明の版図は広大,軍隊は精強,経済活動は活発で文化も進んでいる。まさに世界の先進国だ
 「ヨーロッパ ユニバーサリスII アジア チャプターズ 日本語版」の発売は,各方面で驚きをもって受け止められた。いや「このコアなタイトルを,よくぞ日本語で発売してくれました」というのが,Paradox Entertainment作品愛好者の偽らざる感想であったろう。それに続いて2004年12月3日にサイバーフロントからは,「ヴィクトリア 太陽の沈まない帝国 完全日本語版」が発売されるという。そう,時ならぬParadox Entertainmentブームが,深く静かに進行中なのだ。
 そこで今回から,同社一連のストラテジー作品から代表的な3本を取り上げ,その魅力を1作品1回で集中的に解説しよう。具体的には前述の2作品に加えて,同社の最新作「Crusader Kings」だが,絶妙なシミュレートゆえに垣間見えてしまう歴史の法則じみた面白さを,ブラックな部分も含めて掘り下げて行く。

何かのバランスが崩れた瞬間に,画面を埋め尽くす反乱報告のダイアログ。こうなると明もおしまいだ
 今回は第1回として「ヨーロッパ ユニバーサリスII アジア チャプターズ 日本語版」(以下EU2ac)を扱う。どんなゲームかは,「こちら」のレビューをざっくりと見ていただくとして,1420年から1820年までの世界を舞台に,自国を繁栄もしくは平穏無事に存続させるゲームだ。

 ある意味どこまでも歴史的リアリティを重視するこの作品では,世界を統一することなどほぼ不可能だが,では目標は「勝利ポイント」なのかというと,それも建前に過ぎない。この作品のデザインを説明するなら,原型になったといわれる北欧"三国志"ゲーム「Crown of the North」のマニュアルにある文句がぴったりだ。いわく「このゲームの目的は,当然ですが,まずあなたが楽しい時間を過ごすことであり,そしてまた何か新しいことを成し遂げたり,学んだりすることです」。要は,絶妙の抽象化を行った広大な箱庭を用意したから「歴史実験」を好きなだけやってみろ,ということであり,お言葉に甘えて存分にやってみようじゃないか,というのが今回の記事なのだ。

 EU2acでは,戦争で領地を占領しても直ちに自分のものにはならず,領土の移動は和平条約で決定される。戦況しだいでは,とうてい戦費に釣り合わない賠償金のみで手打ちということも多く,ここでプレイヤーは重大な判断ミスを犯すことがある。
 以下は筆者がフランスでプレイし,「イベリア半島からイスラム教徒を放逐する」という大義名分の下,イベリア半島に残存していたキリスト教国を攻撃していたときの話である。イスラム教徒などもちろんどうでもよく,真の戦争目的はブドウの名産地ヴァレンシアがもたらす富だったわけだが。
 フランス陸軍は順調に攻勢を続け,カスティリアの首都包囲戦に持ち込んだところで,相手から最初の和平の申し出があった。いわく
  「15ダカットの賠償金で和平を乞う」
騎兵1ユニットの資金にも満たない金額なぞ秒速で棄却し,なおも包囲を続けると,またもや和平の申し出がきた。
  「20ダカットでどうか」
いやいやご冗談を。そうこうするうちに首都は陥落し,カスティリア第2の都市トレドに抵抗勢力が移動する。騎兵の増援を出し,大砲も増強して再び包囲戦に突入すると,三たび和平の申し出が。
  「10ダカットの賠償金と,ヴァレンシアを割譲する」
 よしよし,やっとこちらの主張を飲む気になったらしい。しかしながら,こちらもだいぶ戦費がかさんでおり,ここまできたらトレドも手に入れて,経済を上向かせたい。この首都を陥としちゃえば相手は言いなりになるはずだし,続行続行。そして,もはや恒例の行事と化した和平提案がやってくる。
  「5ダカットの賠償金と,ヴァレンシアを割譲する」
 あれ減った? なんで??? そう,長期に渡る戦闘で,カスティリアの国庫はもうパンク寸前になっており「ない袖は振れない」状況なのだ。この展開に思い至らないのは,頭に血が上って情勢が判断できなくなっていた証拠だ。そして,次の和平提案は,
  「ヴァレンシアを割譲する」
「ない袖は振れない」状況,鋭意進行中のもよう……。
 さて,スペイン戦線にかまけているうちに,ドイツ方面の国境で小規模な反乱が発生したので,さしあたりトレド包囲戦は放置し,反乱鎮圧後に戻ってみると,こともあろうに我が軍がいないわけですよ。どうやら損耗と小規模な反撃の積み重ねでモラルが崩壊し,勝手に撤退したらしい。え,えーと,ここらでまじめに和平交渉をしましょうか。ヴァレンシアください。
  「5ダカットの賠償金で和平を乞う」
 ……もはやこちらにも戦闘を続行する体力はなく,泣く泣くはした金で和平を締結。その後カスティリアは財政破綻したあげく内乱で分裂し,フランスは戦争に投じた資産を回復するのに30年を費やしたあげく,残ったのは戦争で荒れた土地と,もはやその土地を回復させる能力さえない,落ちぶれたフランスである。
 戦争が始まると人間どこか理性的でいられなくなるらしく,例えば朝鮮戦争に介入した毛沢東の言行録を見ると,介入するまでの冷静さがどこかに消し飛ぶ様子がよく分かる。戦争には目的が必要で,かつ,その目的を下方修正しても上方修正してはならないという歴史の教訓は,EU2acの中でもしっかり生きている。

グラナダは産業がさかんなうえ,相手はイスラム教徒とあって,占領するには理想の土地。「レコンキスタ」という名の侵略戦争開始だ 最後まで戦い抜いて,グラナダを属国化。ジブラルタルはカスティリア領に……って,グラナダを併合するのが目的だったんじゃ……

 というわけで,戦争をするからには経費以上のものを取り返さねばならない。幸か不幸か,我々現代人は過去の過ちをたくさん知っている。
 ポーランド・リトアニア大公国を選択して驚かされるのは,なんといっても精強な軍隊とそれを支える経済力,そして隣国ロシアの悲惨な状態である。この国力をもってすれば,騎兵部隊の馬首を東に回らせ,モスクワを占領することも容易であろう。ロシアの歴史を100年ほど後退させて再起不能の弱小国に押さえ込み,ウラルの先に広がる資源を開拓して富を得ることさえ可能ではなかろうか。……だがそれは何事もうまくいけばであって,ロシアの冬をなめて失敗した先人を,我々は少なくとも二人は知っている。ここはぐっと我慢しよう。
 では,栄光あるポーランド・リトアニア大公国の力をどこに向けるべきか? 答えの一つはインドであってもいい。次々と商人を送り込み,やがては口実を作って精強なる騎兵で現地軍を退け,領地の割譲を迫る。ライバルは多いが,ゲームスタート時点で事実上世界最強であるポーランド騎兵の敵ではない。幸いなことにインドをめぐって競争相手になりがちなオランダは,その脆弱な本国をポーランド・リトアニア大公国のご近所に置いている。全面戦争は望むところである。
 このプランは,それなりの確率で成功を収めるが,現実にそんなことができたかといえば,あくまで「ポーランド・リトアニア陸軍が海の藻くずになったらなったで,この国が消え去っていく過程を眺めて楽しむからいいや」という態度が必要な政策である。
 ちなみに同種の政策として,偉大なるインカのマンコカパック皇帝の一族がマドリードに造営された階段ピラミッドで生贄の儀式を執り行うことを目指す「ジャガーウォーリア作戦」というものも存在するらしい。こちらは成功報告を耳にしたことがないが,"フロンティアスピリット"にあふれる方はぜひ。

阿国歌舞伎を認めると,国内の安定度が低下する。文化は安定した社会にあってこそ存在しうるのだと断言できたら,あなたも立派な帝国主義者
 日本を舞台にしながら,日本人の感覚ではありえない実験ができるのも,このゲームの見逃せない要素だ。
 唐突だが天草四郎の反乱を機に,日本の国教をとりあえずキリスト教にしてみた。国内の反発はもちろんすさまじく,その後数十年に渡ってもう一度戦国時代を戦うことになるが,まあ十字軍の一種と思えばそう気にもならない。徳川家の軍事力を最大限に活用し,九州や東北が独立国になることを容認しつつも国内の平定に成功すれば,めでたくキリスト教国日本が誕生し,スペインやポルトガルとも高い友好関係を維持できる。……こんな遠回りなプレイにメリットはあるのかといえば,実はある。遠交近攻は外交の基本であって,近隣諸国と友好関係にある限り,領土的発展は望めないからだ。
 いやそれはいいのだが,二度目の戦国時代をくぐり抜けた日本に,海外に雄飛する体力などない。そうなったらやるべきことは明確で,宣教師を朝鮮半島に送り込み,朝鮮半島のキリスト教化を図るのだ。この試みも完全な成功は望めないものの,粘り強く行えば部分的なキリスト教の浸透が始まる。もちろん朝鮮の政府はたいていの場合キリスト教を認めず,結果として朝鮮半島は不安定な情勢になっていく。

台湾を日本領にし,蝦夷での反乱を武力で鎮圧する。朝鮮に向かうはずだった軍勢は,もう一つの未来を求めて血の雨を世界に降らせていく
 やがてキリスト教徒による農民反乱が起き,朝鮮政府はこれを武力で鎮圧するわけだが,国内で反乱が起こると,鎮圧のための軍事費がかさみ,それが国内安定度の回復を遅らせ,安定度が回復しないので反乱が続き,反乱が続けば国土が荒廃して税収が落ちるという,このゲームではお約束のダウンスパイラルに陥る。
 頃合いを見て日本が「信教の守護者」を宣言し,朝鮮半島で抑圧されるキリスト教徒を救済するという大義名分で100年遅れの朝鮮出兵を行う。相手が弱体化しているところにつけこめば,疲弊した徳川幕府でも対外戦争は可能だ。宗教を含む国内の動揺を利用して,南米諸国で搾取の限りを尽くしたスペインのコンキスタドールに倣った,実に陳腐だが堅実なのが困りものの作戦である。
 まあこんな可能性は,アジア圏の人間には思いつかないし,そもそも日本人がデザインしたら,キリスト教を国教にするという選択肢自体登場しないだろう。ちなみに豊臣秀吉の朝鮮出兵シナリオでは,ゲーム開始直後に朝鮮と和睦し,徳川家康率いる陸海軍を台湾に向かわせて南方に展開したり,北に向かわせてシベリア出兵を先取りしたりもできる。まあ,あまり無邪気に語ると各方面から怒られそうな文脈ではあるが。


 さて,最後にこのゲームが持つ「どうにもならなさ」の話をしよう。EU2acでは設定によって,中世ないし近代社会の段階に達していない地域が地図上に残るのだが,そこには「植民者」を送り込み,最終的には自国の領土に編入できる。
 「原住民」は性格や軍備もさまざま,温和に植民者を受け入れ,すんなり吸収される例もないではない。だがそれはレアケースでたいていは抵抗して蜂起し,植民キャンプを焼き討ちしにくる。これを防ぐには軍隊を動員して迎撃する,積極的に弾圧する必要があるが,投資が灰になるのを覚悟のうえで,何度も植民者を送り込んで領土を併合することも可能であり,ここでプレイヤーは選択を迫られる。すなわち,ジェノサイドか忍耐か,である。

チチカカには攻撃性の高い先住民族が3500人存在する。このまま入植に成功すれば4000人を超える大都市に 4000人の反乱予備軍を未来に渡って量産されても困るので,軍隊をもってこれを掃討。後世にどう祟るかが問題だ

 EU2acをやり込んでいる人の間で意見が一致するのは,仮に殺すなら徹底して殺すべき,ということだ。「人類全体」での流血量を減らそうと思うなら,最適戦略は徹底した虐殺で,そのとき数千人が死ぬのは,歴史的に見れば些細な犠牲である。
 繰り返し植民者を送って原住民を取り込む「平和的」な併合状態は,国家が安定していなければ維持できない。安定度が下がって反乱が起きれば,人口の多い州は巨大な反乱軍の温床になるからで,グラナダのように先住民の気風が残っている都市ほど反乱の発生率が高いようだ。つまりは全てがうまくいっているときにしか機能しない政策であって,一代の暴君暗君によって全てが崩壊する危険がある。
 この危険への対処策は,軍備を蓄えて「保険をかける」ことに尽きる。当然ながら維持費がかさむので,平和の配当の多くは消えていくが,保険なしに平和が永劫に続くと考えるのは楽天的に過ぎる。

 皆殺しか忍耐かを経済効率で語る場合,全てをうまく動かせれば後者に軍配が上がる。収入/支出とも多く忙しい政策になるが,蛇口をひねる手腕さえ確かならば,少ない領土から莫大な利益を上げられるのだ。だが,純粋に安定を望むなら前者が優れ,1400年代から1800年代というスパンで見れば,融和政策よりも最終的収支は上になるかもしれない。人口の自然増加があり,また啓蒙時代から出現する「工場」によって,やがて小規模な都市でも大きな経済効果が上がるようになるためだ。

 大量の血を流した後のパクス・ロマーナか,時間と技術で繁栄の基礎を固めるか。ゲーム内でも容易に結論が出ないこの二者選択には,国民国家の領土確立と拡大が「民族浄化」を通じてしか達成されてこなかったという,冷徹な歴史観が込められている。EU2acでは非都市文化が都市文化を飲み込むこともでき,ロンドンにネイティブ・アメリカンのテントが立つ風景を見ると,確かに言葉にできない感慨がこみ上げる。だが,例えばモンゴル帝国のように,遊牧民が都市圏を支配する場合,都市から「あがり」を吸い上げるだけの場合も多いはずなのだが,それはルール化されていない。このあたり「自分が相手にやったことは,相手も自分に仕掛けてきて当然」という,ヨーロッパ・スタンダードが見え隠れして興味深い。

 以上,EU2acの本質に,突飛なプレイを交えつつ迫ってみた。次回は前述のように,近く日本語ローカライズ版が登場する「Victoria - Empire Under the Sun」の中で再現されている,歴史的ギミックを中心にお届けする。

ベトナム史上最大の版図を目指して,領土拡大中。経済を安定させ,中国に色目を使いながら,中国の軍事力を利用して他国を滅ぼすのが基本である ベトナムと同じ方法論をチベットで実践してみる。明とのタッグでアッサムを窮地に追い込むが,全土的な反乱の連続で挫折。安定度は最高値のはずなのに

■■徳岡正肇(アトリエサード)■■
映像・文学・演劇・サブカルを扱った評論誌にも寄稿するPCゲームライター兼翻訳ピンチヒッター。TRPG「ヴァンパイア:ザ・マスカレード」の翻訳者としても知られる。ボードゲーム時代以来のストラテジーマニアであり,「何がどう記号化されているか」という見方が,現実生活にまで及んでいそうな"濃いい"キャラクターである。映画「攻殻機動隊」シリーズのサブマシンガン射撃シーンで,銃腔が過熱/摩滅して次第に着弾が散らばっていく描写を誉めるステキな感性の持ち主は,身の周りではこのヒトくらいなもの。


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