インタビュー
稲船敬二氏は,今何を考え,何を目指し,どこへ向かっていくのか――離脱から5か月。氏の現在の活動を聞いてみる
将来の目標は「神」です。より高みを目指して成功から学ぶ
4Gamer:
失敗はなかったんですか?
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もちろん,小さな失敗はありますよ。でも小さな失敗から学ぶことが多かったんですよ。
4Gamer:
ゲーム業界に限った話ではありませんが,みんな失敗から学ばずに,触れてはいけないタブーとして海の底深くに沈めますよね。失敗は,反省するものでも後悔するものでもなくて学ぶものだと思うんですが。
稲船氏:
そうですね。僕がよく言うのは,失敗かどうか分からないことが一番いけないということです。
4Gamer:
いや本当におっしゃるとおりです。そして行動しなければ,失敗かどうかも分からない。
稲船氏:
よくある話なんですが,ゲームを作っていて,プロデューサーがうまく動けなかったから,そのプロデューサーやディレクターを変えるというのをやりますよね。僕は絶対変えません。変えたら(失敗の)理由が分からなくなりますから。
もう一つ言えるのは,デベロッパを外注にした場合,うまく行かないからと途中で,内部の人間を送り込んだり,ほかの外注に仕事を振り替えたりする場合があります。
4Gamer:
よく聞く話です。
稲船氏:
これは,絶対にやっちゃダメです。最初に出てきた企画書がダメだった。じゃあこの外注はダメだじゃなくて,それを良くするために,手を入れて,手を入れて……だんだん良くなって,よし作れると育てていくものです。
そこに辿りつくまでに,この会社はダメだと言って,別の会社を探すと振り出しです。みんなこれを繰り返しているんですよ。失敗か成功かが分からないから何の成長もないし,そこまでやったお金が全部無駄になる。まさに文字どおり,ドブに捨てることになるんです。
4Gamer:
そこはあまり理解されてないんですか? 比較的よく聞く話ですが。
稲船氏:
分かってないですね。目先のことしか考えていないから,成功させなきゃとしか思っていないです。僕は“成功させなきゃ”じゃなくて,“答えを出さなきゃ”なんですよ。
4Gamer:
仕上げて答えを出すことが重要である,と。
稲船氏:
そう。失敗しました,成功しましたという結果を出して,その結果を踏まえて次に進む。これが重要なのに,できていないです。
最初にこのデベロッパでやるんだと覚悟しなければならない。そのデベロッパがダメだったら,まずは自分の責任ですよ。自分の責任だから良くなるように考えるわけです。それでうまく行かなくても,答えは出るんですよ。自分の力もなかったし,そのデベロッパの力もなかったということです。そこで,もう2度とそこは使わないと言ってもいいんです。
4Gamer:
失敗という結果と,その理由,そして答えが得られますね。
稲船氏:
でも,途中で捨てた場合,もう2度と使わないというのは,自分のエゴですよね。「このデベロッパが悪かったからで,僕は頑張ったんですよ。だから,このデベロッパに変えました」と自分の責任を押しつけて,結果的に開発が2年伸びました。出来はそこそこでした。
4Gamer:
すごく良く聞く話で,かつちょっと耳が痛い部分も……。
稲船氏:
いやホントにしょっちゅうありますよ。僕と仕事をやった人は分かると思いますが,ディレクタークラスであっても,失敗しても,もう1回は使うんですよ。なぜ失敗したか分かるかを聞いて,そのディレクターは分かりますと答えますよね。じゃあ,次は頑張れと。
4Gamer:
失敗した原因が分かっていれば,問題ないですからね。
稲船氏:
ええ。それで次も同じようにダメだったら,こいつでは無理だと切れば良いんです。でも,みんな切るのが早いんですよ。
4Gamer:
そういうことだったんですね。
稲船氏:
これは,別にその人のことを思って切らないでいるんじゃないです。成功するために切らないんです。極端に言えば彼のことはどうでもいいんです――むろん心からそう思ってるわけではないですよ。でも本当の目的は彼のためじゃなく,成功して利益を生むためなんです。
4Gamer:
とてもよく分かります。そりゃあ「ダメだ」と分かった人をいつまでも使っているわけにはいきません。会社組織はボランティアじゃないんですから。
稲船氏:
そのあたりを分かってない人や,はき違えてる人が多すぎなんです。繰り返しになりますが,結果を出して次にいったら成長がありますけど,結果が出ないことには成長しません。失敗か成功か,儲けたか儲けていないかという目先にしか興味がないわけですから。
4Gamer:
途中で捨てるということは,その議論の土台にすら乗っていないわけですよね。
稲船氏:
それじゃあダメですよね。やはり失敗することはありますけど,その失敗は,失敗から学ぶために生み出されたものなので,一番大事なんですよ。
僕は成功と失敗で言うと,成功のほうが目立っています。だから,今の稲船敬二があって,いろいろな人からお話をいただけます。失敗のほうが目立っていたら,「稲船さん独立したんだ。ふーん。カプコンにいたほうが良かったのにねえ。バカだねえ」で,終わっていたでしょうね。
4Gamer:
でも失敗が目立つ人だと,そもそも会社を飛び出さないはずですよ。
稲船氏:
ですね。失敗しても給料がもらえるほうが良いですから,そういう人も多いでしょう。一方で,成功から学ぶこともありますよね。この成功から学ぶというのが実は重要です。
4Gamer:
私も最近いつもそれを考えるんですが,成功から学ぶって結構難しくないですか?
稲船氏:
そうですね。とても難しいです。成功したというところで,油断ができますから。学ぶというのは,もっと強くなりたいと思うだけです。日本一になったら,世界一になりたい。世界一になったら,宇宙一になりたい。宇宙一になったら,神を越えたいと思えば良いんです。
冗談で良く言うんですけど,何になりたい? と聞かれたら,「社長」になりたいとか,世界一のゲームクリエイターになりたいとか,お金持ちになりたいとか,そんなちっちゃいことを言うのはダメです。“神になりたい”と言わなきゃいけない,と。
実際に僕は,将来の目標はなんですかと言われたら,「神」ですと答えますよ(笑)。
4Gamer:
それはまた,なんというか,すごく遠い目標ですね。
稲船氏:
でも,それくらいのほうが。その気持ちを失わない限り,ずっと向上心がなくならないんです。だって絶対に神にはなれないですから。自分がどんなお金持ちになろうが,1億人から好かれたりしようが,神にはなっていないですよね。だから,その気持ちをずっと持っておくという意味です。その気持ちを持っておけば,成功から学べますよ。
4Gamer:
そうか,小さな成功で満足しちゃうのは甘いんですね。
稲船氏:
いま成功したことよりも,もっと成功することを考えるんです。もっと世界を広げるでも良いんです。ゲームで成功したら,ゲーム以外でも成功したい。でも,ゲーム以外にというと,その時点で怖がるじゃないですか。
例えば,マイケル・ジョーダンは,バスケットで「神」と呼ばれていましたが,野球をすると言ったんですよ。本当に彼は「神」ですよ。どう考えても,バスケットを続けるほうが良いわけで,なんでマイナーリーグに行くのかと。違う業界に行けば当然1からなので大変です。マイケル・ジョーダンですらバスで移動するわけですよ。自分をその状況に追い込めるかというと,普通の人にはとうていできないはずです。しかし,彼はそれをしたんですから。
4Gamer:
普通はできないですよね。正直,その立場に立ったら,私も自分でそれが出来るとは思えません。
稲船氏:
マイケル・ジョーダンのように,一つの業界でトップになっても,ほかの業界に行けばまた1からです。しかし,ずっと上へ向かって広げ続けられるわけです。
4Gamer:
そう思える人と,思えない人の違いはなんでしょうか。
稲船氏:
うーん,好奇心じゃないかな。僕は好奇心があるんですよ。全部見たいですし,知りたい。壁を作りたくないんです。
みんな,できないという壁を勝手に作ってしまっているだけなんです
4Gamer:
稲船さんの人生は,好奇心のほうが天秤が重いんですね。
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そうですね。見たことのないものを見てみたいんです。見たことのない業界を見てみたいとか,そこに身を置いてみたいとか。極端な例えですけど,それこそ女性になってみたいとかね(笑)。
海外で,日本では食べられない,食べようとしないものでも,気になるので食べてみる。そういう好奇心が勝っちゃうんですね。自分がカプコンのトップになっても,違う好奇心が出てきて満足できないのもそうでしょうね。ロックマンだけやってたら,ロックマンの稲船で食えるかもしれませんけど,もっと別の面白いことができるんじゃないかと。
4Gamer:
おっしゃることはよく分かります。
稲船氏:
でも,僕は変態なのかもしれない(笑)。自分では普通でしょ,と思うんですけどねぇ。
4Gamer:
いや世間的には十分変態ですよ(笑)。
稲船氏:
そうか。だからみんな付いてこないのかな(笑)。
4Gamer:
でも確かに,好奇心があるからこそ挑戦できるのかもしれないですね。
稲船氏:
妄想癖じゃないですけど,子供のころから自分のなかで,割といろいろ考えていたんですよね。現実にあるものにしか興味がないと,妄想ってできないじゃないですか。すごいクリエイターって,絶対妄想癖があると思うんですよ。
4Gamer:
イマジネーションの一種ですからね。そういった妄想がないと,素晴らしいアイデアは生まれないかもしれません。
稲船氏:
自分の息子の話で恐縮ですが,同じなんですよ。僕と。
4Gamer:
妄想息子。
稲船氏:
そう(笑)。子供のころから妄想癖があって,ぼーっとしてるなと思って呼びかけると「別のこと考えてた」みたいな。だから,しょっちゅう「こんなこと考えたんだけどさ」と僕に向かって言ってくるんです。逆に僕も,「こんなゲーム考えたんだけどどう?」と言ってみたり。
4Gamer:
息子さんがどう言うのかちょっと興味あります。
稲船氏:
「ふーん」と言われるだけのときもあって,そういうときはちょっと寂しいです(笑)。でも目がギラギラと輝いたりして,すごく前向きになって,僕のアイデアにさらにアイデアを重ねてきたりとか。
4Gamer:
英才教育ですね。
稲船氏:
そうかもしれません(笑)。でも息子には,さっきの話ですが,才能があるかどうかは別にして,アウトプットにこだわるなと言っています。ゲームを作りたいとかにこだわらず,いろいろなことに目を向けろと。これも英才教育ですね。
4Gamer:
子供のうちから,アウトプットを複数持てるように意識させておくわけですね。
稲船氏:
そうなんですよ。スポーツをやるにしても,何の競技を選ぶかは後回しにしておいたほうがいいんです。アメリカにはそういうところがあって,学生時代にいろいろなスポーツをやって,プロでベースボールをやるのかフットボールなのか,バスケットなのかを選択する。
4Gamer:
職人芸を追求する日本には,あまりなじまないやり方ですよね。
稲船氏:
日本は,野球なら野球,サッカーならサッカーと,ガッツリと取り組みますよね。冬はサッカーで,夏は野球というみたいな人は日本にはいないですけど,海外ではたまにプロでもいます。
4Gamer:
確かに。しかし考えると凄い話だと思うんです。
稲船氏:
スポーツの神経が発達している人って,たぶん何をやっても,そこそこできるんでしょうね。あとは経験を積むだけでうまくなると思います。
それを考えれば,稲船が映画を撮っても無理でしょうじゃなくて,きっと素地はあるんだと思うんです。あとは,経験を積むだけです。ゲームは20年以上やってきて,何十本と作ってきました。映画は作ったことがないというだけですよね。これが映画を5〜6本作っていくうちに,映画の形になると思うんですよ。
4Gamer:
悪意があって言うわけじゃないんですが,最初の映画がうまくいかないのはあたり前ですよね。だって撮ったことがないんだから。
稲船氏:
そうです。無理だとか,そんなのをやって面白くないって言われたらどうするのと言われますが,開き直りですが,1本目が面白いわけがない。いきなり1本目に凄いのが撮れたら,逆に,これまで僕がゲームを作ってきた意味はなんなのか(笑)。スピルバーグだって,1本目はどうだったのと。きっと面白いわけがない。
4Gamer:
たぶんそうですよねえ。
稲船氏:
そういうことなんですよ。そこに興味を持つということが大事です。
4Gamer:
みんないろんなことを「できない」って決めつけて,一生懸命それを正当化するんですよね。
稲船氏:
養老孟司さんの「バカの壁」なんですよ。勝手にできないという壁を作ってしまう。バカの壁がある限り,ダメですね。
もうゲームは,物まねではダメです。コンセプトを重視しないと
4Gamer:
……というか,例によってまた長々と時間をかけてしまいました。本当は今日は,稲船さんの新会社について聞きたかったんですけど。
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そういえばそれが本題だった気がしますね(笑)。
4Gamer:
ええと,ゲーム業界において割と特殊な立ち位置を占めている稲船さんですが,自分のしたいことをするために,今,何をしているんですか?
稲船氏:
お伝えしたとおり,カプコンを辞めて,すぐに株式会社を立ち上げました。大手パブリッシャさんに,入れてくださいとお願いする選択肢もありましたが,自分の力がどこまで試せるのか,自分の会社でやりたいことをやっていこうと考えています。
何をやりたいのかというと,繰り返しになりますが,アウトプットに制限を付けない会社ですね。コンセプトをみんなに伝えていけるような会社にしたいと思っています。
たぶん今のゲーム業界もそうですけど,クリエイティブな業界で足りないものはそこじゃないかなと思います。需要と供給で足りないものを補うことが,ヒットの法則だと思うんですよ。
4Gamer:
みんなと同じことやってもどうにもならないですしね。
稲船氏:
そう。足りているものをいくら供給しても,要らないと言われるだけですから。いまクリエイティブ,とくにゲーム業界に足りないものは,コンセプトだと思っています。しっかりとしたコンセプトを立ち上げられないために,世界に太刀打ちできていないんですよ。もうゲームは,物まねではダメです。
4Gamer:
それでもなお国内の会社においても,「どう見ても……」としか思えない作品が,いまだ多く見受けられますが。
稲船氏:
昔はある程度の物まねで,なんとかなった時代もありましたが,いまはそうじゃなくてオリジナリティが求められています。だから,コンセプトをしっかりもって,そのコンセプトを育てていける人間が必要なんです。
4Gamer:
コンセプト,ですか。
稲船氏:
コンセプトは生き物なんです。例えばコンセプトを誰かに与えて,1年後に預けたコンセプトを見にきたら,その人の都合によって変わっている,そういうものなんです。ゲーム制作で言えば,女性キャラクターのデザインをお願いするとして,そのデザイナーさんが,どうにも女性を作るのが苦手ということで,男性で良いですかとディレクターに提案するんです。試しに1回作ってもらって「あぁ,カッコいいね。じゃあこれでいこう」となる。
4Gamer:
それは問題なんでしょうか。
稲船氏:
問題ですね。これは,キャラクターデザイナーの都合で,コンセプトからズレてしまっている例です。本人はコンセプトからはズレていないと思っているんですよ。
4Gamer:
でもそれは,単にコンセプトの内容を理解していないだけじゃないかと。
稲船氏:
最初は,面白いとコンセプトを理解しているんだけど,それを自分の都合でねじ曲げていくんですよ。だって,ラクしたいですからね。
4Gamer:
食い下がるようですが,ではそれは,コンセプトの重要性を理解していないんじゃないですか?
稲船氏:
そのとおりです。理解していません。コンセプターとして僕がいるなら,ただ単純に変えるのは絶対にダメです。あくまでコンセプトを変えずに,女性キャラクターじゃないキャラを考えます。
4Gamer:
別のキャラクターになるという部分において結果は同じなんですが,その違いはなんでしょうか。
稲船氏:
ちゃんと自分でコンセプトを育てていくということです。コンセプトがブレないように,人に任せるだけではダメなんです。つまり僕の仕事は,コンセプトを与えて,コンセプトを一緒に育てていって,最後までそのコンセプトどおりに作らせることです。
4Gamer:
……ということは,新しい稲船さんの会社では,コンセプトを稲船さん自らが育てて回る?
稲船氏:
ええ。コンセプターとして人材は育てていきますけど,いま,コンセプターと名乗れるのは僕だけですし。
4Gamer:
つまり,いま,パブリッシャさんの仕事を受けたとしたら,稲船さん自らがコンセプトを担当するわけですね。
稲船氏:
ええ,僕がコンセプトを立てます。極端な話,ほかのパブリッシャさんのIPをもらってそれを作るときにも,「稲船」というコンセプトを入れます。例えば「マリオ」を作ってと言われたら,マリオのコンセプトではなくて,マリオを最大限生かしたうえで稲船コンセプトをそこに生かしていくということをやりたいと思います。
4Gamer:
なるほど。ところで,新会社にはどれくらい人がいるんですか?
稲船氏:
いまは20名くらいですね。
4Gamer:
まだ制作に本格的には取りかかっていないタイミングだと思われますが,意外といますね。
稲船氏:
全員がクリエイターじゃないですけどね。ゲーム会社に大事なのはクリエイターだけではないんですよ。戦争するためには,ソルジャーだけではなく,ソルジャーを支える人達が大切です。戦力には,ソルジャーに食事を作ってあげたり,武器を運んで上げたりする人間も含まれているはずですが,そこをおろそかにしているゲームデベロッパは多いんじゃないですかね。
4Gamer:
なるほど,そっちの意味でしたか。確かに戦ううえで大事なことは,食事と補給ですよね。
稲船氏:
そうなんですよ。戦っていない時間をケアできる人がすごく大事で,そこを今の会社に求めています。
4Gamer:
通常,いわゆる裏方さんとか,バックオフィスとか言われるところですね。
稲船氏:
僕はカプコン時代から一環してそうで,サポートする部門がすごく大事だと考えていました。
自分の秘書に対しても,君は事務職じゃないからねというんです。秘書だろうが,一緒にゲームを作っているメンバーで,役割が違うだけなんですよ。いかに良いゲームを作るために,または作らせるために,スケジュール管理であったり,出張の手配だったりをしてもらう。この出張の手配ですら,良い手配と,悪い手配がありますよね。
4Gamer:
ありますよね,「いい事務仕事」と「ダメな事務仕事」って。
稲船氏:
そう。そこに凄くこだわるんです。だから,会社のメンバーも20名中,19名がゲームが作れないとダメではなく,20名いるなら半分はサポートに回らないといけないくらいの気持ちで,僕は考えています。
4Gamer:
通信兵だって衛生兵だって兵士ですからね。
稲船氏:
そう。直接戦っていないけど,兵って付くんですよ。ガンダムでも,塩がなくなったからって回り道するシーンがありますよね。なんでロボット戦争物で,塩を取りに行かないとダメなのか。
僕はある種,いまの状態を戦争だと思っているんですよ。ゲーム業界を独立して,この戦争を勝ち抜くためにはどうやっていくのかいつも考えています。まぁもう空母はないので,小さな漁船で出ちゃったわけですけど(笑)。
4Gamer:
でも漁船なら,隅々まで完全に目が行き届いて小回りが利きますよ。
稲船氏:
まったくおっしゃるとおりですね。いま業界にはコンセプトが足りないと思っているので,それを補うために需要があるところを狙っていきます。さっきも言いましたが,アウトプットはゲームとは限りません。
例えば,テレビドラマかもしれませんし,小説かもしれません。アウトプット先にはあらゆるものを探しています。ビジネスのためにはそういうことを考えなければいけなくて,極端に言えば,美容院のコンセプト設計とかでも大歓迎です。
4Gamer:
コンセプトさえあれば,何にでも適用できるわけですから。
稲船氏:
そうです。稲船コンセプトの美容院があっても良いんですよ。実はカプコン時代にも,僕はゲームデザイナーだけど,コンパニオンの衣装デザインもやっていたんですよ。ふーん,と思っている人が多かったんですけど,すごく大変なんだからやってみるべきだと思います(笑)。
4Gamer:
それはまた意外なものにまで手をつけてますね。
稲船氏:
でも,それをやろうという好奇心なんですよね。中には,コンパニオンの衣装デザインだからやってるんじゃ? と,変な風にとる人もいたんですけどね。
4Gamer:
そんな下世話な人いるんですか?(笑)
稲船氏:
いるんですよこれが(笑)。別にそういうことでやりたいんじゃなくて,とにかく面白そうなことをやりたいんです。コンパニオンの衣装も,女の子を可愛くみせて,カプコンブースを華やかにするという,ショーのコンセプトの実現ですよね。僕はコンパニオンの衣装も,ブースデザインの一部だと思っているんです。
4Gamer:
間違いなく一種の「アート」ですよね。人に見てもらうために作るわけですから。
稲船氏:
そうです。さらに言えば,コンパニオンの子にカプコンの衣装は可愛いよねと思わせられれば,カプコンで仕事がしたいと来てくれますよね。
コンパニオンを募集するとき,カプコンという会社が好きですというゲーム好きの子もいれば,ゲームはよく知らなくてただ仕事として受けるだけの子もいます。やはり可愛くてスタイルが良い子に来てもらわないといけないけど,ブランド力だけではほかには勝てないこともあります。
ブランド力以外で引っ張ろうと思ったら,去年はあそこの衣装が可愛いかったけど,今年の衣装はどんなものだろうと思ってもらわないといけない。
4Gamer:
可愛い衣装という,魅力的なコンセプトで惹きつけるわけですね。
稲船氏:
これは軍隊の制服と同じです。アメリカ軍はすごく格好良い制服を作って,着たいでしょう? とアピールするんですよ。
日本では,寒くないように暑くないようにと,機能性だけでやっている。でもアメリカでは,警察にしても,軍隊にしてもキッチリとデザイナーがいて,「あ,俺あれを着たいな」という……なんていうか,シンプルな思考の人(笑)を引き込むんです。そのための方法を持っているんですよ。あれもコンセプトですね。
なんでもデジタル化しすぎていて,物事を直接に結びつけすぎるんですよね
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まあこんなこと言ってると,「美容院のデザインがどうとかいいから,そんなのやっている間にゲームを作ってよ」と言われると思いますが,関係あるんです。こういうコンセプトから生まれる,いろいろなものがあるんだよ,と。
4Gamer:
ゲームメディアというミクロな話で申し訳ないんですが,メディア希望の人であっても,とにかく本を読まないし,ゲーム以外の趣味がない人が多いんです。
我々はむろん,ゲームが大好きであることが大前提の条件ではありますが,ちゃんとした書物や,ほかの趣味から得られる知識やそこから生まれるものが,その人の「底」を深くして,引き出しを増やし,それが良い仕事につながっていくはずなので,そういう部分で非常に不安を覚えます。ゲームのこと「だけ」詳しくても仕方ないのに。
稲船氏:
なんていうか,なんでもかんでも直接に結びつけすぎるんですよね。これをやったらどんないいことがありますか,と。
4Gamer:
あぁ,そういう傾向は強いかもしれませんねえ……。そんなにせわしなく生きてどうするんでしょう。
稲船氏:
大体,そんないいことがそうそうあるはずないのに(笑)。お店に行って「これを買ったらほかに何をくれますか」と言ってるようなものです。
例えば都心部では最近はあまり見られませんが,個人商店さんとかは,毎日買うことで,だんだんと常連になって,「まけてあげるよ」とか「これも持って行きなよ」とかそういうことになっていくわけですよね。ドライに言うと「付加価値」がもらえるという人間関係が生まれるわけです。
4Gamer:
最近はあまりないですねえ。私はいま都心から遙かに遠い僻地に住んでるので,家の周りは至る所がそんな感じですが(笑)。
稲船氏:
それはうらやましい(笑)。でもコンビニで,これまけてよといってもまからないですよね。そんな時代を知っている人間と,知らない人間がいます。お店も,0か1かのデジタルなんです。お店やコンピュータばかりか,人間関係もデジタル化している感はありますね。だから,直接結びつくもの以外に興味が沸かないんです。
4Gamer:
なるほど,デジタル化,ですか。
稲船氏:
そういう人の中には,入学祝いや出産祝いは必要ないよねという人もいるんですよ。だって,もらってまた返すんでしょ? だったらチャラだから最初からしなくていいね,と。
4Gamer:
……いや,いくら稲船さんの言葉でもそれは信じられません。ネタですよね?
稲船氏:
本当の話です。その言葉を聞いたときはびっくりしました。その人にとって,入学祝いの1万円は,1万円でしかないんです。1万円が行って戻ってくるなら,なくても良いよね,と。
4Gamer:
お金なんかどうでもよくて,ぜんぜんそういう話じゃないわけでして……。
稲船氏:
もちろんです。あれは“気持ち”をお金に変えているだけで,気持ちのやり取りですよね。お金や金額自体にはなんの意味もなくて,あくまでも気持ちなんだというのがまったく分かっていないんです。
4Gamer:
でもそういうことを言い出したら,その人にとっては,お墓参りだってまったく無意味だからしなくていいということですね。
稲船氏:
そうなりますね。そういう人にとって,仏壇に手を合わせたりお墓参りをしたりしても,なにも利益はないでしょうからね。
4Gamer:
なんというか……。
稲船氏:
そういう人がいるのは,「気持ち」の問題が切れちゃっているからだと思います。これは,ゲーム業界にもあると思います。作り手も,遊び手も。
4Gamer:
ではそんなゲーム業界に対して,稲船さんはどんな活躍をしていく予定なのか,ぜひ最後に4Gamer読者にコメントをお願いします。
稲船氏:
あれ,もう時間?
4Gamer:
はいすいません,例によってしゃべりすぎたようです……。
稲船氏:
本当ですね(笑)。
ええと。僕には,やってできないことはないという持論があります。確かに難しい道を選んだと思いますが,この難しい道の中でこそできる何かがあると思います。それを一緒にやりたいと思ってくれる人達と力を合わせて,4Gamer読者を驚かせるような,想像を越えるような活躍をしたいと思っています。
ゲームでいえば,これくらいのゲームじゃないだろうかという予想を超えるから驚きがあるわけで,それを示したいと思います。当然評価してくれる人もいれば,そうじゃない人もいると思います。しかし,チャレンジしていることに対して,結果が出せれば御の字ですし,結果が出なくても良くやっているという活躍はしたいと思います。口であれだけ言っておいてこれかよ,というもので終わりたくはないですから。
あれもこれも考えながら,いろいろな人の力を借りて,もちろんユーザーの力も借りて,業界が変わるようなゲーム作り,クリエイティブな活動をやっていきたいと思います。そして,業界の社会的地位の向上のために貢献できたとあとで言われるように,稲船がいたからゲーム業界の未来があったんだね,と言われるくらいの行動を何か起こしたいと思います。それこそ,銅像が建つくらいに(笑)。
今後も興味深く見守っていてください。よろしくお願いします。
4Gamer:
銅像ときましたか(笑)。ともあれ,今度の活躍にとても期待しています。本日はありがとうございました。
――2011年2月9日収録
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