― 連載 ―

奥谷海人

ここ1年ほど業界で静かな話題となっている「Phantom」は,OSからゲームソフトまで,コンシューマ機というよりPC系のゲーム専用マシンと表現したほうが正しそうなゲーム機だ。ゲームズ・オン・デマンド方式で,ソフトはすべてインターネットからダウンロードするというシステムを採用している。日本に上陸するかは疑問だが,今回はこのPhantomとはどのようなものなのかを説明してみよう。



現在のところ日本市場への参入は期待できないが,すでにInfinium Labs社はアメリカとドイツ(フランクフルト)で上場している。本体は,アップルのiPodを意識したような,優美な流線型の洗練されたデザインではある

 個人的に,「コンシューマゲーム」という表現には違和感を覚える。PCを「コンシューマ製品」でないとでも言うような呼び方は,まだPCが100万円もしていたような'70年代からの悪習にほかならない。主にPCゲームの記事を書いて食いぶちを得る者として,なるべく「コンシューマーゲーム」という呼び方は使わないよう心がけている。
 海外では,「PCゲーム」と対になる言葉としては「ビデオゲーム」という呼び方があるし,日本でも一部で「テレビゲーム」という表現も使われる。しかし,やがて本格的なHDTVの時代が到来すれば,このテレビゲームという用語も非常に曖昧になってくるだろう。
 こんなことを考えたのも,実は今回選んだ話題が「Phantom」だからだ。Phantomとは,アメリカのInfinium Labs社が開発し,2005年に北米やヨーロッパ市場に向けて発売される予定のゲーム機である。2003年末頃から一部のニュースメディアで話題が出始め,2004年5月に行われたE3(Electronic Entertainment Expo)で始めて発表されたセットトップタイプのコンソールシステム。もちろん,テレビに接続するので「テレビゲーム」のカテゴリに入るべきものに思えるが,OSはWindows XPであり,動いているゲームも「Return to Castle Wolfenstein」のようなPCゲームなのである。

 ただより正確にいえば,Phantomとはゲーム機自体を指す名称ではなく,「Phantom Gaming Service」というゲームズ・オン・デマンド(前回「こちら」参照)のサービスすべてのことだという。Phantom Game Receiverと呼ばれるシステムの性能は,Windowsベースのゲーム機としてはXboxをはるかに超える。
 CPUは,AMD社のQuantiSpeedアーキテクチャのAthlon XP 2500+を使用。GPUにはNVIDIA社のGeForceFX 5700を採用してDirectX 9.0をサポートし,ゲームパッドやキーボードなどの周辺機器はSaiTek社が,本体は中国に工場を持つBiostar社が製造を担当するなど,かなり本格的なメンツが揃っている。ゲームを目的に作られた専用のクローズドのPCシステムと呼べそうだ。
 ゲームズ・オン・デマンドをシステムの柱としているため,本体にはROMなどの挿入口は用意されていない。ソフトは,インターネットを通じてハードディスクへインストールされるなど,ゲームの購入からチャットなどのサービスまでを,すべて顧客専用のゲームサービス「The Phantom Network」でまかなえるという。ネットワークのバックエンドを提供するのはSun Microsystems社で,JAVAテクノロジをサポートすることで携帯電話のゲームソフトまでを視野に入れているようだ。


◆◆よく利用する,ゲームソフトの購入手段◆◆

(C)Parks Associates 2004


2004年度のE3で初公開されたときの写真。「フロリダの住所はショッピングモールの一角」などと揶揄されたこともあったが,ゲーム業界には前例のないアイデアとビジネスモデルで,シェアを獲得できるだろうか
 PhantomのGame Receiverは,発表されている上記のパーツで組むと400ドル程度の原価となり,普通に販売していたのでは,新興のInfinium Labs社はMicrosoft社などに到底太刀打ちできそうもない。そこで,元Xboxチームの四天王でもあった同社COO,ケビン・バッカス(Kevin Buchus)氏ら経営陣が導入したのが,携帯電話と同じようなサブスクリプション型のレンタルサービスだ。つまり,月額15〜30ドルを払って2年間のサービス継続の契約を結ぶことによって,ゲーム機自体は無料で提供するわけだ。これなら,例えばカジュアルゲーマー用とコアゲーマー用のサービスや機材を分けて販売できるし,2年後のサービス更新時にアップグレード版を提供することでユーザーの引き留めもできるのである。
 このようなローコスト戦略は,ゲーム開発者への勧誘にも利用される。元々,PhantomのOSがWindows XPなので,開発者は新しいプログラムを加えることなくPhantomサービスにソフトを提供できる。Infinium Labs社は,すでにシングルプレイヤー専用ゲームでもネット配信できるようにするアプリケーションプログラムを開発しており,ゲーム開発者はWindows用ソフトを作る以外に,することは何もないのである。同社のコンテンツ戦略を担う福社長キャシー・スコーバック(Kathy Schoback)氏も,「ソフト開発者は,Windows用として開発したままのプログラムを,我々に渡してくれるだけでいい。あとは,我々がネットワーク用のアプリケーションを上乗せしてサービスを提供するので,何もしなくても収入が望めるのです」と語る。

 コンテンツライブラリという点では,Phantomリリース時にはトランプゲームなども含めて500タイトルを用意するという。しかし,ユーザーにとってはPCゲームと同じかそれ以下でしかなく,お世辞にも魅力的だとは言い難い。テレビを利用することで,トランプゲームやクラシックゲームを楽しむカジュアル層の取り込みにも期待できるが,そういうユーザー層が月額料金を払ってまでサービスを受けるかどうかも疑問だ。
 現在の試算では,サービス加入者を20万人集めれば,年間で85億円程度の収益をあげることができ,例え14万人程度であっても,ベンチャーキャピタルに投資された資金をすぐに使い切ることはない。しかし,コストを下げがたいハードウェアの生産はあまりにもリスクが高いし,サービスが成功しても,簡単に追随するメーカーが出てくるだろう。
 ゲームズ・オン・デマンドをサービスの主体としたPhantomのアイデアは面白いが,カジュアルゲーマーやコアゲーマー層に,どこまでアピールすることができるのか。PCでもテレビゲームでもないこのPhantomは,2005年に始動する。



次回は,バリューソフトがテーマ。今や無視できないほどの市場規模を形成する低価格ソフトについて見ていこう。


■■奥谷海人(ライター)■■
本誌専属の海外特派員。「ハーフライフ2」のレビュー記事「こちら」はもう読んでもらっただろうか。実は本作,リリース前にプレイするには,メディアですら開発現場に赴き,半ば監禁状態でなければならず,そのうえWebメディアはすべてNG。そのため11月19日に掲載したレビュー記事は,一般のプレイヤーと同じくリリース後にプレイを始め,クリアしたあとに執筆を開始した。奥さんから,子供が起きている時間はゲームプレイを禁じられている奥谷氏が,あの短期間で記事を仕上げたことは驚嘆に値する。まぁ,そうしろと依頼した編集部も編集部だが。

※ PC以外のコンピュータゲーム機全般について,4Gamerでは統一表記として"コンシューマ"を採用しています

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