業界動向
Access Accepted第396回:現実と見間違える「フォトリアリズム」は実現するのか
欧米の一般メディアで,なぜか実際の画像と間違えてゲーム画面が使われてしまうというケースが増えている。単純なうっかりミスなのだろうが,ゲームをよく知らないメディアにとって,最近のゲームグラフィックスは本物と見間違えるレベルに達しているということだ。果たして,ゲームグラフィックスはどこまで進歩するのだろうか。今週は,最近のゲームグラフィックスについて考えてみよう。
ゲームを知らない人には本物に見える
ゲームグラフィックスのリアリティ
2013年2月,デンマークの公共放送局TV2のニュース番組「Nyhederne」は,現在も内戦が続き,国際社会の懸念材料となっているシリア情勢について報道をしていた。レポーターの背後には,スーパーインポーズされた美しい中東の古都,ダマスカスの風景が……。しかし,よく見ればそれはコンピュータグラフィックスであり,その後,その映像が2008年にリリースされたアクションゲーム「Assassin's Creed」の風景だったことが明らかになったのだ。
おそらくスタッフが「ダマスカス」というキーワードでネットを検索し,CGだと気づかずに使ってしまったのだろう。とはいえ,ゲームの世界は800年前であり,近代的な建物はまったくない。ヨーロッパ人の中東に対するステレオタイプなイメージが分かって興味深いが,テレビ局は「ソースの確認を怠っていた」と平謝りしたという。気の毒なことに,この出来事は欧米のゲームメディアや動画サイトを通じて,世界的に知られることになってしまった。
もっとも,こうしたことは初めてではなく,2012年6月にはイギリスの公共放送BBCのニュース番組で「国際連合安全保障理事会」(United Nations Security Council)の旗の代わりに,「Halo」シリーズの「国連宇宙司令部」(United Nations Space Command)のロゴが使われるという珍事が発生している。こちらも,「UNSC」をキーワードに検索した画像を,チェックを受けることもなくそのまま流してしまったのだろう。
BBCにはさらに前科があり,2011年に放送したドキュメンタリー番組で,IRA(アイルランド共和軍)が1988年に英軍ヘリを撃ち落とした事件を紹介するのに際して,なぜか「Arma II」のプレイ動画を使ってしまった。ここまでくると,どうしてそんな間違いを犯したのか想像することさえできないが,この映像にはビデオ撮影を思わせるノイズが入っており,じっくり見ても本物かCGなのか分かりにくかったようだ。
このドキュメンタリー番組はネットでも公開され,130万人も視聴していたというから,「Arma II」を開発したBohemia Interactiveにとっては大きな宣伝になったかもしれない。
現実と見間違うようなフォトリアリズムは実現できるのか?
「Halo」シリーズのUNSCロゴはともかく,以上のように,現在のゲームグラフィックスはゲームを知らない人がパッと見ただけでは,実際の映像と区別しづらいほどまで進化している。こうしたリアルなグラフィックスのことを「フォトリアリズム」と表現することが多いが,これはもともと,1960年代後半から1970年代初めにかけて(主として北米の)美術界でよく使われた用語だ。
ゲームにおけるフォトリアリズムといえば,PC版「グランド・セフト・オート IV」向けのMOD「iCEnhancer 2.1」や,同じくPC版「The Elder Scrolls V: Skyrim」のMOD「RealVision ENB」などが描き出すグラフィックスを思い浮かべる人も多そうだ。ハイスペックのPCを使えば,現行タイトルでも,かなりのところまでチューニングできてしまうことが分かる。
とはいえ,たとえ現在最高峰といわれるグラフィックスを以てしても,静止画ならそのリアルさに驚くかも知れないが,実際に動いているところを見ると,やはりCGであり,実際の映像と間違える人はいないだろう。どうやら,人間の目はそう簡単に誤魔化せるものではないようで,より現実的なグラフィックスに近付けるため,プログラマーやアーティストは日夜努力を続けているのだ。
ここ数年,世界の大手ゲームメーカーは次世代のゲームエンジン開発に大きな投資を続けてきた。いくつか列記すれば,EA DICEの「Frostbite」,Crytekの「CryENGINE」,Ubisoft Entertainmentの「Anvil」,Epic Gamesの「Unreal Engine」,CD Projekt REDの「REDEngine」,日本でもスクウェア・エニックスの「Luminous Studio」や小島プロダクションズの「FOX Engine」,そしてカプコンの「Panta Rhei」など,昔のゲームグラフィックスを知る古参ゲーマーの筆者は,こうした名前を見ただけで心が躍り,デモ映像などを見るたびに最近の技術がどれほど進歩したかに思いをはせてしまう。
しかし,プレイヤーが現実と錯誤するようなレベルを達成できているかどうかについては,まだまだだと考えるゲーム開発者は少なくない。
ミドルウェアとして知名度を高めつつあるシリコンスタジオの「Yebis 2」だが,そのポストプロセス担当しているという川瀬正樹氏は,イギリスのゲーム業界誌「Develop」(電子版)のインタビューに答えて,「Xbox OneとPlayStation 4は,いずれも驚くほどのビジュアルを可能にするパワフルなシステムですが,本当に現実と区別が付かないグラフィックスを実現するには,未来のハードウェアを待たなければならないでしょう」(訳:筆者)と答えている。
また,2013年8月にドイツで開催されたGame Developers Conference Europeに登壇したQuantic Dreamのデイヴィッド・ケイジ(David Cage)氏は,同社の誇るパフォーマンスキャプチャー技術を駆使したテクノロジーデモ「The Dark Sorcerer」(関連記事)の解説において,「本当の意味でのフォトリアリズムは,次々世代に可能になるかも知れない」と語る。
さらに,Epic Gamesのティム・スウィーニー(Tim Sweeney)氏も最近,「ムーアの法則を考えに入れれば,フォトリアリズムは,遅くとも10年以内には達成できるだろう」と発言しており,現在のハードウェアによる到達には否定的だ。ちなみにMicrosoftは,「Xbox Oneには10年にわたるプランがある」と述べているが,やはり欧米ゲーム産業の大かたの意見は「完全なフォトリアリズムの実現は,10年後の次々世代機で」というあたりに落ちつくようだ。
次世代ゲーム機では,現世代のゲーム機で表現できない,より広大なマップや緻密なキャラクターが描かれるようになるはずだ。これまで以上に,我々の視覚を楽しませてくれるのは確かだろう |
もちろん,グラフィックスがゲームに与える影響は大きいとはいえ,フォトリアリズムが達成できていないから次世代のゲームがつまらないという話ではない。CGと分かっていても十分に驚いたり感動したりできるし,PlayStation 4やXbox Oneが描き出すグラフィックスが家庭で楽しめることには,文句なく期待している。
日本では,少し遅れて2014年から始まることになったPlayStation 4とXbox Oneの時代だが,これから10年,どれだけ我々の目を楽しませ,驚かせてくれるのか。手に取ってじっくりと遊べる日が楽しみだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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