〜NVIDIAチーフサイエンティスト〜

David Kirk博士インタビュー

Text & Photo by トライゼット西川善司

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■静かになったGeForce FX 5900の秘密


―――FX5900は静かな冷却機構を搭載しましたね。これはFX5900の消費電力の小ささからできたことなのでしょうか?
Kirk:
 発熱が抑えられるように進化改善されているということです。

―――資料によればノイズが85%も低減されたとありますが,どうやって実現したのですか?
Kirk:
 ノイズはファンの回転で生まれる非線形なものです。しかし冷却というのは線形的……あるいは線形以下的に効いてきます。もし冷却力が半分でいいとすれば,ファンの回転数はそれこそ半分よりもずっと低くていいのです。そうすれば,より静かになります。

―――FX5900の動作クロックはFX5800よりも低いですね。
Kirk:
 確かに動作クロックは低く抑えていますが,演算能力の強化やメモリバンドの拡張などにより,スループットは向上しています。

GeForce FX 5900発表会のときには,NVIDIAの開発スタッフ達が自ら出演した「FX5800の冷却ファンの騒音をドライヤーやコーヒーメーカーに例えた自虐お笑いビデオ」を公開。昨年末,forGamerのインタビューに応じてくれたGeoff Ballew氏も出演し「GeForce FX 5800の音は最高!」と叫んだ


■カクカクしない滑らかな高次曲面は,いつ実現されるのか?


―――LongHornではプログラマブルシェーダ2.0が必要不可欠になるといわれてますね。マイクロソフトの打ち出したこの方針が,GPU業界にどのような影響を与えるとお考えですか?
Kirk:
 将来的なことをいえば,我々はその頃にはプログラマブルシェーダ3.0をサポートしていると思いますよ。

―――プログラマブルシェーダ3.0をサポートするハードウェアを開発中というわけですね。
Kirk:
 3.0はDirectX 9.1に定義済みの仕様ですから(*9),1年ほど前から開発しています。いずれにせよ,近い将来のGPUではこれをサポートしますよ。

―――開発コードネームは「NV40」ですか?
Kirk:
 そうかもしれません(笑)

―――話は変わりますが,"適応型"テッセレータについてはどうお考えですか? MATROX Parheliaはこれをもっている唯一のGPUです。プログラマブルシェーダ3.0では,頂点シェーダがテクスチャメモリへのアクセス機能をもちますから,これが有効に使えるようになると思うのですが。
Kirk:
 未来の製品について語ることはできませんが,一ついえるのは,開発者はテッセレータ技術があまり便利だと考えていないということです。
 その理由の一つは,見栄えの良い映像を出すための正確なジオメトリ(ディスプレースメントマップ)作成がとても難しいということですね。そして自分でポリゴン分割を制御しないと,パッチ(*10)システムでは,数学的に正しくないといえます(*11)。例えば分割されたポリゴンの中に穴があいたりとか。これはちょっと受け入れられませんよね。
 私はゲームグラフィックスを見るときでも,常時アンチエリアス処理されたものを見たいと思っています。最高品質にフィルタリングされたテクスチャ,先進的で興味深いピクセルシェーダ――。
 そうした最高品質の映像の中で,ポリゴンやパッチの裂け目なんか見たくないわけですよ(笑)。

―――つまり,"常に最高の状態のグラフィックス"が見たいわけですね。
Kirk:
 そうです。私もいずれはこうした曲面表現やポリゴン分割が正しく行われるべきだと考えているのです。

―――ATIやMATROXとは異なる方針という感じですね。NURBS(*12)などの高次曲面についてはどうお考えですか?
Kirk:
 NURBSは良い方法とはいえませんね。NURBSはとても古い技術で,ハードウェアへのインプリメンテーションが少々難しいのです。私も20年ほど前に,ソフトウェアでのNURBS実装に取り組んだことがありますが,数学的にとても複雑で,これをやるくらいならポリゴン分割のほうがまだましだと思いました。それにその方が開発者も利用しやすいですし,制作プロセスもシンプルになるでしょう。
 例えば,ポリゴン分割したサーフェースをアニメーションしたとします。具体的にはフェイシャルアニメーションとか表情アニメーションとかですね。この場合,異なる分割方法でポリゴン分割したサーフェースを共存させられます。それぞれのポリゴン分割の制御点を移動して,それらを同時にアニメーションさせることもできるのです。

―――NURBSの場合はそうはいかないと?
Kirk:
 NURBSによるBスプライン・サーフェースで同じことをやると,制御点を移動させただけでポリゴン分割が破綻します。それを回避するためには,それらのNURBSが同居できるようなスプライン関数の再計算が毎フレーム必要になってきます。これはちょっと非現実的な処理系だといえます。いうなれば「ハードウェアとしてもハード(難しい)」「開発者にとってもハード(難解)」というわけです(笑)。
 GPUにおける長期的展望として,高次曲面はポリゴン分割的なアプローチのほうが有望だと思います。

(*9))プログラマブルシェーダ2.0以上,3.0未満はプログラマブルシェーダ2.Xという扱いになっている。これは各社が2.0+などという仕様を打ち出してきたため,2.0以上はみな2.Xという形でまとめて,アプリ側が使う前にそのマシンの対応度を調べて利用する仕組みになっている。
(*10)パッチ(PATCH)とは"補間する"の意。ここでは法線ベクトルを補う形でポリゴン分割を行うシステムのこと。ATIはRADEON 8500以降,このシステムを採用している。
(*11)単純に線形的にポリゴンを増減させると"ポッピング"という現象が起きてしまう。視点からの距離に応じてポリゴン数を増減させるLODシステムでも,3Dモデルが膨らんだり背景の山がへこんだりする現象があるが,それと同じような現象が起きてしまう。
(*12)Non-Uniform Rational B-Splineの略。曲面を頂点ではなくスプライン関数で表現する方式。

基本形状モデルにディテールを記載した頂点テクスチャを適用して,粘土細工のように3Dモデルの形状変更をする「ディスプレースメントマップ」技術。今のところ,その技術に対応しているのはテッセレータを搭載したATI製とMATROX製のGPUのみ。Kirk博士が乗り気でない以上,NVIDIAが対応する見込みは薄いか?


■プロセスルールが微細化しても,GPUは電気食い


―――NVIDIAはIBMファウンダリ(製造工場)の採用を発表しましたね。開発コードネームNV36(*13)はここで生産するという噂ですが?
Kirk:
 一ついえるのは,これまで我々のファウンダリとしてビジネスパートナーであったTSMCとの関係には何の影響もないということです。これからもGeForce FXシリーズはTSMCで製造していきます。我々のビジネスが巨大化してきたため,効率よく多くのチップを出荷するために複数のファウンダリで製造するだけです。
 今後は,IBMとTSMCの双方といい関係でビジネスを進ることになるでしょう。

―――GPUの省電力性についてはどうでしょうか。ATIは"2006年にはGPUが80Wに達する"と予想していますが。
Kirk:
 あり得るでしょうね。未来を予測するのは難しいですが,いくつかの選択肢があるのは確かです。
 プロセスルール技術が進化して微細化することで,結果的にトランジスタ単位の消費電力を低下させられるわけですが,我々はより大規模なチップを作りたくなるわけで(笑)。つまり,低電力トランジスタを使ってより高いクロックで大規模なチップを作るわけですね。消費電力の小さいチップを作ることは可能ですが,高性能で消費電力の大きいチップも作れるというわけです。

―――NVIDIAのノートPC向け(モバイル)GPUは,デスクトップPC向けGPUの低電圧駆動版という感じですね。NVIDIAはゼロからノートPC向けGPUを開発しないのでしょうか?
Kirk:
 我々は,省電力とモバイル技術には革新的な技術開発を続ける必要があると考えています。そしてモバイルGPUだけでなく,デスクトップGPUに対しても省電力性を考えていくべきだと思っています。デスクトップGPUからモバイルGPUを作る……というよりも,最初からモバイルGPUを意識して作る必要があるのかもしれません。

(*13)廉価版GeForce FX 5900でGeForce FX 5600の後継。いうなればGeForce FX 5700に相当するGPUだ。2003年7月現在は未発表




■ハイダイナミックレンジレンダリング 〜影生成


―――ハイダイナミックレンジレンダリング(*15)についてはどうお考えですか? GeForce FXシリーズはFP実数フレームバッファが確保できないことが開発者の間で話題になっていますが。
Kirk:
 ハードウェア的にはフレームバッファもテクスチャもFP実数フォーマットをサポートしているはずですが。ドライバの問題という可能性もあります。

―――意識的にDirectX 9環境下で無効化されているようです。これはなぜでしょう?
Kirk:
 私には分かりません(笑)。OpenGLでは動いているんだから,ハードウェア的には問題ないはずです。もうちょっと辛抱してください(笑)。この機能はDirectXにとって新しい要素なので,他社製GPUとの互換性面でまだ問題を抱えているという可能性はあります。マイクロソフトと協議してしかるべきときに有効化する――という方針なのかもしれません。

―――影生成についてお聞かせください。現在,影生成の主流としてステンシルシャドウボリュームとシャドウマッピングの二つ方法がありますね。FX5900では前者のアクセラレーション機能を実装しました。後者向けのアクセラレーションはありますか。
Kirk:
 我々はシャドウマッピング向けのハードウェアをインプリメントしています。
 生成されるシャドウマップに対するフィルタリング処理,例えばアンチエリアス処理やソフトシャドウ生成などに有効な機能を実装しています。

―――それはシェーダアルゴリズムによって実現するものでは"なくて"ですか?
Kirk:
 そうです。いくつかの処理系はシェーダによって実現されるものもありますが,深度情報の比較,また深度ベースのフィルタリング処理系などは,ハードウェア特有の機能となっています。

(*15)DirectX 9から可能になった新しいレンダリング技法。RGB各8ビット整数だけでは表現しきれないような広範囲な色を,浮動小数点実数表現などを用いてレンダリングする。映画用CGなどはこの技法を採用している。


GeForce FX 5900シリーズ用デモ「LAST CHANCE GAS」より。NVIDIA初のHDRレンダリング・デモだ。やはりこれもOpenGLベースで作られている 「Splinter Cell」は,影生成にシャドウマッピングを利用した代表作


■GPU進化の方向性


―――博士は以前「ピクセルスループットは,ディスプレイ解像度やメモリインタフェースによって制限されている」と,言っていましたね。しかし,GPU性能はムーアの法則を超える勢いで向上しています。GPUのシェーダパフォーマンスはピクセルスループットを超えるほど向上するとお考えですか。
Kirk:
 そう思います。これからどんどん映画品質のシェーダを見ることになると思います。
 映画CGからやってきたシェーダは非常に美しくリアルですが,これらがGPUでもそのまま走るようになると思います。そしてそうしたシェーダプログラムは32ビット浮動小数点実数精度で演算を行う大量の命令から構成されているのです。
 例えば現在劇場公開中のPIXARのフルCGアニメ映画「Finding Nemo」の特殊効果は,1ピクセルあたり何百,何千といったシェーダ操作によって生成されているのです。
 しかし,これをリアルタイム実行するために現在のGPUの処理能力を上げようとしても,実際にはメモリ性能が追いつかないわけですよ。レンダリングするピクセルを省いて,フレームレートだけは異常なまでに上げられますが(*16),私はそんなものよりも美しい1ピクセルのほうが見たいと思います。私は多くの人に「ゲームの画」ではなく「映画品質の画」を見ていただきたいのです。

―――GPUのクロックあたりのピクセルスループットは,ここ2,3年は8で十分だと思いますか?
Kirk:
 Zバッファやステンシルバッファの操作は,さらに多くが必要になると思います。一つの手間をかけないピクセルと,手間暇かけて作り上げるピクセルとが同じ速度で出てくるというのはおかしな話でしょう? (*17)
 手間をかけないピクセルに対してはクロックあたり何百というスループットがあってしかるべきですが,手間をかけるピクセルのスループットはずっと低くなることでしょう。

―――ここ最近,GeForce FXのようなGPUに,MPEGのエンコードやデコードをさせる仕組みを塔載するという話題が聞かれますが。
Kirk:
 そうですね。プログラマブルピクセルシェーダは動画のエンコードやデコードをアシストするポテンシャルはもっているでしょう。多くのPCユーザーが自分のPCシステムでビデオ録画やタイムシフトウォッチング,ビデオオーサリングなどをしたいと考えていますから,こうした要望には応えていくでしょうね。

―――本日はありがとうございました。

     (*16)皮肉なことにNVIDIAは,3DMark03問題でこのテクニックを実際に(結果的には和解したものの)悪用したわけだが……。
     (*17)「手間をかけるピクセル」とは,複雑な陰影処理でレンダリングしたピクセルのこと。


すでにアメリカで公開中の「Finding Nemo」は,日本で12月に公開予定。この映画を制作したPIXARスタジオが作り上げたシェーダ言語「RENDERMAN」は,映画CG世界ではデファクトスタンダードとなっている。PC向けGPUでこれをリアルタイム実行するのが当面の目標 すでにゲームも発売中。PC版のほか,PS2/GC/Xbox版も発売中だ

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