IL-2シュトルモヴィク 日本語版

Text by 松本隆一
18th Dec.2002


■コンバット系フライトシム,希望の赤い★

ドイツ空軍は,2機一組の"ロッテ"が一単位で,通常,2ロッテで"シュバルム"を組んで戦闘する。ロッテの長機と列機は,なにがあっても一緒に行動しなくてはならない

 筋金入りのヌルいフライトシムファンである私にいわせてもらえば,昨今の飛びモノの状況はかなり危機的といえるだろう。まさに墜落寸前。このところ新タイトルのリリースも減り,私の好きな大戦レシプロ機フライトシムとなると,ほぼ全滅状態。2年にいっぺん新作の出る「マイクロソフト コンバットフライトシミュレータ」(CFS)シリーズの独占市場となっている。次から次から新作が発表されるFPSやRTSに「うらやばじー!」とハンカチの端っこを噛みしめる毎日だ。盛り下がりの主な理由は,

  (1)ルールがあまりにも単純でごまかしが利かない
  (2)そのわりにリアルなグラフィックスとか航空機の挙動を決めるフライトモデルとかに手間と予算がかかる
  (3)しかもユーザーはうるさ方が多い

 といったところだろう。かつてペルシャ帝国のような隆盛を誇ったジャンルだけに,「なんとかならんのかねチミ!」と嘆くマニアも多いはずだ。
 そんな中,2001年11月に海外で彗星のように登場したのがこの「IL-2シュトルモヴィク」(以下,シュトルモヴィク)なのである。まさに干天の慈雨のごとく,乾いたフライトシミュレータファンの心に染み入って予想外のヒットを飛ばしたというのも記憶に新しいところだろう。発売元はフランスの大手パブリッシャー,Ubi Soft。開発したのはMaddox Gamesという,これまで"MadSpace"とか,"Z.A.R"とか,あんまり知られていない3Dアクションを作っていたデベロッパー(もし,「オレ様は熱烈なMadSpaceエンスーなんだー!」という人がいたら,どうもすいません)。発売直後からさまざまなゲームメディアで高い評価を受け,CFSシリーズ以外では珍しくアドオンソフトなども発売されている希望の星なのだ。
 そんな「シュトルモヴィク」が,約1年を経てメディアクエストによってついに日本語化されたのだから,これはもう筋金入りのヌルファンである私もプレイせねばなるまいというわけだ。うむ,ここまでは実にいい流れだ。

セピア色の画面やフィルムの傷など,50年前の記録映画をイメージさせるムービーだ

■空飛ぶ戦車に関する一考察

ミッションによっては,悪天候の中を飛ばなければならない。降雨の雰囲気もなかなか出色だが,うっかりしていると地面に激突する

 シュトルモヴィクとは第二次世界大戦中にソ連が使用した航空機のあだ名で,本名はイリューシンIL-2。独ソ開戦約3か月前の1941年6月に配備が開始,大戦全期を通じて実に36163機が生産されたという,東部戦線を代表する航空機だ。単機の生産数としては,もちろん世界最大。主要サブタイプは6種類だが,ゲーム中には武装違いなどで実に10種類のシュトルモヴィクが登場するから,マニアもうっ! 大満足。戦後も改修型のIl-10が共産圏を中心に供与され,朝鮮戦争でアメリカ軍のジェット機とも交戦している(結果ボロ負け)。シュトルモヴィクは戦闘機でもなく,といって急降下爆撃機でもなく,ソ連独自の考え方で作られた重装甲対戦車地上襲撃機だ。もっぱら低空を飛び,地上を移動するドイツ軍戦車や輸送部隊を攻撃する。地上からの砲火に耐えるため装甲はぶ厚く,後期には装甲重量だけでなんと約1トンにも達した。ゼロ戦を開発した堀越技師が1グラムでも軽くするために桁材に小さな穴をいくつも開けたのとは好対照だ。スラブ的重厚さってやつですかね
 そのためIL-2はソ連パイロットからは「空飛ぶ戦車」とも呼ばれ,滅多なことでは落ちないと高い信頼を寄せられる。また,やられる側のドイツ軍からは「黒い死神」と恐れられた。ちなみにシュトルモヴィクの下面は鮮やかなブルーグレーで塗られているので,なんで"黒"なんだかはよくわからない。ゲルマン的合理主義ってやつですかね。違うけど。
 それにしても東部戦線とはシブい,シブすぎるチョイスだ。その前年(2000年)発売のCFS2が日米南太平洋航空戦を扱っていたから,ヨーロッパ戦線でもよかったんじゃないかと思うが,あえて独ソ航空決戦を選んだその意気がウレシイ。企画書にゴーを出した担当者の人,プロジェクトXとかに出演しないかな。
 いやーしかし,東部戦線である。その4文字熟語(?)を聞いただけで,なんかもう人の命なんか一山10円みたいな。殺すなら殺せイズムみたいな。ようするに当時のドイツで「東部戦線送りだ」と言われるのは,冷凍庫の中で銃殺刑になるのも同然の死刑宣告だったのである。

後部機銃手にもなれる。これはただ撃つだけだから気楽。とはいえ,調子に乗って水平尾翼を吹き飛ばしたぞ 激しい空中戦を制して基地に帰投する。そのとき初めて垂直尾翼に被弾していることに気がつく。今日もなんとか生き残ったぜ,と気取ってみたりして


■西部方面軍混成航空師団第403突撃航空連隊(長すぎ)発進!

滑走路上に哀れな姿を晒すわが愛機。ちくしょう。進入角はよかったけど,速度が速すぎたようだ

 操縦桿をグッと引き,腹に堪える爆音とともに飛行を開始すると,たちまち茫漠たるロシアの大地が広がる。1941年の夏のある日,私は新規に受領したイリューシンIL-2を駆って,ヴィテブスクという町から脱出しようとしているソ連市民を助けに向かうところである。町には憎っきファシストドイツのホト上級大将率いる第3戦車軍集団が迫り,わが第22軍第128ライフル師団が必死の抵抗をしているのだが,もしかすると抵抗しているのが第3軍で敵が第22だったかもしれない。なんでもかんでも数字ばっかりだから,覚えられないではないか。たまには「くまさん」師団とか「田中さん」師団とかであってほしい。まあ,それはともかくミッションはすでに始まっているのである。
 ちなみにゲームモードは,シングルミッション,パイロットキャリア(いわゆるキャンペーン),マルチプレイ,トレーニングと必要なものは全部揃っている。またクイックミッションビルダーフルミッションビルダーも用意されていて,空中戦や空襲などを簡単にプレイしたいときは前者を,本格的なミッションを作成したいときは後者を使えばいいわけだ。
 さて,すでに飛んでおきながらナンだが,やはり飛行の前にはトレーニングモードで基本的な事項は押さえておくのが大人のパイロットだ。このへんが,フライトシミュレータは苦手という人が多い理由の一つでもある。FPSなら「左手で前後左右移動,マウスでターゲッテイング&発射,ホイールで武器交換」という,たった一行でも説明できる簡単さ。対してこちらは単に飛び上がるだけだって,「エンジン回して,ブレーキ解除して,フラップ下げて,滑走して,所定の速度になるのを待って,うわー飛んでないのにギア上げちゃった」という雰囲気だ(上がらんが)。
 しかも私のようにほかのフライトシミュレータ作品と平行して遊んでいると,どのキー押すと何が起きるのかわけが分かんなくなって,どんどん墜落していくのである。合掌。つまりこれがいわゆる「リアリティ」と「ゲーム性」の宿命のせめぎ合いであるのだけど,「シュトルモヴィク」の飛行難易度はやや「難」に属するんじゃないかと思う。リアリティ優先というわけだ。たとえば離陸時に頭を左にふられるプロペラ効果に対しては,普通なら軽くラダーを当てれば収まるはずだが,その当て加減が非常に難しく,うっかりするとすぐに滑走路を飛び出してしまう。しかも,いったん飛び上がってギアとフラップを上げ,上昇に入ってからも,わずかに迎え角が大きすぎただけで墜落したりもする。離陸がこれだから,着陸は言わずもがな。フラップを離陸位置まで下げ,同時にギアを下げるのがセオリーなのだが,そうすると急に安定を失って,滑走路に正対し続けるのが非常に難しくなる。ほかのゲームでは目をつぶっても航空母艦の狭い飛行甲板に着艦できるこの私が,野原以外何もないようなところで滑走路のシミになってしまうのである。「ぐやじー!」とハンカチの端っこを噛みしめる毎日だ。
基本である離着陸から始まり,地上攻撃や空中戦などを学べる。まず,通しでお手本が示され,その後,自分でやってみるというスタイル
 もっとも,「リアル」とか「普通」とか「セオリー」とか言ったところで,よく考えればこのオレ様が本物の飛行機を飛ばしたことがあるわけじゃなく,すべてほかのフライトシミュレータ,つまりはマイクロソフトのCFSシリーズとか「フライトシミュレータ2002」とかと比べてということだ。「フライトシムはフライトモデルが命」というのは私がたった今思いついた言葉だが,最初からこの「シュトルモヴィク」のフライトモデルでプレイしていれば,変な先入観もなく素直に上達できるかもしれないな。実際ネット上では「シュトルモヴィク」のフライトモデルの評価は高い。空気力学に100パーセント従ったフライトモデルなんかスーパーコンピュータでも実現不可能なんだから,いずれにしろマニュアルにもあるように地味な練習を積み重ねていくことがエースへの道なのだ。パイロットに王道なし,と昔から言うではないか。しかし同じメッサーシュミット109でも,CFS3なら2,3回ゴー・アラウンドするだけですぐに着陸できるんだけどなあ,おかしいなあ(負け惜しみ)。



■その瞬間に精神を集中せよ!

クイックミッションビルダを使えば,必要なパラメータを入力するだけで簡単に状況を作り出すことができるため,練習などにもってこいだ。好きな機体で敵エースと戦おう

 とかなんとか言っているうちに,わが機の無線機が「ムニュー,ムニュムニュー」とも聞こえるロシア語で「目標到達まであと5分」と知らせてくる。どのミッションも比較的シンプルで,だいたい離陸→飛ぶ→地上攻撃→帰る→着陸,という感じ。つまりミッションの90パーセントはブーンと飛び続けるだけ。離陸はマニュアルでやるしかないが,そのあと自動操縦をオンにすれば,ホントにもう黙って見ているだけなのだ。時間を何倍かに進めることはできるが,飛行コースを逸れて近道しようとすると,隊長機に「何やってんだよ,ついてこいよ」と突っ込まれる。それに定針儀以外の航法用計器はないから,私ら下々の者は黙ってついていくだけなのである。
 思えば素朴な戦争である。今日び,セスナだってDME,VOR,ADFなど,もっと至れり尽くせりな航法装置がついている。着陸5分前からテキパキ準備して,夜中だってさっと着陸しちゃうぜちくしょう(なぜ怒る)。しかも,AWACSのような航空管制機もないから,敵と遭遇するのもなかば運まかせだ。人工衛星もないし。というわけで基本的に,飛行は地べたを眺める地紋航法でいくしかないわけだ。茫々の平野が果てしなく続く母なるロシアの大地はどこが鼻やら口やらで,これといった目標もなく,島国出身の日本人の地理的限界をはるかに越えて広がるのよ。
 とはいえ,激ヌルファンである私は,実はこの「敵に向かう」緊張感が意外に好きだったりする。来るべき戦闘に思いをはせ,機外に視点を移し,多数のポリゴンで作り込まれた愛機の姿を眺めたりする。機体テクスチャの光の反射ぶりはなかなか美しく,塗装などを変えるMODもいくつかのWebにあがっているようだ。
 評判通り,「シュトルモヴィク」のグラフィックは申し分がない。前年発売のCFS2では飛行機のディテールに対する評価は高かったものの,海とジャングルばっかの下界が退屈だとされた。こちらの大地もひたすら広がっているが,そこを川が流れ,波が打ち寄せる海があり,工場や町,森など変化に飛んでいる。マッピングされた海面もリアルであり,きれいにぼかされた雲海も美しい。それだけでなく機銃発射や爆発,急旋回で翼端に流れるコントレール(飛行機雲)など,細かいエフェクトも見事である。
 窓の外を眺めると,雲を通して地面が見え,高いところにいるため尻がムズムズする。これこれ。この尻ムズ感(命名オレ)がフライトシミュレータの醍醐味なのだ。リアルなグラフィックもサウンドも,すべてこの尻ムズ感のためにあるといってもいいだろう。「ああ,オレは今飛んでいる。うっかりするとおっこちるんだなぁ」,なんて。この「シュトルモヴィク」の尻ムズ感はかなり高い。超ムズムズだ。もっとも私には「マイクロソフトフライトシミュレータ98」を「究極のリアリティ。これを越えることはもはや不可能」なんて某誌の記事で高らかに宣言してしまった前科があるので,あまり真に受けてはダメだぞ。だってあのときはホントにすごいと思ったしー。
 ともかく,この蒼空感と尻ムズ感と緊張感と孤独感はけっこう病みつき。大人だなあ。

作戦の流れはこんな調子だ。自動操縦にまかせていれば楽だが,自動だからって,ミッションがいつもうまくいくわけではない


■地上攻撃に飽きたら空中戦だ!

ひたすら機関銃で撃ち合うという,ある意味笑っちゃうほど原始的な空中戦。それだけに燃える。ブラックアウトとレッドアウトも再現されているので,操縦桿の引きすぎには注意だ

 隊長機が降下を開始し,あっという間に戦闘に突入した。無線機に叫び声が飛び交う。「むにゅー! むにゅむにゅー!」。2番機が隊長に怒られているようだけど,オレは何番機なの? 敵はどこ? 対空砲が愛機の左右でポンポンとはじけ,そのたびに機体がよろめく。なんかよくわからないけど,前の機体に続いて突入。地面に向けてロケット発射。当然命中せず。しかし隊長「よくやったぞ。まるで映画のようにうまくいった」。そして画面中央に堂々と「ミッション完了」の文字。その間,約5分。あら,もう終わっちゃった。何もできなかったんですけど。
 実際,敵味方を示すラベルなどはないしレーダーのような軟弱なガジェットもないから,両方の目で見て相手を確認し,それから撃たなければならないのだ。しかも地上攻撃には空中戦とはまた違った難しさがある。機関砲を当てるためには銃口が目標を,つまり地面を向いていなければならない。地面に向かって飛ぶということは,ようするに高速で降下しているわけだ。あっという間に目の前に地面が広がり,あわてて機首を引き起こすと銃口もはねあがり,目標には命中しない。コツはギリギリ一杯まで粘ることと,発射の前後にラダーを踏んで頭を左右に軽く振ることなのだが,最初からそれができれば苦労はない。急降下爆撃で空母に60キロ爆弾を命中させるのとは違う難しさである。まず当たらないな。
 いずれにせよ,長い飛行のあとの白熱した短い戦闘というのが,この「シュトルモヴィク」の基本スタイルだ。ゲーム性にはやや欠けるかも知れないが,実にリアルである。
 メニュー画面から「オブジェクト表示」を選ぶと,敵機や地上の車両などのデータが得られる。私が地上攻撃をしている最中などは,低空を稲妻のように通り過ぎながら「あ,なんか戦車がいる」がいいところなのに,実はゲーム中でもドイツの3号戦車など型ごとに実に細かくディテールが描き込まれていたのだ。うーん知らなかった,感動ものだ。「裏は花色木綿」というやつである。いつか「隊長,敵は4号突撃砲ではなく3号突撃砲です」とか言ってみたいものだ。
 さて,ソ連軍の「空飛ぶ戦車」の任務に飽きたら,ドイツ軍のキャンペーンでエースを目指すのもありだろう。こちらはメッサーシュミットやフォッケウルフといった有名機体による空中戦が楽しめるので,よりゲームっぽくなる。相手はYakやポリカルポフ,ラボーチキン,ペトリアコフなど,およそPCゲームに出てくるなどとは想像も出来なかったソ連のマイナー機体(機数は多いんだけど有名度という点で)のオンパレード。やはり,いずれもかなり気合の入ったモデリングで,Maddox Gamesにそのスジの従業員がいたことは間違いないだろう。さらに対艦ミッションがあったり,352機も撃墜したハルトマン少佐などの有名エースと戦うシーンもあったりと,5回に1回しか無事に着陸できない私にとって遊びきれないほどのアトラクションが用意されているのだ。うれしくって涙が出るでございますよ。
 しかも「あと3年は遊べる」と思っていたら,実はこの「シュトルモヴィク」は2003年に続編がリリースされるらしいではないの。内容はまだ知らないが,もしそれが本当なら(本当だろうけど),我々は毎年CFSと「シュトルモヴィク」いずれかの新作を交互に遊べるのではなかろうか。もちろん,その間には平和な「MSフライトシミュレータ200x」もあるだろうし,「LockOn」のようなジェットシムもあるわけだ。冒頭に書いたことをいきなり最後にひっくり返してなんですが,フライトシミュレータはまだイケてるような気がしてきました。バンジャーイバンジャーイ!

ゲームに登場するすべてのオブジェクトの外形,性能を見ることができる。3号J型とN型が細かく描き分けられているが,上空から見えるのはほんの外形だけ。東部戦線にほとんど登場しなかったジェット機も用意されているのだ


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■発売元:メディアクエスト
■価格:8980円
■動作環境:Windows 98/Me/XP,Pentium II/400MHz以上,メモリ128MB以上,HDD空き容量600GB以上

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