ずいぶん後になってから,一人でも十分に稼げる手段を見つけたんだけどね)。
 とにかく,UOなんて所詮はクライアント/サーバー型のコンピュータプログラムにすぎない。当然ながら,このようなプログラムは人間によるインプットが必要になるけど,スクリプトを書いて自動制御でコントロールすることも可能だ。これは,僕の得意分野だったね。


 EULA(End User License Agreement/使用許諾契約)とROC(Rules of Conducts/プレイにおける倫理規定)はどうなるかって? えーっと,EULAはサードパーティのアプリケーションは認めていないけど,誰でも(チャットソフトなども含めて)サードパーティのソフトくらい使っているじゃない。だから,EULAに同意する時点で,すべてのプレイヤーはファーストパーティになるって解釈したんだ。EAはプロバイダーである以上はセカンドパーティだってね。僕がファーストパーティである以上は,僕がプログラムしたものもファーストパーティのユーティリティになる。ずいぶんと都合のいい解釈なのは分かっているけど,そう認識していれば安眠できるしね。
 ROCは,まったく別の次元の話だった。ROCには,「プレイヤーが在駐していないマクロの使用は不法である」みたいなことが書いてある。このルールの適応は,実際にゲーム上のキャラクターがGM(ゲームマスター)の質問に答え,GMが満足できれば問題ないはずだった。僕は,これを最初の問題点として改良することに集中し,なかなかクリエイティブな方法を編み出したんだ。
 インスタントメッセンジャーは凄く便利で,毎日何百万もの人のコミュニケーションに利用されている。GMがゲーム内で話しかけてきたら,いや,別にGMじゃなくてもいいんだけど,UOは一つの大きなメッセンジャーソフトになるといえるよね。それならば,UOを別のプログラムと連結させて,ゲーム内のテキストを好みのメッセンジャーソフトで表示できるようにすればどうなる?
 実際に僕は,MSN Messengerと互換機能がある携帯電話を使うことで,GMやほかのプレイヤーと自由にテキストチャットできた。ROCによれば,GMに反応さえすればいいってことだからね。とりあえず条件を満たしたと感じたよ。もう怖いものなしさ!

 でも,最終的なチャレンジは,GMとの駆け引きじゃなかったんだ。ゴールド・ファーマーの同業者という,厄介な連中には悩まされたね。
 とくに,"blacksnow"ことリー・キャドウェル(Lee Cadwell)君と間の雰囲気は,まるで西部劇で「このゲームは二人には狭すぎる,銃を抜け!」って感じだったよ(笑)。そのうち,僕のBotキャラクターを狙いうちするBotを作り出してきたりね。そして僕が対策手段として掲げたモットーは,「誰も競合できないくらい生産力を上げる」ということだった。
 "IngotDude"のような同業者は,ゲームのシステムを利用するのではなく,デュープ・バグを悪用して稼ぐという手段を使っていた。彼の終焉は惨めなものだったけど,彼のために僕がスポットライトを浴びるようになったともいえる。僕の自慢の農場が,有名サイトで彼のものだとして掲載されたんだ。妙に自尊心みたいなものが湧いてきて,それは僕がセットアップした農場であり,IngotDudeやblacksnowのものではないと説明して回ったさ。


 そんな競合相手からのプレッシャーや,システムのメンテナンスの問題について頭を悩ませるのが煩わしくなり,またMMO市場が飽和してきたということもあって,僕はBot農場は捨てて,もっと気楽に生きていけるような道に進むことにした。
 2004年5月にはゲームで生産したアセットをすべて売り払ってしまい,今年(2005年)になって僕のBot軍団がインストールされたままのシステムも処理することにした。重荷になってきたBotとはもう関わりたくなくなったから,僕のゴールド農場主としてのアドベンチャーの,幕を閉じることに決めたのさ。



2001年には24万人を数えたUOのプレイヤー数も,現在では16万5000人あたりで低迷している。ソーマン氏のようなゴールド・ファーマーは一握りに過ぎないが,彼等の引退はUOの終焉が近づいてきたことを物語っているのだろうか……
 ソーマン氏は,2004年5月までの2年あまりの間に,UOで90億ゴールド,実世界のお金に換算すると約10万6000ドル(約1100万円)を稼いだという。ゴールド・ファーマー生活の当初は週30時間ほどの時間を費やし,慣れてくると売買専用サイトにバルクで販売するなどして,実世界の負担にならない努力もしていたそうだ。
 宿敵のblacksnowに"BotキラーのBot"を作られて2か月間に及ぶ妨害行為を受けたこともあったものの,一時は15分で2.7億ゴールドもの生産を行う手段を仲間達と見つけ出し,荒稼ぎしたこともあったという。さすがに,このときはあまりにもゲームとして問題があったということで,GMに連絡して8時間後にパッチを作らせたというから,"ファーストパーティ"のメンバーとしての義理も見せているといったところか。

 EULAやROCについてかなり都合のいい解釈をしているソーマン氏だが,それなりに罪の意識もあったらしい。
 今後,ほかのゲームにゴールド・ファーマーとして参入する予定があるのかという筆者の問いには,「Blizzard Entertainmentのように,Botに非常に敏感で,適切に処理をする会社も増えてきており,法的な問題が我々に有利な方向に傾かない限り,この世界には戻ってくることはない」と話す。目下の人生の目標は,貯めた資金を使ってXboxのゲームセンターを作ることらしい。
 現在,UOにおけるゴールド相場は,100万ゴールドで5ドル程度といったところ。確かに,法的な問題も考えられる行為で稼ぐには,もはや割の良い商売ではないに違いない。筆者はこのような行為を容認しているわけではないが,MMORPGの歴史を考えるにあたり,しっかりと記録しておくべきだと考えた。ソーマン氏らゴールド・ファーマー達の"冒険"は,今後も語り継がれていくに違いない。

◆◆ウルティマ オンラインのプレイヤー人口(全世界累計)◆◆
1998年12月10万人
2000年2月15万人
2001年4月24万人
2003年1月24万5000人
2004年12月16万5000人


次回は,ちょっと気になる新作ソフトの情報をお届けしよう。乞うご期待。


■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。歴史好きな奥谷氏,先日もサンフランシスコの日本庭園について調べていたところ,面白いエピソードを見つけたという。それはアメリカの中華料理屋で定番の"フォーチューン・クッキー"のルーツについてで,同日本庭園の初代庭師Makoto Hasegawa氏が日本の「辻占せんべい」をヒントに園内の茶屋で売り出したのが始まりだとのこと。ロサンゼルスでは中国人と日系人の間で裁判沙汰になったらしいが,そんなことで裁判を起している時点でアメリカ人化しているなあと,奥谷氏は妙なところで感心(?)していた。

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