度重なる病気により,ノヴゴロド大公国は継承者を失おうとしていた。だが神は大公国を決して見放し給わず,齢68の君主と40歳の大公夫人の間に子供ができた

 連載の最後を締めくくる「Crusader Kings」(以下CK)は,1066年から約400年間に渡るヨーロッパ=キリスト教封建社会を舞台に,各王朝や「家」の盛衰とドラマを楽しむ作品である。
 例によって州単位に分割されたヨーロッパの地図上で,覇権を求めて戦う。複数の州を保有する「王国」から,州一つだけの「男爵領」までプレイできるが,経済活動や技術開発,階級ごとの人口分布,政治体制といった要素は「Victoria - Empire Under the Sun」(邦題:ヴィクトリア 太陽の沈まない帝国 完全日本語版。以下Victoria)のものを簡易化した形で採用している。

 だがCKにはParadox Entertainment歴代の作品とは決定的に異なる点がある。それはキャラクター性だ。歴代作品において,国王や将軍が誰であるといった情報は,ほとんどゲーム展開に影響を持たぬ瑣事に過ぎない。しかしCKでは,君主はもちろん,その妻や子供,家臣にいたるまで身体的・精神的特徴を含む詳細なデータとなっている。彼らをどう利用していくかが問題なのである。

 マニュアルの勝利条件の項には「現実の歴史がそうであるように,唯一無二の勝者など存在しません。しかし,これまた現実の歴史がそうであるように,明らかな敗者は存在します。(中略)もしこのゲームに勝者がいるとすれば,歴史の荒波を生き延び,自分の国家をEU2にインポートできた者を以て勝者というべきでしょう」という,投げっぱなしの一文があるばかり。CKにもPrestige(威信)は存在するし,キリスト教社会だけにPiety(敬虔さ)というパラメータもあるが,それらとマニュアルの言う「勝者」は無関係だ。つまるところ社会規範から表立って逸脱しない範囲で,生き延びるためにあらゆる努力をする人々のドラマを見つめることが,最大の楽しみである。何が起こるのかを,簡単に紹介していこう。

男爵領は無数に存在する。画面はAで始まる男爵領のリストだが,スライダーの位置から全体量を推測していただければ幸いだ すべてのキャラクターには能力値とスキルが存在する。クロアチア国王は「陰謀家きどり」とでも言うべきスキルをお持ちになっている。だめっぽい……

とりあえずこの画面は要チェックだ。Totalがマイナスになっているようなら,遠からず破綻するので何はともあれ財政バランスを早急に見直したい [Export]を選ぶと,EU2で読み込み可能なデータが保存される。通してプレイすれば,800年にものぼる流血の一大叙事詩が楽しめる

 CKでプレイヤーが最も心を砕くのは,自分の「血統」を継続させることである。君主はやがて死ぬが,世継ぎとなる男子が一人もいなければ,そこでお家は断絶だ。
 したがって家長最大の任務は子作りで,男子,できれば能力の高い男子が望ましい。しかしそこは中世の医療水準,産前産後の后も幼児も,あっさり死んでいくし,身体的または精神的に支配者にふさわしくない人物も多く現れる。
 おまけにその人物がどんな能力を発揮するかは,成人するまで分からない。例えば足が不自由といった身体的特徴は子供の頃から分かるし,軍事能力が低いなど,それが能力に与える影響も推測できるものの,修道院に放り込んで成人したら,ハンデをものともしない軍事的才能を開花させたりもする。時すでに遅し,である。
 数撃ちゃ当たる式に子孫をたくさん作っていくと,悩まされるのは後継者争いだ。家臣が派閥を作る,外から迎えた后ゆえに後継者争いが国際問題になる,といったこともままある。
 子孫がらみのランダムイベントも多く,中でも決断を迫られるのは「純朴な少女に野で出会ってしまう」イベントだ。大別すれば「見逃す」か「獣欲に身を任せる」かで,見逃せばキリスト教的美徳としてPietyが確保できる一方,子孫を獲得するチャンスを失う。だがこうして獲得できる子孫は自動的にBastard(嫡外子)に格付けられ,嫡出子との確執も生じ得る。
 ともあれ,どんなに広大な領地を支配しても,後継者がいなければ瞬く間に分裂し,巨大帝国を作ったプレイヤーの努力は中世社会の必然の中へと消えていく。黒死病(ペスト)の恐怖を存分に味わいつつ,不確実な努力を続けるのみである。

後継ぎなし・嫁なし。家長としては極めつけによろしくない状態であり,ここで彼が暗殺されると家系は即座に絶えてしまう ロマンスのチャンス。欲望に身を任せてみるとSbyslavという嫡外子を獲得した。ちなみにSbyslavは長じて無能さを露呈,結局暗殺された

ノヴゴロド大公国は「ミダスの手」をもつ聡明な后Dobrodjajaを得る。が,その陰には陰謀があった
 キリスト教社会=一夫一婦制のなかで,子供を作るには年をとりすぎてしまった后,または外交上,婚姻せざるを得なかったが自分の家系にふさわしくない后をどうするか。前述の後継者争いなら,それぞれ将軍や防諜といった職に就けることである程度防げるし,子が生まれにくいなら嫡外子を覚悟で世継ぎを作ればよい。しかし,才能に比して野心に溢れすぎた子供や,嫡外子を作ると外交問題が生じかねない后となると,もう暗殺するしかない。CKの「暗殺者を送る」コマンドは,もしかしたら敵対する領主とその家臣より,身内に対して使われる機会のほうが多いかもしれないのだ。
 ほかの領主の娘を后に迎えた挙句暗殺したとなれば,戦争に発展することもあるが,この「親としての当然の感情」は政治的な命取りにもなる。というのも,中立エリアに手を出す場合,そこの領主の家系から后を娶って暗殺し,娘のただならぬ死に怒って攻めてくる義理の父を返り討ちにするという術策は,このゲームでそれほど珍しいものではないからだ。
 とはいえ,暗殺は基本的にはマイナス方向への術策であり,計画的に行使した場合でも,後で思いがけない代償を支払わされることがある。実例を挙げよう。

 アイルランドの片田舎で,領地拡大を狙って自分の后をまず暗殺し,隣の領主の家系から后を娶ってみた。後継者としては無難な嫡男(成人)がおり,あとは彼の未来のために戦争の準備をするだけになった。ところが,新しい后が殺される前に男子を出産する。それも,子供の段階で恐るべき素質を見せる,未来の名君をだ。
 どんなに利発であっても,いや利発であるからこそ内紛を呼ぶ子供を,生かしておくわけにはいかない。かくして暗殺者は1名多く雇われ,后と子供は亡き者となった。隣の領主は怒り狂って無謀な宣戦布告に出るが難なく撃滅し,新たな領地を獲得した。
 だが,戦場から帰った領主を迎えたのは悲報だった。新しい母と弟が相次いで世を去ったことをはかなんだ嫡男が,塔の窓から身を投げたのだ。どうも,隣の領主が最後の抵抗として送り込んだ暗殺者の仕事らしい。
 かくして存亡の危機に瀕したが,因果応報,娘を嫁がせても暗殺されるだけだと思うのか,近隣の領主は婚姻の申し出を受け入れない。だが,何が何でも子供は作らねばならない。必死で家臣と人物リストを見ていくと,子供ができやすく,能力的にも欠けるところのない女性が后候補に浮上した。唯一の問題は,その女性が自分の孫娘であるということだ。それさえ,この作品では些細な障害に過ぎないのかもしれない。

ノヴゴロド大公の最初の妻Dobroniega。Stewardshipが12と天才的な内政能力を持つが,35歳で一子も儲けられなかったのが,不幸の発端といえる 離婚の自由がない以上,Dobrodjajaとの結婚を成し遂げる方法はただ一つ。直後に当時16歳のDobrodjajaと44歳の大公の結婚式が行われる

 もちろんCKはマニアを納得させる歴史系イベントも充実している。現実の十字軍で建前と本音がすさまじく乖離していったのと同様に,CKの十字軍は,ずばり建前をどう利用して本音を実現するかというものになっている。最も顕著なのは東ヨーロッパ北部,それもポーランドのように強大な王朝ではなく,バルト海を望む小規模な領主でプレイする場合だ。

 地中海に出られそうもない僻地の領主がなぜ,と思われるが,CKのルールにおける「十字軍」は広義で捉えられており,目標は必ずしも聖地の回復ではなく,イスラム勢力およびPagan(異教徒)に対する広汎な戦いに適用できる。とにかく異教徒を叩けばよいなら,バルト海寄りの領地は好都合だ。沿岸には異教徒の領地がいくつも並んでおり,十字軍の発動に応じてこれら小国家に略奪と殺戮をもたらせば,領土は獲得できる,PrestigeとPietyは得られると,笑いが止まらない状態になる。
 遺憾ながらこれは史実に合致しており,我々は後にこれをドイツ東方植民という名で知ることになる。「ゲーム内論理に照らして明らかに正しい選択」が,血まみれの歴史を築いていくさまを見て若干の身震いを禁じえないのもまた,興味深いところである。

バルト海に臨む小国。宗教はPaganつまり異教であり,教皇のCall to Armsを今や遅しと待ち受けるノヴゴロド大公国 ついに教皇が十字軍を宣言。1週間以内にノヴゴロド大公国は1万以上の軍勢を揃え,3か月でPagan国家を根絶する

 バルカン半島が「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれるのはずいぶん先の話だが,CKでも史実どおりの波乱が繰り広げられる。ここには経済・軍事・技術とも高水準で,Orthodox Chruch(東方正教会)の総本山たる東ローマ帝国があり,この国をAI任せにしておくと,しばしばクロアチアへの侵略を企てる。いや確かにクロアチアは軍事的に脆弱で,たちまち握りつぶせる勢力だし,イスラム勢力,未来においてはモンゴルとも戦わねばならない東ローマにとって,広い領土=より多くの軍隊は,欠くべからざる要素だ。プレイヤーが担当する場合でも,やはりクロアチアを占領してギリシア正教を広めていくわけだが,現代にいたる問題を想起するとき,これが心痛む「定石」であるのはいうまでもない。

 CKが発売される前,Paradox EntertainmentのサイトにあるForumで「どの国を選んで,どんなプレイをするか」という話題が持ち上がった。「ポーランドでモンゴルと戦う」「アラゴンでレコンキスタを」といった"比較的"穏当な話題の中で,筆者が思わず目を留めたのは「クロアチアを選んで,セルビアをカトリックの国にする」という,ザグレブ在住クロアチア人による書き込みであった。
 そしてプレイレポートのコーナーに残された,「クロアチアで12回ほどプレイしたが……」という切り出しで始まる書き込みを見たとき,「過ちは二度と繰り返さない」という発言は,日本人にとって「もうしません」だが,ヨーロッパでは「次は負けない」であるという説を,ほんの少し信じる気になったりもした。

ビザンティン(東ローマ)がクロアチア王国に宣戦布告。えーと,イジメですか,これは? 身を切るような外交交渉をすると,この侵攻を予防できるとか クロアチア王国のお世継。純地政学的に見てたいへん不幸なことに,この子がクロアチア王国を無事に継承できることはめったにない

 以上,Paradox Entertainment作品の魅力を,プレイの実例を通じて紹介してきた。四角四面で,ハードルが高く思える作品群ではあるが,実際には紹介したとおり,トンデモ歴史が存分に満喫できるシロモノである。歴史には正解など存在しないのだから,砂場のように自由な造形を楽しんでみるのが,Paradox Entertainment作品らしいプレイといえるのではないだろうか。

■■徳岡正肇(アトリエサード)■■
TRPG「ヴァンパイア:ザ・マスカレード」の翻訳者としても知られる,PCゲームライター兼翻訳ピンチヒッター。頭の中に,中世紋章学からアフガンゲリラの据銃動作までカバーした「黒いモノ図鑑」を持っているのは,身の周りではこのヒトくらいのもの。そんな彼にもときどき女性声優さんへのインタビュー仕事が降ってきたりするらしく,声優さんよりむしろ,インタビュアーたる彼の働きっぷりのほうが面白そうに思えるのは,身の周りで私だけではないだろう。


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