業界動向
Access Accepted第423回:アメリカで話題の「ネットの中立性」とは
アメリカ連邦通信委員会(FCC)が現地時間の2014年5月15日採択した「ネットの中立性」をめぐる提案書が波紋を広げている。提案書は,インターネットサービスプロバイダが,より高速のサービスを提供するにあたって,消費者から別に料金を徴収する自由を認めたものになっており,これに対してGoogle,Facebook,AmazonなどのWebサービス企業や消費者団体などが批判の声をあげているのだ。日本では聞き慣れない「ネットの中立性」という言葉だが,今週はアメリカで話題のこの問題を簡単に紹介したい。
中立的でないFCCの「ネットの中立性」
アメリカ連邦通信委員会(FCC)は現地時間の2014年5月15日,「ネットの中立性」(Net Neutrality)をめぐる提案を,過半数の賛成を得て採択した。この提案書(Notice of Proposed Rule-Making。以下,NPRM提案書)はインターネット上で一般公開されており,今後4か月にわたって国民から広く意見を募る予定だ。
Notice of Proposed Rule-Making提案書(pdfファイルが開きます)
「ネットの中立性」とは聞き慣れない言葉かもしれないが,これは,「ネット上のすべてのデータは,平等に扱われなければならない」という原則を述べたもので,アメリカでは法制化について長い間,議論が続けられてきた。
NPRM提案書はまた,ISPが故意に通信速度を低下させることや,上記の権利の濫用も禁じ,これによって「誰でも公平に利用できるスペース」を確保するとしている。
ちなみにアメリカの法律では,ISPは「情報サービス」(Information Services)に分類されており,公益事業と見なされる「通信サービス」(Telecommunications Services)を扱うFCCは,ISPを規制する手段を持っていない。
実際,これをもとに,Verizonは2010年,FCCが起草した「Open Internet Order」に対して訴訟を起こしている。Open Internet Orderは,ISPの差別的なネットワーク管理を止め,より自由な管理方法を求めるものだったが,2014年1月,合衆国最高裁判所はVerizonの言い分を認め「インターネットがガスや電力と同じ公益事業であると再分類されない限り,FCCはISPがネットトラフィックの軽減を行うために,特定のサービスに課金したり,遮断したりする処置を止める権限はない」と言い渡している。
もともと,ISPを通信サービスではなく情報サービスに分類したのも,大手企業の圧力によるものという指摘も一部にあり,ISPにさらに譲歩する形の今回のNPRM提案書では,公共電波の中立性について消費者の立場に立って監督するのが本来の任務であるはずのFCCが,巨大テレコム企業の攻勢に屈したとして,反対派の怒りが爆発。その矛先がFCCとISPに向かっているわけだ。
ゲーム産業にも影響はおよぶ
今回のNPRM提案書に強く反対しているのが,AmazonやGoogle,Netflixといったネット関連会社で,すでに150社ほどが団結して,FCCに対してNPRM提案書の撤回を求めている。Netflixのように,「決定事項になれば,嫌々だが支払いに応じる」としている企業もあり,必ずしも一枚岩ではないようだが,その一方でNetflixは,「NPRM提案書はインターネットの中立性を損ない,差別を助長し,発明(イノベーション)の芽を摘み,現在よりひどいインターネット環境をアメリカの消費者に提供する」という辛辣なコメントを,5月15日に出している。
NPRM提案書がそのまま法制化されるとして,「中立ではないインターネット」とは具体的にどのようなものになるのだろうか。
これについてはさまざまなことが考えられるが,例えば,NetflixがA社に対して高速回線の利用料を支払ったものの,同じIPSのB社に払うほどの資金がないということになれば,契約しているISPが異なるという理由だけで,Netflixのサービスの質も異なるものになり,ネット中立性が損なわれることになる。
また,技術革新により,Amazonを超えるオンラインショップのアイデアがどこかで誕生したとしても,ISPに高速回線料を支払えないために実現しない場合も考えられる。これがNetflixのいうところの「発明の芽を摘む行為」だ。
このところISP側の動きは活発で,インターネットだけでなく電話網まで提供している北米最大のケーブルネットワークComcastは,2番手のTime Warner Cablesとの合併を進めているほか,北米最大のテレコム企業AT&Tは,同じくアメリカ最大のサテライトテレビプロバイダ,DirectTVを5000億円で買収したばかりだ。
NPRM提案書は,こうした巨大企業がインターネット市場の独占を狙うための“武器”を提供することになるかもしれないのだ。
NPRM提案書と,それに関連した動きはゲーム市場にも影響を及ぼすかもしれない。PlayStation NetworkやXbox Live,Steamなどのサービスがより速い回線を使わざるを得なくなった場合,料金が消費者のほうに上乗せされる可能性もあるし,支払いに応じられないメーカーがサービスを中止してしまうかもしれない。
前回の当連載の第422回「GameSpyが5月31日にサービス終了。時代の幕がまた一つ下りる」では,GameSpyが閉鎖されることで,意外なほど多くのゲームタイトルが影響を受けることを紹介した。NPRM提案書が法制化された場合,どういう影響があるのかを現時点では明言できないが,「ネットの中立性」については我々エンドユーザーももっと知っておくべきだろう。さらに詳しい情報などはインターネットのあちこちにアップされているので,興味のある人は調べてほしい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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