[SIGGRAPH 2002#06]SIGGRAPHに見る,ゲームグラフィックスの今後 -07/25
 セミナーのオープニングでスピーチするSGI社のカート・アキレー氏。
  「OpenGLの一番良いところは"拡張できる"ということです。やろうと思えば,DirectXにも拡張できてしまうんですから」

 ゲームグラフィックスの技術は日増しに向上しており,現在では映画やテレビで見られるCGにさえ,クオリティにおいてほとんど劣らなくなってきている。違いがあるとすれば,それがプリレンダ(あらかじめレンダリングした,固定化された映像)であるか,リアルタイムで描写しているかということくらいである
 その原動力となっているのが,猛烈なスピードで進化していくハードウェア技術。そしてDirectX 8.0以降サポートされた,ハイレベルのシェーディング言語である。これまでのようなローレベルの命令をプログラムする方式では,プロセッサへの負担が大きすぎて,それがソフトウェア開発のボトルネックとなっていた。それがハイレベルへと移行したことで,開発者側がより自由な発想でソフトを制作できるようになったのである。その流れをさらに加速するべく開発されているDirectX 9.0を,ソフトウェア開発者達が自分の物にするまでには時間がかかるかもしれないが,ゲームの開発環境に関していえば,2002年は新しい時代が到来した記念すべき年として捉えることができるだろう。

 さらに,ここにきてOpenGLの規格を協議する公式評議会であるOpenGL ARBの動きも活発化しており,6月にはOpenGL 1.4がリリースされている。実はOpenGL 1.0の誕生が1992年6月だったので,今年6月でちょうど満10年を迎えたばかりなのだ。ちなみにOpenGL ARBは,SGIと3D Labsが中心となり,NVIDIAやATI,Mesa,さらには個人単位でマイクロソフト社のスタッフやid Softwareのジョン・カーマック氏なども参加している。

 Siggraph 2002ではOpenGLに関するセミナーも多く行われており,7月24日にはOpenGLの制作者であるカート・アキレー(Kurt Akeley)氏が代表スピーチを行った。アキレー氏は,OpenGL 2.0はハイレベルのシェーディング言語に対応させると語ったのだが,実はこのことが公式に宣言されたのは初めてのことだ。

 現在最も適切でリアリスティックな流水の表現として話題になっていたデモの画像。
  注いだときに水に混じる気泡が表現されていないが,まるで透明度の高いオイルを注ぎ込んでいるかのようなリアルな映像だ

A Courtesy of Ron Fedkiw, Doug Enright and Steve Marschner at Stanford University.

 OpenGLは,公開された10年前からしばらくの間は時代の最先端を走っていたといえるのだが,DirectX 8.0の登場以降は完全に取り残されてしまった感がある。その反省から,アキレー氏は「今後は1年に1度のペースで,できればSIGGRAPHの開催前に新バージョンをリリースしていきたい」と抱負を語った。つまり,OpenGL 2.0の登場は2003年6月を目標にしているということだろう。DirectX 9.0の正式リリースは2003年2月の予定なので,今後はグラフィックス言語でも熾烈な開発競争が行われていく可能性がある。
 ただ残念なことに,6月にマイクロソフト社がOpenGL 1.4で採用されたARB_Vertex_Programに関して知的所有権に関する提訴を起こしたため,現在シェーダー関係の技術改良はストップしているようだ。マイクロソフト社の名誉のために書き加えておくと,こういう知的所有権に関する揉め事はソフトウェア業界では日常茶飯事のことで,数年前にもNVIDIAがマルチテクスチャリングに関して提訴している。

 今年のSIGGRAPHでよく耳にしたのが,「Haptic」(ハプティック)という言葉。Hapticとは,心理分析学の分野で「触覚」といったニュアンスで近年使われるようになってきた言葉である。
 ここでいうHapticは,例えば目の不自由な人がデバイスを通して手触りの感覚を学習できるといったもので,リハビリ用の機械として使うことはもちろん,ロボットの遠隔操作などにも活用することができる。指先に取り付けたデバイスなどを通して,実際に触った感覚を,振動などから判断できるようにするのだ。エキスポ会場では,ロボットアームのような機器でHapticが体験できるようなデモも多数公開されていた。

 もっと直接的にゲームに関係する話に戻すと,今回のSIGGRAPHで一番話題になっていたのが水や火,衣服などの動きを,いかにリアリスティックにシミュレートするかということだ。すでに"波の揺れ"などの表現は一般的になっているが,もっと小さいスケールでの水の流動,例えばコップに注がれる水の動きなどは,誰にとっても身近なものにも関わらず,なかなか再現が難しい。なにせ水の動きは法則さえ発見されていないから,グラフィックス研究者にとっては大きな目標となっているようだ。
 また,皮膚などオーガニックなものを表現するためのテクスチャリング技術や,筋肉の動きを表現するデフォメーションなども,今後さらに発展しそうな気配。SIGGRAPHではもはや名物になっているモーションキャプチャ技術のデモを紹介するダンサー達からも,データを読み取るための青い玉を体中に貼り付けるような従来の方式は敬遠されており,リアルタイムで処理したり,ビデオから直接情報を取り込んでコストを抑えるようなものも展示されていた。

 ATI社のデモで公開されたこともある,ブラジルのアルソー・バプティスタオ(Alceu Baptistao)氏のデモ「Kaya」は,DirectX 9.0を採り入れて少しずつ改良されている。
  簡単な技術にも見えるが,マルチテクスチャリングを始め,デプスオブフィールド(望遠効果)や露出オーバーなど,DirectX 9.0でなければ実現できないような高度な技術が満載されている

(C)Alceu Baptistao

Text by 奥谷海人