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ゲームだけじゃない「Unityソリューションカンファレンス2014」開催。人間を拡張する技術に関する基調講演レポート
暦本氏は,ソニーコンピュータサイエンス研究所の副所長も務めており,同社で長くARやユーザーインタフェースなどの研究に携わっていた人物でもある。ARの基本概念を盛り込んだNaviCAMの開発が1994年(Windows 95が発売された頃),2000年にはマルチタッチデバイスの開発が行われている。現在,タッチデバイスで一般的に見られる,二本指を開いたり閉じたりするピンチイン/アウトのインタフェースやPS Vitaで使われた背面タッチを考案した人でもある。スマートフォンが登場し,ウェアラブルデバイスが注目され,時代が追いついてきた感がある現在,氏が見据える次なる技術はどんなものなのだろうか。
冒頭,暦本氏は,1994年に作成したというスライドを提示し,コンピュータワールド(バーチャルワールド)とリアルワールドの人間との関わり方について,氏のスタンスを明らかにしていた。それは,リアルワールドとバーチャルワールドの間に人間が介在して操作を行うGUI,リアルワールドを廃しバーチャルワールドで代替するバーチャルリアリティ,リアルワールドとともに多くのコンピュータの情報もやり取りする,現在でいう“Internet of Things”のようなもの,そしてコンピュータで人間の能力を拡張する人間強化型の4種類に大別され,氏が重点的に関わっているのは人間強化型のアプローチである。
なお,講演でたびたび出てくる「Augmentation」は拡張の意の英単語である。
さまざまなインタフェースを開発してきた暦本氏だが,こういったコンピュータと人間の間にあるインタフェース以外に,人間とリアルワールドの間のインタフェースについても考えようということで,いくつかの例が紹介された。
どのようなものかというと,(氏の研究ではないが)汗が出てくると通気性が上がるスポーツウェアなどが挙げられ,人間と環境の間に介在するインタフェースとして重要なものだそうだ。似た感じのもので,建物の外壁を可動にして外観を変えようというKinetic Facades(キネティックファサード)も紹介された。デザイン的にも面白く,通気性などを変えることもできる。コンピュータでのピクセルの概念がリアルワールドに展開されることで,暮らしやすさが変わる可能性があるという。
氏が関わっているプロジェクトとしては,透明度が変わる液晶ガラスを使った「Squama」が紹介された。これは内部にあるパーティクルの疎密度を変えることで透明度を制御することができ,タイル状に並べると粗いピクセルとして扱ったりもできる未来の窓ガラスだ。あらゆる建築物の窓がディスプレイになるというビジョンも示された。
デモでは,覗いている人の位置から計算して,見られたくない部分を隠すように窓の一部が曇る様子が示されていた。なお,人体の認識にはKinectが使われているとのこと。
そのほか,窓の外の風景の一部を描き変えて看板を消すとか,指定した場所にだけ影を落とすといった応用も「未来の窓」には期待できるようだ。
続いて暦本氏は,ナイフなどの道具を例に,「ツール」と人間の能力の拡張について話を広げ,機能を提供することで人間の能力を拡張するものと定義していた。優れた職人に見られるように,道具と一体化しているような理想的な状況では,道具が人間の能力を拡張しているとみなしてもよいだろう(図中の「Unity」は開発ツールのUnityではなく「一体化」の意)。スマートフォンなどのように,道具が複雑になってくると人間との関係が分かりにくくなるのだが「どういう能力を与えているか」という観点から見ることが重要だとのこと。
人間の能力を拡張するということに関しては,マウスの発明者であるダグラス・エンゲルバート氏の有名な論文での「マウスの発明は人間の知性を拡張していくプロジェクトの小さな断片にすぎない」という言葉を挙げ,こういった試みが50年以上前から行われていることが紹介された。
また,IBMのコンピュータが当時の世界チェスチャンピオンだったガルリ・カスパロフ氏を下したとされる一戦を挙げ,ではチェスは終わってしまったのかと問いかけつつ,最近の動向が紹介された。Cyborg Chessは,人間とコンピュータが組になって対戦を行うもので,コンピュータの計算力を利用した新しいチェスの競技になっているという。
2045年にはコンピュータが人間の知性を超えてしまうと信じられているそうで,チェスに続いて将棋などでも人間のチャンピオンがコンピュータに敗れる日は遠くないと氏は見ているようだが,そのようなテクノロジーを人間の能力を拡張する方向で使われるようにしていくが氏の目標なのであろう。
例を挙げると,人間の視覚をドローン(小型ヘリコプタ)のカメラと連結し,感覚を拡張するような技術となる。人間の後ろからついてくるようにプログラムしてランニングフォームを確認したり,水中潜行ロボットにカメラをつけて水泳フォームを確認したりといった研究が行われているという。スポーツ関係ではかなり有用な研究となりそうだ。
ここで話題は一転して,表情フィードバック仮説が取り上げられた。これは,嬉しいと笑顔になる事象を反転して,笑顔にすれば嬉しくなるんじゃないかという身体心理学上の仮説だ。因果関係は逆転しているのだが,多くの実験では効果が裏付けられている。紹介された「ボールペンをくわえる実験」では,縦向きにくわえた人よりも横向きにくわえた人のほうがポジティブになるらしい。
これを会議室の開閉に利用すれば,会議の中身も変わるのではないかといったものや,目覚まし時計に付けて,朝から笑顔で1日を開始するような応用が検討されているようだ。
まず,HMDとカメラを組み合わせたデバイスでは,着用者が見た景色を自動的につなぎ合わせて周りの情景を構成しつつ,遠隔地にいる第三者がその空間内でいろいろ見渡すことができるというシステムが紹介された。離れた場所から道案内や探し物の指示などができる。
さらにそれを進めて,全周囲カメラと組み合わせた例も紹介された。LiveSphereは6方向にカメラがついたサークレット状のデバイスで,頭にかぶれば,その人の周りの情景を遠隔地に送ることができる。
全周囲映像なので,Oculus Riftのようなデバイスを使えば,第三者が装着者とは別の視線でものを見ることができる。それを使ったバンジージャンプや鉄棒での大車輪などのデモが示された。
これにより,先ほどの大車輪やトランポリンでの空中回転などといった激しい動きでも映像は大きく動くことなく,装着者の位置からの映像を第三者が自由に見渡せるようになる。まあ,上下移動しているだけなので,これだと空中回転などは追体験できないのだが,全周映像の共有では非常に意味のある技術である。
感覚の拡張として紹介されたAquaCaveというプロジェクトは,映像を投影した水槽内で体験するバーチャルリアリティである。全壁面に映像を投影するイリノイ大学のCaveというプロジェクトを水中にしたようなものらしいが,小さなプールにいながら世界中の海底を泳ぎ回ったり,空中を泳ぐ(!)こともできるのだという。浮遊体験ができるバーチャルリアリティというのは珍しいらしく,体験としても非常に印象的なものになりそうだ。
最後に紹介されたHoverBallは,球状の枠に入ったドローンをボールに見立てて遊ぶ,インテリジェントな球技用デバイスだ。ハリー・ポッターに登場する魔法球技「クィディッチ」がイメージ映像として紹介されたのだが,ボールの速度を変えたり,必ず相手のもとに届くようにしたり,逆に軌道を自在に変えた変化球でのキャッチボールなどができる。このまま実用化というのは(強度的に)難しいとは思うが,これがテクノロジーによって拡張されたスポーツの姿ではあろう。
最後に,暦本氏は,ネットワークの進化が,単純なネットワークからIoTによるモノのネットワークに進化していることに触れ,その次にくるのは能力のネットワークだろうと予測する。ゲームと直接関係のない話ではあるのだが,未来のエンタテイメントや暮らしのあり方を啓示するような示唆に満ちた講演だった。
Unityソリューションカンファレンス公式サイト
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