― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted

 ディズニーランドの枕詞といえば,"マジック・キングダム"(夢と魔法の王国)である。過去50年にわたって世界中の子供達の熱い眼差しを受けてきたが,本場アメリカでは入場者数の低下に歯止めがかからないという。そこで,ディズニーの採った戦略が,オンラインゲームを利用した広告「Virtual Magic Kingdom」である。



日本でもサービスが行われている「トゥーンタウン・オンライン」では,子供への害を考慮して,チャット機能を制限するなどの工夫が見られる。5月に始まる無料のオンラインゲームサービス「Virtual Magic Kingdom」は,どれほどの青少年にアピールできるだろうか?
 ウォルト・ディズニー・カンパニーは今年(2005年),ディズニーランド開園50年という節目を迎えた。2004年末には最後の"Disney氏"が役員ポストを降りており,より健全な企業となるよう体質改善の努力をしているようだ。
 アメリカやパリにおけるテーマパーク事業は相変わらず芳しくないようだが,2月11日から始まる株主総会では,「Mr.インクレディブル」などの成功も手伝って,久々にポジティブな決算報告が行われる予定だという。
 ディズニーが依然として強気の拡大路線を続けていられるのは,約1.5兆円という世界最高の年間ライセンス徴収額があるからだ。インドでも専用テレビチャンネルを開局するなど,新しい市場の開拓に乗り出している。50周年のイベントは世界各地で行われることになっているし,9月には香港でもディズニーランドがオープンする。

 さて,このディズニーが今年になって発表したのが,「Virtual Magic Kingdom」プロジェクトである。これは5月5日に始まるサービスで,世界中で経営している5か所のリゾートと11か所のテーマパークを,オンライン上で再現してしまおうという試みだ。スペース・マウンテンやホーンテッドマンション,ジャングルクルーズなど,お馴染みのアトラクションが仮想世界に再現される予定になっている。しかも,アクセス料は完全無料になるという。
 ディズニー社によれば,このVirtual Magic Kingdomは,8歳くらいから12歳までの"トゥウィーン"(Tween)と呼ばれる低年齢層を対象にしたサービスとなる。同社幹部の話では,"放課後に子供達が集まってくるような場所",つまり健全な"たまり場"のようなイメージらしい。
 参加者は,自分のアバターとなるキャラクターを動かしてチャットを楽しんだり,ミニゲームに参加したりしてポイントを稼ぐことによって,ディズニーランドなどのテーマパークで使える商品券をもらえるという。そう,Virtual Magic Kingdomとは,無料のMMOゲームなのである。

 Virtual Magic Kingdomの実態は,実は「アドバゲーミング」(Advergaming)と呼ばれる新手の商法で,これはアメリカUSA Today誌をして「現在,最もcontroversial(物議を醸している)なビジネス手法」と言わしめるものだ。
 アドバゲーミングはアメリカで作られたばかりの造語で,文字どおりゲームに広告を絡めるというマーケティング戦略である。テレビコマーシャルに何十億円を投資しても,子供が目にするのは,せいぜい30秒か1分程度の映像。それならば,子供達がより長い時間接するMMOゲームを同じ金額でプロデュースしてみようというわけだ。

Intel社のロゴがゲーム中のモニターに映し出される「The Sims Online」など,企業とタイアップさせた広告を載せるゲームソフトは増えつつある。テレビCM以上の効果も期待されているので,今後数年間でゲーム内は広告で溢れかえるかも
 ゲームを広告に利用する方法は,2タイプに大別できる。一つは,ゲーム内に広告グラフィックスを出す形式のもので,例えば「The Sims Online」では,マクドナルドとの提携によってハンバーガーの店舗を設置できるし,(ゲーム内の)コンピュータに接続すると,Intel社のロゴが表示されるといった具合。
 最近では,「Need for Speed:Underground 2」で路上にワイヤレス通信企業Cingular Wireless社の看板があった。またドイツでは,バックパックのJanSport社が「Far Cry」と提携していた。
 そしてもう一つのタイプが前述のアドバゲーミングで,ここ数年クローズアップされている手法である。
 最近,子供向け番組の公式サイトでは,気軽に遊べるWebゲームが用意されていることが多く,これらはなるべく勝てるように,難度が低めに設定されている。子供達に優越感や満足感を与えて,その番組に対する印象を良くしようという狙いだ。
 そのほかの有名なケースでは,今では300万人というプレイヤーを抱える「America's Army」も,ある意味アドバゲーミングといえる。

 映画やテレビドラマでは,広告主とのタイアップは常識になっているものの,ゲームソフトでは未知数だらけという段階。しかし,2001年に公開された若者向け映画「A Knight's Tale」(邦題 ROCK YOU!)では,観客の20%が「映画のことは,公式サイトでプレイできる無料のJavaゲームで知った」という統計も出ており,その潜在能力には大手も注目している。
 実際コカコーラ社は,今後5年で,広告予算の3分の1をインターネットなどニューメディアを介したものにシフトしていく予定だ。この判断には,テレビよりもコンピュータの前にいる時間のほうが長い若者が増えたことや,デジタル録画などでCMそのものを"飛ばし見"できるようになったことが関連しているに違いない。

 Virtual Magic Kingdomのターゲットになっている現在のトゥウィーン世代は,アメリカでは"Yジェネレーション"とも呼ばれ,物心のついた頃から,インターネットに接続されたコンピュータが家庭環境の一部になっていた。
 具体的には,'90年代以降の世代といえるだろうか。この年齢層を狙ったMMOゲームでは,ディズニーはすでに2004年に「トゥーンタウン・オンライン」をリリースしており,「子供が安心して遊べるオンラインゲームソフト」としてのブランドを築いている。
 先ほど,Virtual Magic Kingdomのようなアドバゲーミング戦略が"controversial"と言われていると記述したが,これは,法的に問題があるという可能性も捨てきれないからである。アメリカでは,クリントン政権の末期にCOPA(Child Online Protection Act)という法令が可決されているなど,いかに子供達がインターネット上で情報を得るか,もしくは好ましくない情報にさらされないようにするかという議論が盛んに行われている。実際,Center for Digital Democracyのように,Virtual Magic Kingdomを名指しで「子供達に対する洗脳行為」と避難している団体もある。

 もし,Virtual Magic Kingdomが子供達に魅力的な世界を提供でき,彼らが親にディズニーランドへの旅行をせがむようなことになれば,これはディズニーの思惑どおりの役目を果たしたことになる。
 その反対に,簡単に飽きられるようなサービスであれば,イメージ戦略としては逆効果になってしまうだろう。やはりアドバゲーミングも,まずゲームとして面白いことが絶対条件であるのは変わらない。アドバゲーミングには,"メディアリテラシー"(メディアの情報を読み解く能力/教養)の低いトゥウィーンが感化されやすいのは事実だけに,今後も動向に注意していく必要があるだろう。



次回は「オンラインゲームの大商人」と題して,MMORPGの禁断のサブカルチャーについて考える予定。次回もお楽しみに。


■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。ペイトリオッツ時代の到来を決定的にした今年のスーパーボール(アメリカNFLの決勝戦)は,地元のスポーツバーで楽しんでいたという奥谷氏。恒例のハーフタイムショーでは,昨年のジャネット・ジャクソンほどのアクシデントは期待できないとばかりに,店主は裏番組にスイッチしたという。その番組は,「ランジェリー・ボール」。モデル達がランジェリー姿に防具を装着してアメフトをするという他愛もないものだが,ハーフタイムに合わせた珍商売には奥谷氏も妙に感心したそうだ。



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