アメリカ陸軍の訓練用ソフトが市販ゲームにFull Spectrum Warriorは,そもそもアメリカ陸軍で軍曹の命令伝達をトレーニングするプログラム「MOUT」(Military Operation on Urbanized Terrain)として開発されたソフトである。同じような経緯のゲームとして「America's Army:Operations」が2年前にリリースされているが,こちらは訓練風景に慣れ親しんでもらう新兵募集目的のソフトで,軍内部で制作したために無料ダウンロードで楽しめる。それに対して,Full Spectrum Warriorの原型はPandemic Studiosに発注して作らせたもので,兵士達が休憩中にコンシューマゲーム機(イラク戦争勃発に際して,マイクロソフトは大量のXboxを受注している)で楽しみながら学べるソフトとして制作された。それを民間用のエンターテイメントソフトに改造したのがFull Spectrum Warriorというわけだ。 税金を使って市販ゲームを作るというと不思議に感じるが,アメリカでは軍事用のセキュリティソフトなどが広く民間企業に外注されている。このような軍事用ソフトは完成品だけに対価が支払われ,そこで開発された基礎技術やプログラムは開発者に帰属するのが一般的である。受注した企業にとっては経費を負担してもらうようなもので,今や「軍事産業はシリコンバレーの救世主」といわれるのもうなずける話である。 Pandemic Studiosは,もともとActivisionで「MechWarrior」シリーズを手がけていた開発者たちが,版権元のFASAがマイクロソフトに買収されたときに退社して創設した会社だ。その後「Battlezone」や「Dark
Reign」,「Army Men RTS」などのPCソフトを制作し,Xbox専用ソフト「StarCraft:Ghost」の開発も担当していた。もっとも,StarCraft:GhostはVivendi
Universal Gamesの経営見直しにより,Pandemic Studiosによる開発が打ち切られ,「Metal Arms」で知られるSwingin' Ape
Studiosに引き継がれている。このあたりの事情はややこしいが,当のPandemic StudiosはLucasArts Entertainmentと提携して「Star
Wars:Battlefront」やPlayStation 2/Xbox用の「Mercenaries」を制作し,オーストラリアのブリスベンにも支社を開くなど順風満帆の様子だ。
チームリーダーとして味方に指示を出す,新感覚のゲームプレイ中東風の市街地を舞台にしたFull Spectrum Warriorは,遊んでみればかなりユニークな作品なのが分かる。まず意外なのがシューティングゲームではないということだ。本格的なミリタリー系ゲームといえば「Rainbow Six」シリーズなどを連想してしまうが,Full Spectrum Warriorはそれぞれ4人で構成される「アルファ」と「ブラボー」の2チームに命令しながら進めていくという,リアルタイムのタクティカルシミュレーションゲームの要素が強い作品だ。グレネードの落下地点を指定できる以外は,プレイヤーが実際にキャラクターを操作して銃を撃つこともできないのだ。 これはそもそも軍の意向のようで,物理的に完全なシミュレートが不可能な銃の操作に気を配るよりは,命令系統の養成に集中したソフトを,という発想でデザインされている。このため,プレイヤーの命令によって兵士キャラクターが移動したり発砲したりするのがゲームの主な展開であって,プレイヤー自身が敵を倒していくわけではない。画面写真を見ただけでは想像しづらいが,そういうことだ。 アルファなりブラボーなりのチームを選択すると,カメラは自動的に4人のキャラクターの中のリーダーに移動する。キャラクターの位置は,黄色い四つの円柱型アイコンで判別できるようになっており,プレイヤーがカーソルを目的地に合わせるだけで,開けた場所ならライフルマンを先頭に隊形を作り,壁ぎわなら壁に沿ったポジションに配置してくれる。建物の角へと進めば,リーダーが自動的に先頭に立つことによって,その奥の情況が覗きやすいように自動調整されるのだ。 Full Spectrum Warriorの兵士達の思考ルーチンは非常に細かい部分まで設定されていて,まさにプレイヤーの手足となって活動する。4人のチームメンバーは常時周辺の状況を把握しようと努め,それぞれをカバーし合っている。隊形によって一人の兵士が担当する方向が決まり,なるべく死角ができないように心がけているようだ。死角となった部分はRTSなどでよくあるFog
of War(戦場の霧)の状態となり,カメラの移動だけでは詳細が判別できないようにブラー効果がかけられている。 個々のキャラクターにはパーソナリティが設定され,青少年には聞かせたくないようなスラングを使うこともある。状況に合わせて3種類ずつのセリフが用意され,それぞれ平常時と戦闘中でトーンが変わる。これらの情報も意外に重要で,キャラクターが攻撃を受けている,負傷している,残弾が少なくなっているといったことは,インタフェースでなくセリフでしか分からない。この仕様は,分隊長が情況を判断しながら侵攻していくための訓練ソフトとしては理に適っているが,日本語版がリリースされないと非常にツラそうな部分でもある。
要(かなめ)となるAIは,チームワークを念頭に開発されているFull Spectrum Warriorの市販版では,キャラクターが自動車の背後や建物の角に布陣したときには緑色のシールドアイコンが表示されるように仕様が変更されている。このアイコンは,現在のポジションが敵の攻撃範囲に入っていないことを示す。同様に,敵キャラクターが隠れているのがビルの窓や木箱の向こうに見えたりするが,頭上にシールドアイコンが表示されているときは,現在位置から攻撃してもダメージを与えられない。 いつ攻撃を行うべきか,自分のキャラクターが有効なポジションにいるかどうかが一目で分かるシステムなのだが,そのぶんアクションゲームとしての緊迫感は削がれ,戦術的な思考に集中できるようになっている。もっとも,多くのオブジェクトはHavocエンジンで被弾やグレネードの爆発による破壊がシミュレートされ,油断していると隠れる場所がなくなってしまう。ビルの壁も少しずつ崩れていくし,カバーできるオブジェクトには道に横たわっている牛の死骸などもある。 Full Spectrum Warriorにはミニマップが存在せず,2チームのリーダーからカメラをズームアウトさせて近辺の俯瞰図が確認できるだけだ。これも,リーダーとして周辺の地形を迅速に頭に叩き込むことの必要性からきているのだという。アルファチームは,突撃を専門として軽量の兵器を装備しており,ブラボーチームはサポート部隊としてグレネードランチャーやサブマシンガンを携帯している。 チームワークは,Full Spectrum Warriorの重要なポイントになっている。ブラボーチームのライフルマンが保持している武器は,軍ではSAW(Squad
Automatic Weapon)といわれ,一般的な仕様の武器よりも秒間の発射速度が高められた特殊装備になっている。 とくに,味方のキャラクターが負傷して動けなくなった場合には,ライフルマンの援護射撃が非常に役立ちそうだ。面白いのはこの場合のミッションの変化で,メンバーが一人でも倒れると,プライマリーミッションが「仲間を安全な場所まで移動させること」になり,負傷したメンバーを戦闘地域から引きずり出してやらねばならないのだ。横たわったまま長時間晒されると,そのキャラクターは死んでしまい,ミッション失敗に繋がる。また,一人が負傷するともう一人の兵士が担いで移動せねばならず,実質的にチームの戦力が半減するので,その意味でも味方の被弾は大きな痛手だ。 このように,味方キャラクターのAIはかなりの精度を誇り,チームが一丸となって戦っている気分にさせてくれる。ただし,敵は近辺の仲間と協同で攻撃してくるといった行動パターンを持っておらず,ときどき予期しない方角から攻めてくるといったスクリプティングに頼っているのが残念なところだ。また,インタフェースがシンプルで,アクションでなく命令で進めるぶん,プレイは繰り返し作業のように感じられるかもしれない。 Full Spectrum Warriorは,敵に向かって自分が発砲するシューティングゲームではなく,ユニットに命令するRTSのような要素で成り立っており,斬新なミリタリー系ゲームになっている。本物の兵士達によってテストプレイが重ねられているともいえ,戦場の臨場感を追体験できるのは間違いないだろう。アメリカではTHQから2004年9月末にリリースされる予定だ。
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