シベリア 日本語版

Text by 松本隆一
19th Sep. 2003

大ヒットアドベンチャーゲームの日本語版,登場

 「シベリア」は,2002年6月にアメリカで発売される前からすでに注目され,発売後は各メディアの主催するゲーム賞のアドベンチャー部門をほぼ総ナメにし,アドベンチャーゲームとしては久々のヒットになったゲームだ
 だが日本ではほとんど話題にもならず,日米のPCゲーム事情の違いについ思いを馳せてしまうのは,こんなときだなあ,ぼかぁ。当然,日本語版発売のアナウンスもなく,そういや,「ノーワン・リブス・フォーエバー」は1年待ったし,あんなにヒットした「グランド・セフト・オート」だって2年かがりでやっとだったんだから,こりゃあ日本語版は出るまいと,一人でこっそり英語版を入手し,一人でこっそりプレイしたのである。いや,べつにこっそりやる必要はなかったんですけどね。なんとなく。

バロクシュタット駅の駅長。高いところが苦手

 しかし,このたびメディアクエストから日本語版が発売されるというニュースを聞き,おお,まだまだイケるじゃん日本のPCゲーム界,と,根が単純なもので,結構喜んだ次第。とはいえ,個人的に好きなゲームなだけに,日本語版がどんな感じなのか大いに気になるところではありました。

 シベリアを作ったのは,フランスのデベロッパMicroids,アメリカでの発売元はDreamcatcher Interactive。資料によってはパブリッシャがThe Adventure Companyとなっているが,これは同じ会社の違うブランド名らしいので,気にすることはない。誰も気にしないか。そうか。
 しかし,UbiといいVivendi Universalといい,いつの間にやらフランスは押しも押されもせぬPCゲーム大国になっているではないか。しかも,ターゲット市場ははっきりとアメリカで,それはMicroidsが本拠地をアメリカにほど近いカナダのモントリオールに移したことでも分かる。モントリオールは,フランス語と英語が通じる世界でも数少ないバイリンガル都市であり,アメリカ市場を狙うフランス企業にとってこれほど都合のいい町はないのである(また聞き)。

 ちなみに,フランスのゲーム躍進の影に,政府が国策としてゲーム産業を奨励している,という記事を以前どこかで読んだことがあるが,今のところ,それ以上そのことを裏付けるような資料が見つからない。なにしろ読めないですからねえ。どなたかフランス語に堪能な方,知っていたら教えてください。

美しいグラフィックスに彩られた不思議な旅の物語

 さて,ケイト・アーチャーは美貌の女スパイだが,ケイト・ウォーカーはニューヨークの物静かな弁護士。大手おもちゃ企業の代表として,ある工場を買収しに南フランスの田舎町にやって来る。町に着いた彼女が見たのは,物悲しい太鼓の響きと共にやってくる葬儀の列。だが,そこに生きた人間はおらず,喪服を着て傘をさし,黙々と歩いてくるのはすべて"からくり人形"(オートマトン=自動人形)だ

列車を運転するからくり人形,オスカー。型番はXZ2000。融通の利かないやつ

 うーむ。しょっぱなからムード抜群。哀調をおびた音楽。しのつく雨。絵に描いたような(絵なんだけど)古ぼけた田舎町。
 驚いたことに,ケイトの交渉相手である女性アンナ・ボラルバーグは,前日に死亡(ケイトの見た葬列は彼女のものだったのだ)しており,しかも世間から死んだと思われている彼女の弟ハンスが実は生存していて,今や工場のすべての権利は彼のものだというのだ。かくして,シベリアのどこかにいるというその弟を探すケイトの旅が始まった。
 旅するために使えるのは,ハンスから送られた手紙をもとにアンナが作らせた列車と,運転を担当するからくり人形,"XZ2000"ことオスカーだけだ。ケイトはハンスの足跡を追って,南フランスの小さな町バラディレーンから,風変わりな大学町バロクシュタット,見捨てられた工業都市コムコルツグラッド,そしてかつて栄華を誇ったが,今では見る影もない保養地,アラルバッドへと探索の足を伸ばすのだった。

 旅ものアドベンチャーといえば,シベリアの直前に一世を風靡した「The Longest Journey」があるが,そういや,あっちはついに日本語版が出なかったなあ,ってのはどうでもいい話なんだけど,シベリアのゲームシステムは,そういった"洋ものアドベンチャーゲーム"の中では最も簡単なほうで,基本的にマウス一つで何でもできる。画面上,移動できたりオブジェクトを拾えたりするところではアイコンが光ったり形が変化して教えてくれる。そこでクリックすれば画面が変化したり,ケイトがオブジェクトを拾って懐にしまったりするわけだ。超簡単。
 ちなみにケイトってば,何を拾ってもジャケットの前を開いて懐にしまい込むのだが,そりゃちょっと無理だろ,持って歩けよ,という大きさのものも気にせず胸元へしまい込む。ドラえもんに影響を受けているのかもしれない,と思うのは考えすぎだろうな。

 ストーリーとデザインを担当しているBenoit Sokalは――ここは一つ"ベノイト"などと読まずにフランス風に"ブノワ"とお呼びしたいところだが――有名なコミック作家で,ゲームに進出するのが今回が初めてらしい。独特な世界観を持っていて,登場するすべてのオブジェクトはどれも見事に統一されたタッチで精密に描かれ,各場面にはゆるみがない。出てくるからくり人形や,ロシア製の機械類など,ひと味違ったレトロ感が漂っていて個性的だ。
 しかし,登場人物については好みの分かれるところか。ケイト・ウォーカーその人は,心根の優しさや人柄の良さは感じられるものの,日本のゲーマーにはどうだろう? 意外とフランス人には,チョーかわいーケイト萌え〜! なのかもしれないが,面長のララ・クロフトという感も。ひと通り付き合った私個人としては,いい女だと思うんですけどね。
 いずれにしろ,アドベンチャーゲームには珍しく,800×600ドット画面にこだわった価値はあり,ビジュアル面のインパクトは十分だ。発売当時からそのグラフィックスの美しさは評判だったが,一見の価値ありだと思う。

 もっとも,本当にロシアやシベリアに在住している人には,ゲームに描かれている世界は現実とかなり違うと感じるかも。たぶんそうだろう。辺境地帯に見上げるばかりの城壁が並び,ロシア軍の士官がコサック兵を見張っているとは思えないし,ロシアの学生が,制服を着ているとも思えない。日本人がシルクロードや西域に妙な郷愁を覚えるように,ヨーロッパ人にとってシベリアはある種の感情を喚起するのだろう。
 ちなみに,通常はSIBERIAと表記されるシベリアが「SYBERIA」になっているのも,そのあたりに理由があるのじゃないか(発音はどっちも"サイベリア")と疑っていたが,ゲームを進めるとちゃんと理由のあることが分かってちょっと残念。

 
 
主人公,ケイト・ウォーカー。公式サイトによると30歳。旅を続けるうちにどんどん強い女になっていく。この物語全体が,ケイトが本当の自分を再発見する旅なのだ。いい女だと思うけどなあ   行く必要がなければそのように,何かアイテムを拾う必要があればそのようにケイトが言うので迷うことはない。ゲームの舞台ははっきり2002年で,上司やフィアンセからの携帯がしょっちゅう鳴る。謎解きのためこっちからかける必要があるのは2回。拾えるものはなんでも拾うのが原則。ちょっと泥棒っぽいけどね

意外な展開の物語,感動シーン,これぞ新世代の正当派アドベンチャー

バロクシュタット大学の首脳。ケイトに仕事をくれる

 果たされなかった約束,失われた夢,過去の栄光,兄弟愛,といったテーマが前面に出て,しかも美しいグラフィックスと静かでもの悲しい音楽など,泣かせのゲームなのかな? と思いきや,意外にも物語はそれとはやや違う方向に進む。とくに,準主役ともいえる自動人形オスカーが出てくるあたりから,ファンタジー色が強くなってくる
 ケイトが移動の手段としている列車は,ハンスの設計によるものだが,なんとゼンマイを動力としており,ゆるんだら,各駅に備え付けられたゼンマイ巻き機でギリギリと巻き上げなければならない。それ以外にもハンスの手によるガジェットが多数登場するのだが,いくらハンスが歯車とスプリングの天才だとしても,それは無理じゃないの,ねえ,という機械も結構ある。だいたいオスカーを歯車とスプリングで作れるのだろうかとも思うが,まあ,それは野暮ってもんですね。
 とはいえ,ケイトを乗せた列車が進むにつれ,謎だったハンスの姿がだんだんに明らかになり,そんなことはやがて気にならなくなる。本人は姿を見せないが,数多くの証拠からハンスがなぜシベリアに心惹かれるのか,なぜマンモスに取り憑かれているのといったことが次第に分かってくるという,ちょっと"夢で見た相手を捜す"といったムードのロマンチックで,うまいストーリー展開だ。このごろのギャルゲーでよく見る"泣かせ系"ではもちろんなく,ファンタジー色も強いが,背後にあるのは骨太の正統的なマンハントものアドベンチャーといえるだろう。もちろん,ジーンと来るところも多いんですけど。

 ただ,アドベンチャーゲーム特有の問題もないわけではない。フラグが立つまでは何を聞いてもみんな同じ答えしかしないし。質問の順番を間違えると,ちぐはぐな会話になってしまう場合も。なまじ操作が単純で,できることが少ないぶん,謎にハマるとニッチもサッチもいかなくなることが多い。ほとんどが簡単なパズルだが,ときどき,どうやって解決したらいいのか分からないような難問もある。
 いわせてもらえば,あの美声を取り戻すカクテルの製造法なんて,絶対に分かんないっスよ,ブノワさん。ホテル・ムリッツに電話するなんて思いつかないし,温泉使いづらいし。

やっぱり日本語版! ストーリーが分かりすぎる!

 そういう点で,やはり日本語版はありがたい。細かいニュアンスも伝わるし,なにより辞書なしで読めるのがとても嬉しい。私は英語には堪能だが(←うそ)やはり日本語ラブだなあ。
 ただ,字幕に使われているのがシステムフォントってところがちょっと残念。パンフや新聞などにはそれらしいフォントを使っているのだから,字幕もそうしてほしかった。
 日本語版に定評のあるメディアクエストなので,訳に関してはまずまず文句はない。ただ,あまりに基本的なところで申し訳ないが,"からくり人形"は個人的にちょっと違和感ありかな。オリジナルの"オートマトン"(複数形はオートマタ)じゃ分かりにくいですかね? 分かりにくいか。
 あと,英語版の字幕が出れば,さらに嬉しいところだ。登場人物の英語は,実に上品で正確なので(ロシア訛りはきついけど),勉強になるからだ。まあ,英語版買いなさい,って話もあるけど。

国境を警備するマラテスタ大尉。極度の近眼 コムコルツグラッドの工場長,セルゲイ・ボロディン。長い時間を孤独ですごし,ちょっとおかしくなっている


続編にも期待大
それまで各自「シベリア 日本語版」を終わらせておくように!

※この項には一部ネタバレがありますので,ご注意ください

バロクシュタット大学の古生物学者ポンス教授。マンモスの専門家

 やがてケイトの旅は終わり,最後のシーンが挿入される。
 30秒ほどの無言のエンディングムービーは,ゲーム史上においてはどうなのか分からないが,オレ的には間違いなく歴代エンディングの中で堂々ベストワン。それまで,照れ笑いをする程度で,声を荒げることも感情を表に出すこともほとんどなかった冷静なケイト(たまに恋人と喧嘩する)が見せる意外な側面。すべてを捨て,桟橋を全力で駆け抜けるケイト。盛り上がる音楽。降りしきる雪。いやー,ジーンとくるなあ! 個人的には,このシーンのためだけでも,プレイする価値があると思う。

 と思っていたら,ほぼ当然の展開ながら続編の制作がアナウンスされた。発売予定日はちょっと遅れ気味で,当初2003年秋だったが,最近は2004年春に訂正されている。
 続編? おれの"ジーン"はどうしてくれるんだ,という気持ちもあるけど,確かに今回のストーリーは長い話の一部という雰囲気だった。なんせ,最後には間違いなくマンモスの住むシベリアに行くものだと思ってプレイしてましたからね,わたし。よって,これは嬉しい話だ。最近になってScreenshotsやストーリー,キャラクターなどが次々とメディアに公開されているが,それによると,これがシリーズの完結編で,シベリアの物語がこれ以上続くことはないとのこと。ただし,ケイト・ウォーカーが別の旅をすることはあり得るらしい,グラフィックスなどはもちろん,ゲームシステムも改良され,ケイトもちょっとだけいい女になっていたりして,非常に楽しみだ。
 そんなわけで,シベリア2がいち早く日本語化されるためにも,ぜひ今回のシベリア 日本語版を世間様にプレイしていただきたい所存である。同じアドベンチャーというジャンルでも,国産ソフトとはまったく違うアプローチで作られたゲームシステムやストーリー,さらにはなぜこのゲームが世界的な評価を獲得したのかなどを直接体験する良いチャンス。しかも,それを日本語で。うらやましいこと。

元テストパイロット,ボリス・チャロフ大佐。今では見る影もないアルコール中毒。だが,星に行く夢は捨てていない アラルバッドのホテルの受付であるフェリックス・スメタナ。サッカー好き 世界的な評価を得たソプラノ歌手。現在,体調を崩してアラルバッドで長期静養中

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■発売元:メディアクエスト
■価格:8980円(2003年9月26日発売予定)
■問い合わせ先:メディアクエストユーザーサポート TEL 03-5805-3629
■動作環境:Windows 98/Me/2000/XP,PentiumII/350MHz以上(500MHz以上推奨),メモリ 64MB以上(Windows 2000/XPは128MB以上),空きHDD容量 400MB以上(800MB以上推奨),メモリ16MB以上搭載したビデオカード(メモリ32MB以上推奨),DirectX 8.0a以降
Screenshots集
英語体験版
ムービー(MPG:2分42秒:27.5MB)
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