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【Flagship Studios Webサイト】 |
ビル・ローパー(以下,BR):4G:
いきなりですね(笑)。あの頃のBlizzard Entertainmentは,本当にどうなるのか検討もつかない状況でした。Vivendi Universal社の経営状態が不安定になり,母体が倒産してしまうのか傘下のゲーム部門だけ切り離して売却してしまうのかが分からず,我々Blizzardの人間もインターネット上のニュースサイトが唯一の情報源でした。VivendiとBlizzardの間に直接的なコミュニケーションがなく,通常のNewsやウワサレベルの話しかなかったのです。 彼らの決定が,結果的に我々開発者の未来をも決めてしまうというのに,何が起こっているのかが伝わってこない。そうやって不安と不満が蓄積していく中で,どうすれば会社としての先行きが見えていくのかを上層部の人間で検討したのですが,コミュニケーションがない以上我々だけで寄り集まっていても打開できません。それで辞表を持って直接談判しに行ったんですが,向こうはそのまま受理しちゃったんです(笑)。
BR:4G:
僕らがどれだけ真剣に会社のことを考えているかを見せるための行動だったんですけど,こっちも向こうも引くに引けなくなったんでしょうね。だから,本当は分裂して新しく会社を立ち上げようとは思っていませんでしたし,途中で投げ出した作品のことを考えると今も無念です。手をかけているプロジェクトのことを考えて,開発者としての長期的な展望や利益を考えてのことだったのですが,気がついたらそのプロジェクトとは関係のない立場になってしまったんですから。 それで,次の日には辞表を提出した仲間が集まって新しいゲーム会社を作ることにしたわけです。
BR:4G:
辞表を提出したメンバーは,デイビッド・ブレヴィック(DiabloとBattle.netを生んだメインプログラマ兼デザイナー),エリック・シェーファー(Erich Schaefer:Blizzard Northの元プロジェクトリーダー),エリックの兄弟のマックス(Max Schaefer:Blizzard Northのバイスプレジデント兼新作のプロジェクトリーダー),そして私の計4人です。その2日後,つまり新しい会社を設立するときには,プログラミング部門から「DiabloII」の1.10パッチを担当したピーター・フウ(Peter Hu)とWorld of Warcraftをリードしていたタイラー・トンプソン(Tyler Thompson),Diabloシリーズのアートディレクターだったデイブ・グレン(Dave Glenn)やキャラクターデザインのフィル・シェンク(Phil Shenk),それからビジネス担当のケニス・ウィリアムス(Kenneth Williams)を合わせた9人となりました。
BR:4G:
ええ。でも,実は2年前に本社であるBlizzard SouthからBlizzard Northに異動して,新しいプロジェクトのリードデザイナーをしていたのです。
BR:4G:
いえいえ,まだちゃんと機能していますよ。我々マネージメントレベルが抜けたことで人事の入れ替えがあったときや,二つあったチームを一つに統合したときに何人か辞めていったスタッフもいますが,次期作品のプロジェクトは進められているようです。
BR:4G:
いや,まだ人材は増やしていません。実はまだ新しいオフィスに移ってもいなくて,タイラーの自宅にPCを並べて作業しているんです(笑)。プログラマーはガレージに,あとはリビングやダイニングルームまで占拠しちゃってますしね。場所がなくて,キッチンにも机と資料を置いている状態。彼の奥さんが理解ある人で良かったですよ(笑)。
BR:
ええ,オフィスの候補はかなり絞り込んでいるんですけどね。サンフランシスコ市内にすることは考えてますけど,ネットバブルが弾けたあとは入居する側が有利で選び放題になっているんです。だからいろいろ迷っちゃって……(笑)。まあ,ガレージでのゲーム制作を体験するのも,ルーツに戻ったようで悪くないですよ。
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