2002 Game Developers Conference
Valve Entertainmentが衝撃発表! 「Steam」がPCゲーム界を制覇する

23rd Mar. 2002
Text/Photo by 奥谷 海人

 

 「Half-Life」の開発で名高いValve Entertainment社が,ゲイブ・ニューウェル(Gabe Newell)氏の基調講演で参加者の目を欺いてまで発表したものは,「Team Fortress 2」でも「Half-Life」の新作でもない。実は,これまでValve社内では,ブロードバンドを介した新しいビジネスプラットフォームのコアとなるべきアプリケーションソフト「Steam」を開発していたのだ。そしてこれは,既存の流通をすべて破壊しないとも限らない巨大なプロジェクトだったのだ

 このSteamは,ソフトウェアの流通やコンテントの管理を,開発者や提携元のインターネットプロバイダで行うためのソフト。Steamに対応したソフトであれば,DSLやケーブルなどのブロードバンド回線を持つユーザーがゲームソフトを直接購入し,ソフトそのものをダウンロードできてしまうのである。この方法なら,CD-ROMを購入してゲームをインストールするよりも速くできるのに加え,ユーザー自身の情報はライセンス保持者としてSteamのサーバーソフトに登録されているため,複数のPCでもプレイできることになる。ゲームをプレイするたびにパスワードを打ち込む仕様のため,ソフトの複製といった問題も解決しているのである。
 容易に想像がつくように,これは既存の流通システムを根本から変えてしまう恐れのある,革新的なコンセプトである。もともと,Half-Lifeや「Counter-Strike」のようなゲームは,韓国や台湾などのインターネットカフェでは非常にポピュラーなタイトルとなっており,販売実数150万本に見合わない膨大な数のプレイヤーが,マルチプレイヤーゲームを楽しんでいたという現状がある。実際Valve Entertainmentでは
「中国語版と韓国語版のパッケージも製作していたにも関わらず,この海賊行為の横行によって1本たりとも出荷されることはなかった」
と説明している。その企業的な損失を防ぐために開発されたのが,このSteamなのだ。

 Steamのコア部分はブロードバンドで配信されるファイルシステムで,どんなアプリケーションソフトにでも付随できる技術コンポーネントのセットである。Steamを使えば,ソフトを直接市場に届けるのはもちろん,VeriSignを使ったフレキシブルな課金やバージョンのコントロール,海賊版への対策などが行われるようになる。すでに内部βテストの段階に入っており,現在では7万5000人ものβ参加者によってテストが行われている。軌道に乗れば,1日2000人程度の参加者を増やし,ローンチまで継続させていこうという狙いだ。
 発表された会場では実際のデモも行われたが,見る限りはGameSpyのような既存のプログラムを使用するよりも簡単に感じられた。Steamのクライアントソフト自体は小さなもので,ダウンロードは一瞬で終わってしまうほど。アカウントの取得には,Steamを立ち上げてメールアドレスや名前などを打ち込み,その後住所やクレジットカードなどの情報を入力するだけでよい。そしてウインドウ形式の画面に表示されるソフトをクリックして購入すれば,次の画面ではソフトのダウンロードが行われるのだ。それだけで,シングルプレイヤーやマルチプレイヤーモードに関係なく,いつでもプレイできるようになってしまうのである。
 プレイヤーに課せられる値段だが,Steamから購入するソフトの価格を除けば,基本的に提携プロバイダが設定した課金だけとなる(このサービスでの大きな課金はないということだ)。オンライン専用ロールプレイングのようなソフトなどでは月極で課金される場合などもあるが,そのあたりはフレキシブルなビジネスモデルとなっている。Valve自身は,提携プロバイダや開発元からSteamのライセンス料を受け取る,という仕組みだ。また,ATIとNVIDIAが共にSteam事業に協賛しており,ドライバーも最新版に自動アップグレードしてもらえるようなシステムが考案されている。

 しかしこのSteamの登場は,既存の流通経路を築き上げてきた,Electronic ArtsやMicrosoftなどの販売元への挑戦状と受けとめることもできる。ニューウェル氏は,
「Steamを使って,既存の流通を淘汰するつもりはありません。なぜなら,個人用のCD-ROM版を買おうと考えるユーザーが激減するとは思えないからです。少なくとも,しばらくの間は海賊行為でゲームをプレイしている人口を減らしていくことになるはずです」
と本誌のインタビューに答える。しかしValve側では,オンライン流通によるコストの削減で,直接的に開発元が流通を行った場合なら75%ほどの利益になるはずだ,という分析を示しているのも事実。さらに,開発元の力だけでは難しいバックボーンも,アメリカの電話会社大手AT&Tと提携することによってクリア。その他SpeakeasyなどのインターネットプロバイダやGameSpy,海外でもAcerやKorea.comなどとの関係を築いており,サービス開始に向けて外堀も埋めつつあるのだ。ほかの開発元が一斉に賛同してもおかしくない状況なのである。
 それだけではない。もし開発元が望むのであれば,ゲーム自体はインターネットを介して世界中へ流通されるようになっており,現在日本で行われている流通代理などのエリアにも関わってくることになりそうだ。つまり,開発元が日本語化への対応やサポートを行う準備をしたならば,ユーザーは日本の小売店で日本語版のパッケージを購入する必要などなくなってしまう。Valveのリサーチ開発部門を率いるヤーン・バニエール(Yahn Bernier)氏は,
「もともと市場コントロールなんてしないほうが健全なマーケットになるはずだからね。開発元の判断によるけど,リージョンフリーのサービスを目指していますよ
と,発表の興奮で顔を赤らめながら話す。このときに筆者は気付いたのだ。これは爆弾級の発表なのではないか,と。ゆくゆくは,PCゲームの流通形態を根本的に改革してしまうことになるかもしれない。

 Steamの正式稼動は思ったより早そうで,「Counter-Strike:Condition Zero」をローンチタイトルとしているらしい。その予定で開発が進めば,夏前までにはサービスが開始されることになりそうだ。現在では,Valve Entertainment社の一連のHalf-Lifeソフト群に加え,Relic Entertainment社の次期発売RTS「Impossible Creatures」などもプレイできることになる。どう転んでも,Counter-Strike,Team Fortress 2,Half-Life 2と続くキラーアプリケーションを自社で供給できるという強みがあるのは事実で,多くのユーザーアカウントを獲得するのは間違いないだろう。開発元そしてユーザーにとって,非常においしくて便利なビジネスモデルだけに,Steamの浸透も案外早く進んでいくかもしれない。

 なお,「Steam」公式サイトでは,現在この「Steam」のβテスター募集を行っているので興味のある人はチェックしてみよう。