シベリア 日本語版

シベリア 日本語版

Text by Iwahama

 「芸術家から見れば,からくり人形師たちは,いかにもうさん臭く見えるでしょう。最高のからくり人形でも,彼等は絶対に芸術だとは認めませんね。――反対に,純粋な科学者たちからは,自動人形などは児戯(じぎ)に等しく見えるでしょう。現にエジソンはヴォーカンソンをやっつけています。子供騙しの機械だと言ってね」
 「からくり人形は,両方の世界から,まま子扱いにされているわけね」
 「だが,からくり師の目からは,芸術も科学も,まるで駄目,であるんです。判りますか?」

―――泡坂妻夫「乱れからくり」

 久しぶりに,頭をひねる楽しさを思い出した。メディアクエストがこの秋に発売する「シベリア 日本語版」は,今ではすっかり珍しくなった,ピュアなアドベンチャーゲームである。

 シベリア(※1)は,欧米では2002年に発売されたタイトル。そしてその年のアドベンチャーゲームに関する賞を総ナメしたが,……正直アドベンチャーゲーム自体が少ないので,この受賞歴だけをもって「シベリアは名作に違いない」と断言するのは,早計というものだろう。
 そこで,実際に筆者がβ版を触ったうえでの感想をお伝えしていく。

(※1)……原題のSYBERIAという綴りを見て,つい「サイベリア」と読んでしまった人もいるだろう。しかし,ご安心を。実際ゲーム中で,主人公ケイトは「サイベリア」と発音している

カラクリ仕掛けに彩られた,幻想的な世界

 シベリアの舞台は,一応現代のヨーロッパとなっている。が,主人公である若き女性弁護士ケイト・ウォーカーが最初に訪れる町バラディレーンを始め,登場するのはどこも架空の土地。また,全体的に現実感を欠いた雰囲気で,大人になった(不思議の国の)アリスの物語という趣(おもむき)を味わえる。

 本作をプレイして最初に思い浮かべたのは,エピグラフで引用した泡坂妻夫氏のミステリ小説「乱れからくり」(※2)だ。シベリアにも,数多くのカラクリ仕掛けが登場し,独特の雰囲気を演出している
 この小説には,次のようなセリフもある。

 「その時代は,芸術や科学,呪術や魔法,からくり,詐術が混沌として未分化の状態だった。(中略)すでに技術と詐術は綺麗に分離されている。ですが,同時に,メルツェルの自動チェス棋士のような,いかがわしく魔術的ではあるが,魅力に満ちた発想というのも吹き払われてしまった」

 しかしながらこの小説には,カラクリ仕掛けが持っていた"いかがわしく魔術的"で"魅力に満ちた"発想が感じられた。そして筆者は,本作にも近い雰囲気を感じるのだ。

 もっとも,小説中で紹介されるさまざまな玩具とは違い,本作に登場するカラクリ仕掛けのほとんどは,現代の最新技術をもってしても作成不可能なものだ。例えば,機関車の運転士であるオスカーはカラクリ人形だが,ケイトと普通に会話できてしまう(機関車の運転士というだけでも凄いが)。
 つまり本作はファンタジーなのだが,描き込まれた美しい2Dの背景とあいまって,プレイヤーは現実とも幻想ともつかない,不思議な感覚を体験できる
 本作のモチーフに,「カラクリ人形」をもってきたのは,成功だったといえるだろう。

(※2)……奇術師でもある泡坂妻夫氏による本作は,第三十一回日本推理作家協会賞の長編部門を受賞している

 

時間を気にせず,腰を据えて謎に挑めるシステム

 インタフェースは,「MYST」などでお馴染みの,マウスだけですべて操作するものとなっている。つまり,マウスカーソルが通常の形のときは,左クリックでそこへ移動,光っているときは別の画面へ移動,手の形状のときはアイテムを取る,虫眼鏡状のときは,見る/話す/操作する……といった感じ。アドベンチャー好きでなくとも,3分で操作を覚えるだろう。
 右クリックすると,インベントリが開かれ,アイテム類の操作が可能になる。また現代が舞台なだけあり,ケイトは携帯電話も持っている(※3)

 いうまでもないことだが,本作にはアクション性は皆無だ。時間制限のようなものもなく,どの場面でも,じ〜っくり考えられる
 つまり,本作のクリアに必要なのは,純粋に頭脳だけというわけ(※4)
 なお,ストーリーと謎がガッチリ合致! ……というとさすがに大げさだが,それでもあまり理不尽なパズルを強要されることは少なく,(表現は変だが)比較的必然性のある謎を楽しめる。
 そういう意味では,「ハマり」の状態にはなりにくいはずなのだが,……ところがどっこい,なかなかすんなりとはクリアさせてくれない。
 すんなりとクリアさせてくれないが,答えが分かったあとに「なんだ,そんな単純なことだったのか〜」と叫ぶこと請け合いだ(※5)。このへんのバランスは,見事である。

(※3)……携帯電話を使う場面の9割は,向こうからかかってくる。こっちからかけると,なぜかみんなつながらない。ケイトって,実は嫌われてる?
(※4)……多少は視力も必要かもしれない。入手するべきアイテムも,存在に気づかなければ,そこに落ちたままだ
(※5)……逆にいうと,「こんなの分かるかよ!」って謎は,ほとんどない。それなのにハマるから,悔しい。この悔しさがたまらない魅力だ

 

日本語版βバージョンに触れた感想

 ある意味,未来的だと思ったシステムがある。これもアリス的なナンセンスさといえばそれまでなのだが,ケイトには,やるべきことが直感で分かる能力があるようなのである
 というのも,町中を歩いていて,気になった建物に入ろうとすると……「行く必要は無いわ!」なんて言って,入らない。行かなくてもいい場所を,直感的に判断してくれるのである。理不尽ではあるが,プレイヤーとしては無駄な行動が避けられ,非常に便利だ。
 ほかにも,一時期持っていたアイテムを「もういらないわ」と捨てちゃうし,とある図書室では,山ほどある本の中から,必要な2冊だけ入手する。
 こういったことを嫌がるプレイヤーもいるかもしれないが,筆者としては,アドベンチャーゲームならば大いにアリだと思う。無駄な情報が省かれるために,純粋にストーリーと謎解きを楽しめるからだ(※6)。それに,ストーリー上必要のないところに力を入れるくらいなら,その分,早く発売してくれたほうが,はるかに嬉しい。

 グラフィックスについては,Screenshotsを見ての通り。まぁ3Dで描かれたキャラクター達は正直大したデキではない(欧米で今年秋頃発売される続編では,3D部分が劇的に改善されている)が,2Dで描かれた背景は,美しいのひと言。架空の場所ではあるのだが,ぜひこの場所に行ってみたいと思うのは,筆者だけではないだろう。

 さて。日本語版の発売は2003年9月26日と,まだずいぶんと先なので,現時点でローカライズに関する評価は差し控えるが,悪くはなさそうだ(音声は英語のまま)。あまりにも味気ないフォントが多少気になったが,製品版では修正されることだろう。
 ともあれ,アドベンチャーゲームファンにとっては,待ちに待ったタイトルなのは間違いないし,待った甲斐のあるタイトルでもある。
 いや,アドベンチャーゲームファンとか,そうでないとかは,あまり関係ないかもしれない。PCゲーマーに少なからずいると思われる,「自分の頭の良さに自信がある人」に,ぜひとも遊んでいただきたいタイトルだ。

(※6)……三島由紀夫がエラリイ・クイーンの「Yの悲劇」を「無駄な登場人物が多すぎる」と評したそうだが,同感である

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*画面はすべて開発中です。本記事の内容は製品版では変更される可能性もあります。ご了承ください。

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