業界動向
Access Accepted第314回:2011年のビッグヒットを生み出した,あるメーカーの光と影
2011年前半に発売された「L.A. Noire」は,世界累計で約400万本という大ヒット作になったのだが,開発元であるTeam Bondiが倒産の危機に陥っていることが2011年8月に報道された。オーストラリアのゲームとしては史上最高の開発費をかけて作られた超大作だが,リリース後に元開発者が内部告発を行ったりなど,いろいろと気になるニュースが流れている。L.A. Noireの開発で彼らに何が起きたのかをまとめてみたい。
ゲームにスタッフの名前がクレジットされない
2011年前半にリリースされたヒット作の一つとして多くの人が思い浮かべるのが,Rockstar Gamesがパブリッシングを担当した「L.A.Noire」(PC/PlayStation 3/Xbox 360。邦題: L.A.ノワール)だろう。日本でも2011年7月にリリースされており,現在,世界累計で約400万本のセールスを記録する大ヒット作になっている。今後,PC版のリリースも行われる予定であるほか,続編の制作もウワサされている。
このL.A.ノワールを開発したのが,オーストラリアに本拠を置くデベロッパ,Team Bondiだ。100人ほどの開発スタッフを抱える同社は,小さなメーカーが多いオーストラリアでは最大規模のメーカーだ。L.A.Noireは,7年もの開発期間をかけ,オーストラリア史上最高の開発費で作られた(正確な金額は明らかになってない)と言われるビッグプロジェクトだった。
そんなTeam Bondiが現在,倒産の危機にあると報道されている。イギリスのゲーム業界誌,Developが報じるところでは,同社はすでに経営を継続できない状態にあり,知的財産権(IP)をシドニーにあるKennedy Miller Mitchell(KMM)というメディア企業に売却しており,スタッフは退職するか,KMMに移籍してゲーム開発を続けるかを選択することになったという。
ヒットタイトルを制作したメーカーが,いきなり倒産の危機に陥るというのも珍しい話だが,気になるニュースは,L.A.Noireが欧米で発売された2011年6月にすでに持ち上がっていた。
それは,開発途中で解雇されたスタッフが,「私の名前がゲームのクレジットに含まれていない」と,自ら作成したクレジットを掲載したウェブサイト,「LA Noire credits」を立ち上げたという出来事だ。
どんな形であれ,ゲームの開発に参加したメンバーは,自分の名前がクレジットロールに並ぶことを望む。それが自分の「履歴」になり,ゲーム業界での職探しにも使われるからだ。たとえマスターアップ前に解雇/退職した場合でも,それに変わりはなく,人材の流動性が高い欧米のゲーム業界でクレジットに名前が載る載らないは,ゲーム開発者にとって死活問題となる。
もちろん,名前の掲載に関する最終判断はメーカーが行うわけだが,クレジットのことについて,Epic GamesのCEOであるマイケル・キャップス(Michael Capps)氏がメディアに語っている。
キャップス氏によれば,「クレジットへは,最後まで残っていた人達の名前だけでなく,それが例えば,家族の都合で中途退社したプログラマーだったとしても,必ず名前を載せますね。ゲームの終盤になると,社内の一人一人にクレジットを見せて,抜けている人がいないかチェックしてもらいます。関係者を全員載せるように,最大の注意を払っているんです」とのこと。どんな理由で解雇されようとも,一度でもスタッフリストに名を連ねたならクレジットに必ず載せる。それが,欧米ゲーム業界の慣例になっているのだ。
7年の開発期間がかかった理由
Team Bondiは,ブレンダン・マクナマラ(Brendan McNamara)氏によって2003年に創設されたメーカーだ。マクナマラ氏は,Sony Computer Entertainment Europe傘下のTeam Sohoというスタジオのヘッドを務めた人物で,2002年のPlayStation 2用アクションゲーム「The Gateaway」の成功で評価を得た。その後,ロンドンからシドニーへ移り,「PlayStation 3専用の新作」を開発するという目的でTeam Bondiを立ち上げたのだ。
もっとも,2003年はPlayStation 3の発売される3年前であり,まだ完成していないハードウェアのためにゲーム開発を進めていたことになる。コンセプトを優先させ,さまざまな技術をテストしたが,そのため開発費がかさみ,やがてSony Computer EntertainmentはTeam Bondiとの契約を解消する。そして,それを機にTeam Bondi社内の雰囲気は大きく変わったという。
また,Team Bondi社内で大きな問題だったのは,ロンドンからやってきた数名の管理職と,現地で雇用された開発者達との意思の疎通だったようだ。社内のリーダー達は,厳しいスケジュールや目標を設定し,それを守るよう開発者達に命ずる。そして,トップの要望に応えられないスタッフはすぐに解雇されたという。そのため,人の出入りが激しくなり,新規雇用者が前任者から引き継いだ仕事の内容を,理解するだけで1か月かかるといった無駄が日常化していたというのだ。
開発の途中で辞めたメンバーは,プログラミング部門だけで45人だが,実際に解雇されたのは11人で,残りの34人は自主的に辞めていったとのこと。退職の理由は「過度の時間外労働」だった。
週110時間という,過酷な労働環境
こうした時間外労働に対して,手当が出されていなかったことも問題になっており,シドニーの労働局に加えて,業界団体であるIGDA(Independent Game Developers Association)が調査を行っているという。
2004年,超過労働への支払を訴えた雇用者の家族に対し,Electronic Artsが3000万ドルの慰謝料を払った,いわゆる「EA Spouse」事件以来,欧米ゲーム業界はこの問題に過敏になっている。規模の大小を問わず,ゲーム開発には“クランチタイム”と呼ばれる時期が訪れ,その期間の時間外労働をは珍しいことではないからだ。そのため,ゲームの完成後にボーナスや成功報酬の形で褒賞金が支払われることも多い。
IGNの記事によれば,その後,Sony Computer Entertainmentに代わったRockstar Gamesは,開発の現状を見て,強引ともいえる介入を行い,クリエイティブコントロールにまで口を出すようになったという。その結果,Team Bondiのトップとの関係は冷え切ったが,Rockstar Gamesがそこまでしなければ,L.A. Noireは世に出なかっただろうとする元開発者の証言をIGNは紹介している。
マクナマラ氏には,「自分の理想のゲームを作る」という強い意志はあったようだが,結果としてリーダーシップに欠ける部分があり,Team Bondiは倒産の危機に陥ってしまった。同氏はIGNのインタビューに対して「オーストラリアは,ゲーム開発の歴史が浅く,L.A. Noireのような巨大プロジェクトに参加した経験のある人もいない。また,イギリスのように政府からの資金援助もない」と答えており,条件の厳しさも同氏の焦燥感に拍車をかけていたようだ。
ただ,IGNの記事に登場する11人もの内部告発者の発言に見られるように,Team Bondiのトップがゲーム開発に従事していたスタッフを軽視していたのは疑いなく,それが,クレジットロールへの未記入問題となって噴出してきたわけである。時間外手当の未払いに関する問題は,現在調査中だが,訴訟に発展する可能性は高い。
ファンにとっては,L.A. Noireの続編も気になるところだが,版権を所有していると言われるRockstar Gamesから,正式な発表は行われていない。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるはず。
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