業界動向
Access Accepted第409回:欧米ゲーム業界を騒がせたステルスマーケティング事件
毎月10億回のアクセスがあり,60億時間にもおよぶ動画が再生されるという巨大メディア「YouTube」。ゲームのプレイ動画なども数多く投稿されており,他のプレイヤーがどんなプレイをしているのかを見たり,攻略の参考にしたり,ゲーム購入の判断材料に使ったりという人も多いはずだ。今週は,そんなYouTubeを舞台に起きたプロモーション事件を紹介したい。
ゲームのプレイ動画を投稿してお金を稼ごう
2014年1月中旬,MicrosoftがYouTubeを使ってステルスマーケティングを行っているのではないかというニュースが欧米の各メディアで報道された。その一つ,北米の技術情報サイトArs Technicaによれば,ゲーム動画の制作で知られるMachinimaがユーザーにメールを送り,その中で,Xbox Oneを使った30秒以上のプレイ動画をYouTubeにアップし,指示されたタグを付ければ,1000ビューにつき3ドルが与えられるという新たなキャンペーンを紹介した。キャンペーン期間は2014年1月14日から2月9日までで,累計再生数の上限は125万ビューとのこと。
Machinimaのコミュニティマネージャーは,「我々の行うプロモの中で,一番簡単にお金を稼げる方法だ」などとTwitterで宣伝しており(現在は削除),それだけなら通常のMachinimaの活動のようにも思える。しかし報道によれば,これはMicrosoftがMachinimaに委託した企画であり,つまり広告主を明確にしない宣伝活動だったわけだ。
最近では,大手家電メーカーのSamsungが台湾で学生アルバイトを使い,ライバル企業の携帯電話の悪口をネットに書き込ませていたことが発覚。当局から罰金の支払いを命じられるという事件が起きるなど,社会問題になることもある。
Machinimaのメールに記載されていたタグで検索すると,投稿された動画は2〜300程度。1000ビューあたり3ドルで,上限が累計で125万ビューということは,合計3750ドルを投稿者達で分けたことになる。100億円以上とされているXbox Oneのキャンペーン予算に比べれば本当に微々たるものだ。どちらかといえば,Microsoftの企画に対してMachinimaが暴走したのではないかと言われており,その後Machinimaは,Microsoftの要請によって,今後このようなプロモーションにはきちんと説明を入れるとの声明を出している。
消費者に問われるのは情報の真偽を見抜く能力
Microsoftの一件が明らかになった直後,Electronic Artsでも同様な手法の宣伝活動が行われていたことを欧米の各メディアが伝えた。報道によれば,この宣伝はいくつかのタイトルで行われており,例えば「Battlefield 4」では,「Levolution」モードのシーンを収めたプレイ動画をYouTubeに投稿すれば,1000ビューあたり10〜15ドルが与えられるとされている。このプロモーションのため,Electronic Artsはこれまで20万ドルを出資したというが,問題は,Electronic Artsが投稿者に対して報奨提供の事実を隠すように求めたことだ。
こうしたプロモーションは果たして違法行為なのだろうか。アメリカでは,日本の消費者庁のような,Federal Trade Commission(連邦取引委員会=FTC)という行政機関があり,ここが公正な取引を監督している。FTCは2009年,インターネットを使用した広報活動を対象に「広告における推奨および証言に関する指針」(Guides Concerning the Use of Endorsements and Testimonials in Advertising)を設けているが,これは,商品を推奨している人と,その商品を生産するメーカー/関連企業の間で,金銭のやり取りがあるかどうか,さらに,その情報が広告かどうかを明記することを義務付けるものだ。
もっとも「義務付ける」といっても,タイトルどおりこれは指針でしかなく,実行は各企業のモラルに任されている。今回のステルスマーケティングについても罰金や制裁などの処罰対象とはならないようだが,とはいえ,FTCのガイドラインから大きく逸脱していると見なされれば,調査対象になったり勧告を受けたりすることもあるだろう。実際に,「違法」という判断が下されたケースもあるという。
YouTubeには,ゲームばかりでなく,ハードウェアや家電,さらには化粧品から食品にいたるまで,さまざまな動画が投稿されており,長所がアピールされたり,辛辣な意見が述べられてたりしている。中には,見ていて吹き出してしまうような優れたエンターテイメントになっている動画もあり,多くの人がそれらを購入の判断材料に使っているのは間違いない。しかし,そうした動画が本当に公正な視点で作られているのかは分からないのだ。
これはYouTubeだけでなく,新聞やテレビ,そして我々のようなネットメディアにも言えることであり,「企業から広告をもらっていながら,公正たり得るのか」という問題にも関わってくる。
さらに,投稿サイトや個人ブログ,ソーシャルネットワークなど,個人の情報発信能力が飛躍的に向上して,玉石混淆の情報が氾濫する中,消費者は,他人の話を鵜呑みにせず,健全な懐疑心を持つ能力が求められているのだ。今回の騒動は,そのことを改めて教えてくれるものだったと言えるかもしれない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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