
レビュー
「クトゥルフ神話」の入門に最適な協力型ダイスゲーム
エルダーサイン 完全日本語版
» その博物館は呪われていた。古の邪悪「エンシェントワン」の復活が迫っている。邪神の復活を防ぐため,人々は,博物館で次々と起こる怪事件に挑んでいく。邪神封印の力を持つ旧き印――「エルダーサイン」が必要なのだ。
「エルダーサイン 完全日本語版」(以下,エルダーサイン)は,ファンタジーフライトゲームズの制作による,クトゥルフ神話をモチーフとしたアナログボードゲーム※である。日本語版はアークライトより発売されており,価格は3780円(税込)だ。
ファンタジーフライトゲームズは,テーブルトークRPG「クトゥルフ神話TRPG」から派生したクトゥルフゲームを,これまでにも数々発表している制作会社で,中でも「アーカム・ホラー」は協力型ボードゲームの古典的名作としても知られており,エルダーサインはそのシリーズの最新作といえる。
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「エルダーサイン 完全日本語版」公式サイト
冒険の舞台となるのは,不可解な事件が次々と起こる,呪われた博物館。プレイヤーはクトゥルフ神話の秘密を解き明かさんとする「探索者」となり,邪悪な神「エンシェントワン」の復活を阻止するため,事件の解決に乗り出す……というのが本作のバックストーリーだ。
エンシェントワンの復活を未然に防ぐには,博物館内で次々と起こる怪事件を解決し,定められた数の「旧き印(エルダーサイン)」を集めなくてはならない。復活したエンシェントワンに直接戦いを挑むことも可能だが,それは非常に危険な賭けであり,実際に勝てる確率はごくわずかである。
アーカム・ホラーと同じく,本作はプレイヤー同士が競い合うのではなく,ゲーム側が提供する試練に対し,チームを組んで挑んでいく,協力型ボードゲームの形をとっている。協力型ボードゲームといえば,世界的な疫病の拡散を阻止する「パンデミック」など,多数の傑作を生み出している注目ジャンルだが,本作の場合は「クトゥルフ神話TRPG」の面白さをより手軽に体験できるという,アーカム・ホラー譲りの魅力を受け継いでおり,どちらかといえばアーカム・ホラーのリメイクに近いタイトルといって良い。本稿では具体的な遊び方を解説しつつ,その面白さの秘密に迫っていこう。
※ボードゲーム……ここではテーブルトークRPGやトレーディングカードゲームといった大ジャンルを除いた,アナログゲーム全般の意。本作ではすごろくのような,いわゆるボードを用いないため,より細かく分類すればダイスゲームということになる。
■「クトゥルフ神話TRPG」とは?
クトゥルフ神話とは,20世紀初頭のSFホラー作家,H・P・ラヴクラフトが生み出した世界観を元に,今もなお多くの作家によって書き継がれている,ホラー小説群である。「クトゥルフ神話TRPG」は,そのクトゥルフ神話の世界観を使ったテーブルトークRPGで,現在はエンターブレインより日本語版が発売されている。「クトゥルフ神話TRPG」についての詳細は,連載『「クトゥルフ神話TRPG」で遊ぼう』を参照してほしい。
クトゥルフ神話を題材としたゲームでは,ホラーである原作の世界観や,原点となった「クトゥルフ神話TRPG」の影響で,プレイヤーキャラクターの死亡率が極めて高いのが特徴だ。「正気度」といったクトゥルフゲームにお馴染みの要素は本作にもあり,その狂気に満ちた世界観を存分に味わうことができる。
ゲームの準備〜エンシェントワンと探索者達
では箱を開け,内容物を確認してみよう。本作を構成するのは,大きな時計マーカーとエントランスシート,それから大小多数のカード(エンシェントワンカード / 探索者カード / 冒険カード / 異世界冒険カード / アイテムカード / 特殊アイテムカード / 呪文カード)と,厚紙から外して使用する多くのチット類,そして計8個の緑(6個)・黄(1個)・赤(1個)の専用ダイス(サイコロ)である。
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まず注目すべきなのは,8枚用意されたエンシェントワンカードだ。それぞれのカードには,狂気の夢をもたらす「クトゥルフ」,黄衣の王「ハスター」,絶対の破壊をもたらす魔王「アザトース」,蛇の父なる神「イグ」など,さまざまな力を持ったエンシェントワンが描かれていて,プレイヤーはまず,ゲームで使用するエンシェントワンを,この8つの中から一つ選ぶことになる。
エンシェントワンには,それぞれの特殊能力や攻撃方法が設定され,復活に必要な「破滅トークン」の数も異なる。つまり最初にどのエンシェントワンを選ぶかで,ゲームの難度を選べる仕組みになっている。
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例えば,復活した時点でプレイヤーの負けが確定するアザトースなどは,比較的難度が低いエンシェントワンだろう。逆に「呪文カード」が使いづらくなる「イタクァ」,探索者全員の耐久度と正気度の上限が,即座に1低下するクトゥルフ,邪悪で強力な化身がモンスターとして出現する「ニャルラトテップ」などは高難度といえる。
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次にプレイヤー達は,16枚の探索者カードの中から,自らが操る探索者を選ぶ。ファンタジーフライトゲームズのクトゥルフゲームでは常連のオカルト研究家ハーベイ・ウォルターズをはじめ,科学者,作家,私立探偵,考古学者,ディレッタントなど,舞台となる1920年代に相応しい,個性あふれる探索者が用意されているので,能力値などを確認しながら,プレイヤー毎に1枚を選択するのだ。
基本的には自由に選んで構わないのだが,このあたりは,実にTRPGからのスピンオフ作品らしく,ロールプレイの余地が多く残されているのが面白い。探索者にはそれぞれ特殊能力なども設定されていて,シチュエーションによって得意・不得意が発生する。なので複数のプレイヤーが居るのであれば,できるだけ傾向の違う探索者を揃えておきたいところだ。
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例えばダイス操作系(出目の置き換えや振り直し)の能力と,アイテム強化系(特定カードを余分にもらえたり,変更したりできる)の能力,それから回復系の能力は,各プレイヤーで分担したほうがいいだろうし,能力値的にも,知性派と肉体派が揃っていることが望ましい。あくまで筆者のおすすめではあるが,仮に4人でプレイするなら「ハーベイ・ウォルターズ教授」「ゴミ拾いのピート」「私立探偵ジョー・ダイアモンド」「研究者マンディー・トンプソン」あたりになるだろうか。もし5人いるのであれば,ここに回復系の「キャロリン・ファーン」か「ビンセント・リー」,もしくはアイテムを増やす「デクスター・ドレイク」,ダイス爆発力のある「ジェニー・バーンズ」を加えると,より遊びやすくなるだろう。
深夜12時,博物館にうごめく邪悪達
使用するエンシェントワンカードとプレイヤー各自の探索者カードを選び,そのほかのカードやチットを初期位置にセットアップしたら,いよいよゲームのスタートだ。じゃんけんなどで決めた親から時計回りに手番がまわり,それぞれが事件を解決していくことになる。自分の手番でとれる行動は,以下のとおりだ。
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1.移動(移動フェイズ)
探索者コマをいずれかの冒険カードか,もしくはエントランスシート上に移動する。
2.事件の解決(解決フェイズ)
冒険カードに移動したならば,ダイスを振り,冒険カードの事件を解決するためのタスクに挑戦する。エントランスシートに移動した場合は,回復やアイテム購入が行える。アイテム購入にあたっては,解決した冒険カードの数(=トロフィー)がお金代わりとなる。
エントランスシートに移動すれば,集めたトロフィーを使って回復やアイテムの入手などが可能。できれば10点分貯めて「旧き印」を買いたいところだ
3.時間の経過(時計フェイズ)
手番終了前に,時計マーカーを3時間進ませる。この時計は4人分の手番で1周し,深夜12時を迎えるたびに※,神話カードが1枚引かれて場に出されることになる。神話カードには上下の欄があり,上には即座に起こる効果,下には次の深夜12時に起こる効果が予告されている。
神話カードの効果には,エンシェントワンの復活につながる破滅トークンを置かせるものから,モンスターを出現させるなど,冒険カードの解決をより困難にするものなどがある。かなり致命的なものもあるので,時計の進みを見ながら,うまく冒険を解決していきたい。
※本作では12時間が1日,つまり時計が1周する度に深夜12時が訪れることになる。探索者達はどうやら夜型人間ばかりのようで,日中に睡眠をとっているらしい。
深夜12時になると奇怪な事件が起こり,破滅へ向かって一歩ずつ進んでいく。筆者がプレイした際には,次の深夜12時に探索者全員の耐久度が下がるという効果が予告され,傷ついた探索者達は慌てて回復に向かわねばならなかった
事件の解決に乗り出す探索者達
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そして,探索者が冒険カードの事件を解決するために必要なのがダイスである。6個ある緑の6面ダイスには,それぞれの面に「探索1」「探索2」「探索3」「知識」「危険」「恐怖」のアイコンが描かれていて,冒険カードに応じた出目を出すことで,事件を解決できる。
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冒険カードに書かれたタスクをすべて解決できたら,その冒険カードはめでたくクリアだ。解決した冒険カードそのものが「トロフィー」として解決したプレイヤーに与えられ,回復やアイテムの購入などに使えるほか,冒険カードの最下段右に示されたアイコンが示す報酬が受け取れる。
逆にタスクに失敗してしまうと,探索者は正気度や耐久度を失ったり,怪物が出現したりするなどのペナルティを受けることになる。1度失敗した場合でも,ダイスを1個減らして再挑戦できるので,なんとか成功させたいところだ。
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勝利の鍵は協力にあり
本作のゲームプレイは,各プレイヤーが上記のプロセスを手番ごとに解決しながら進行していくことになる。冒険カードへの挑戦などは各人それぞれの手番で完結し,ほかのプレイヤーは直接的な手助けが行えないため,一見するとソロプレイの積み重ねのように思えるが,効率良く事件を解決していこうとするなら,実際には協力と役割分担が重要になってくる。冒険カードには,それぞれに特色があり,探索者ごとの特殊能力,耐久度と正気度などとの相性があるからだ。
例えば,失敗するとモンスターが出現するペナルティがある冒険カードなら,「あなたの手番にはモンスターが出現しない」という能力を持った科学者タイプが向いているし,逆に解決するために耐久度を減らさなければならない冒険カードなら,肉体派の探索者が向いているだろう。
大局を考えるならば,解決時の報酬を増やせるタイプの探索者が簡単な冒険カードを担当して,アイテムの総量を増やし,後の大物へ挑戦する準備をするのも悪くない。振ったダイスの出目を保存するアイテムやルールもあるので,これを活用すれば,タスク解決に必要な出目を,協力して揃えることができるだろう。
こうして探索者全員で力を合わせ,エンシェントワンごとに決められた数の旧き印を集められれば,プレイヤーの勝利となる。しかし,旧き印を集め終わる前に探索者が死んでしまう(耐久度または正気度が0になる)と,エンシェントワンカード上の破滅トークンが1つ増え,選択したエンシェントワンが一歩ずつ復活に近づいていく。
ひとたびエンシェントワンが復活してしまえば,あとは絶望的な戦いに挑むしかない。それまでに,どれだけ協力して事件に挑めるかが,勝利の鍵を握っている。
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クトゥルフ神話入門にも最適。
サクサク進んでスピード感のある,お手頃ダイスゲーム
エルダーサインは,クトゥルフ神話系ゲームの傑作である。クトゥルフボードゲームの古典であるアーカム・ホラーは,巨大なマップと駒を使って遊ぶ,文字通り大型のボードゲームだったが,本作はカードを使うことでボードを省略し,より手軽に遊べるサイズになっている。
基本的にはダイスを振るだけなのでゲームはサクサクと進み,平均的な1回のプレイ時間は2時間前後。慣れてくれば90分ぐらいで終わる。プレイ人数は1〜8名とされているが,適正な人数は4〜5名だろう。プレイヤーの人数が少ないと,冒険カードとの相性次第で詰んでしまう場合があるし,逆に人数が多ければ時計があっという間に進んでしまう。冒険カードの解決は大人数のほうが楽だが,手番が回らずに深夜12時を迎えてしまうのは,やっぱりちょっと寂しい。
パッケージとしても50センチ四方の箱に,フルカラーのカードやトークン,時計マーカーなどがたっぷり入っており,その上で4000円を割る価格というのは,コストパフォーマンス的にもかなり満足度が高いのではないだろうか。
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もちろん欠点というべきところもあって,ゲームとしての難度はかなり高いといって良い。とくに選択したエンシェントワンカードや初期配置によっては,開幕から絶望感が漂うこともしばしばだ。ゲームバランスに優れた近年のドイツ系ゲームに比べ,いかにも理不尽というべきカードもあって,こと競技性という意味では,ほかに優れたものがいくつでも見つかるだろう。
しかし忘れてはならないのは,本作がクトゥルフ神話を題材にした,キャラクターゲームの側面を持っているということだ。クトゥルフ好きの仲間で,ワイワイ,ぎゃーぎゃー言いながら楽しむには,これほど向いたゲームはないのではなかろうか。
なお初版版では,ルールブックのテキストに分かりにくい表現があり,初心者が入りにくい側面もあったが,これは2012年11月下旬に発売される改訂版にて修正される予定とのこと。個人的にはもう少しルールブックを厚くして,クトゥルフ神話の世界観を説明するテキストがあってもいいと思うのだが。
アニメ「這いよれ!ニャル子さん」などで最近クトゥルフを知った人が,原典をあたるという意味でも最適といえる本作。興味を持った人は,身近なクトゥルフマニア(もしくはニャル子好き)を誘って,ぜひ一度プレイしてみてほしい。
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