アークトゥルス

Text by 星原昭典
25th Jun. 2003

老舗日本ファルコムがローカライズする韓国産シングルプレイRPG

 「アークトゥルス」は,日本ファルコムがアジア圏の作品の日本語ローカライズ&プロデュースを行う"海外プロデュースシリーズ"の3作めである。オリジナルは,韓国のSonnori社とGravity社が手がけた2000年発売の作品だ。
 Gravity社といえば,すでに日本でもローカライズ版のサービスが行われているMMORPG「ラグナロクオンライン」でお馴染みだろう。ゲームエンジンの仕様と,グラフィックスのテイストから分かるように,「アークトゥルス」は「ラグナロクオンライン」の,いわば原型となった作品である。

 ゲームは魔法が存在し,科学技術が未発達な世界,つまりファンタジー風の世界を舞台に進行するシングルプレイ専用のRPGだ。プレイヤーの操作するパーティは物語の軸となるキャラクター達で構成され,おのおののキャラクターはそれぞれの背景と目的を持って行動している。ゲームシステムは一般的なシングルプレイRPGと同様で,戦闘により経験値を得てレベルを上げつつ,イベントを繰り返すうちに,キャラクター達は世界全体を揺るがすような動乱の渦中に身を投じていくことになる。

豊富なパターンが2Dキャラクターに演技力を持たせる

 本作のゲーム画面は,ポリゴンで作られた3Dの背景上に,2Dで描かれたキャラクターを重ねるという手法で作られている。つまり,「背景がただのプリレンダリングのグラフィックスである」ということではないのだ。ゲーム世界自体はリアルタイム処理されている3Dグラフィックスで作られており,画面はある程度の拡大/縮小と回転が可能
 また移動/戦闘のみならず,ゲーム中に発生するイベントもほぼすべてこのエンジン上で処理される。

 プレイするうちに気がついたのは,2Dキャラクターのアニメーションパターンが驚くほど豊富だということ。このタイプのRPGでは,ある程度のパターンを用意しておいて,イベントなどのたびに適するものを使い回すというのが常道だ。本作の場合,もちろんそれがないわけではないが,そのイベントでしか使わないのではないかと思われるパターンもかなり登場する。
 ターゲットとしている層の,多くのプレイヤーにとって親しみやすいであろう2Dグラフィックスの持ち味を生かしたまま,よりアニメ的な表現力を求めた結果であろう。
 3Dグラフィックスの表現力の向上が何かと話題にのぼりやすい昨今だが,3Dで描かれたキャラクターが突っ立ったまま会話をするゲームはいまだ少なくない。そもそも表現したいものが違うのだという反論はあるだろうが,多彩なパターンを得た2Dキャラクター達によるイベントシーンは,掛け合い漫才のような会話が繰り広げられる本作の明るいトーンと相まってほほえましく,また,これもゲームの持つ可能性の一つなのだと思え,興味深い。
 頭身の低いキャラクター達の見せる可愛らしい仕草の数々には,普段あまりこのようなシングルプレイRPGをやらない人でも,思わず破顔することだろう。

技や魔法が派手に飛び交うスピーディな戦闘

 戦闘は,マップ上で動き回っている敵キャラクターに触れることで発生する。「バルダーズゲート」のような欧米のPCゲームに見られるシームレスな移行ではなく,コンシューマ用のRPGにしばしば見られるタイプだ。ただ画面の切り替えはなく,フィールドがそのまま戦場になる

 本作の戦闘では,キャラクターごとに設定された素早さの値によって,行動順とその行動にかかる時間,次の行動までの遅延が算出され,順番が回ってくるたびにコマンドを入力するシステムになっている。
 「熱血攻撃」「逃亡優先」といった大まかな指針をHP(ヒットポイント)の残量に合わせて指定し,戦闘を自動化することも可能だ。ゲームをテンポ良く進めるためには,この自動化は必須である。自動化さえしておけば,戦闘の展開は非常にスピーディだ。

 面白いのが,「バリアポイント」に関するシステムである。BPと略されるこのポイントは,「キャラクターがHPに直接被害を被るまでに耐えられるダメージ量」のこと。SFにおいて,宇宙艦の周りに張るシールドのようなものだと考えれば分かりやすいだろう。
 キャラクターは鎧や楯など防御力のあるアイテムを身に着けることで,BPの上限を上げることができる。BPは減ってしまっても,時間とともに回復していく。フィールド上ではジャンプをうまく使うことで戦闘を回避できるので,次の戦闘までに完全回復させることは難しくない。この仕様のため,戦闘後にたびたび回復する必要が少なく,スムースにプレイを進められるのはありがたい。
 また,敵までの距離と移動速度という考え方が盛り込まれている部分にも注目したい。「アークトゥルス」の戦闘は,いわゆるエンカウント式だが,止まった時間の中でキャラクターが敵に飛びかかるといったタイプとは違う。行動決定後は,魔法詠唱や敵への接近など,まずその行動を取るために必要な動作を開始する。その間にも時間は止まらず流れており,結果,攻撃順が前後したり,ほぼ同時になったりすることもあり得る。
 このような仕様に加えて,キャラクター達が使う「特殊技」や「魔法」のエフェクト,さらに一定量の被ダメージが条件となって使用可能になる「必殺攻撃」,フキダシ,コンボ成功の表示など,まるで思いついたアイデアを全部導入してしまったような山盛り状態の画面がスピーディに展開するため,戦闘は非常にドライブ感のあるものになっている。

予想を裏切る展開がプレイヤーに突き刺さる

※この章では,一部ゲーム中のストーリー内容に触れています。いわゆる"ネタバレ"を避けたい人は,この章を飛ばして読んでください

 ほのぼのとした色遣いの背景に,コミカルな2Dキャラクターという本作の外見から,「きっとこういう感じのストーリーなんだろう」と当たり障りのない展開を想像していると,プレイヤーは嬉しいしっぺ返しを食らうことになる。
 映画であれ,ゲームであれ,私達はコンシューマ向けにパッケージ化された作品を楽しむとき,意識せずにあるスタンスをとっている。それは「私がこれから楽しむ作品は娯楽であり,絵空事であり,それによって私がおびやかされることはない」というスタンスだ。作り手の側もそのことは了承しており,とても悲しいものや残酷なものを描く場合は,作品の語り口をあらかじめそれっぽくしておいたり,伏線を張るなどして,受け手にいわば心の準備をさせておいたりする。
 「アークトゥルス」では人の死に絡むエピソードがしばしば挿入されるのだが,そこでの死の語り口というか,死の描かれ方が,上述のいわゆる"お行儀のいい"エンターテイメントの作法に則った形ではなく,ある種,生々しい
 例えば,主要キャラクターの一人である男っぽい性格の女子「マリア・ケーツ」は,夜に刃物をちらつかせながらナンパしてきた男二人を,行きがかり上,殺害してしまう。上記の作法からいえば,マリアは「がさつだけれどホントは優しい女の子」であり,誤って人を殺してしまったことを長く気に病んだりするのであろうが,本作のマリアは「おこっちまったことはしょうがない」と言って,事実を隠蔽するために工作する
 また,毎夜若い娘がさらわれるという被害に遭っている村を助けようと,犯人である盗賊のアジトに向かってみると,そこではすでに娘達がまがまがしい儀式のための生け贄にされており,結局村は救いようのない悲しみに沈むことになる。もちろん例の作法でいけば,「娘たちを救い出して無事イベント終了」となるのだろう。
 本作では,こういったいわば規定外の展開が,見ての通りのグラフィックスを使って語られるため,受け手の内面にとても奇妙で新鮮な感情を惹起する。ほかの表現手段や雰囲気の中で語られれば,自分の中に収まりの良い置き場所を用意して,「そういうものなのね」と受け止められるかもしれないが,事態はファンシーなグラフィックスにより異化され,見慣れない衝撃を持ってプレイヤーに当たってくる。

 人間の死や傷つけること/傷つけられることをこんな風に受け手に突きつけてくるゲーム/アニメ作品はそれほど多くはない。しかし,そういった作品の中には,当初のカルト的な人気から徐々に支持を一般層にまで広げ,最終的にはヒット作となったものもある。
 このようなゲーム内容が作り手によってあらかじめ周到に意図されたものなのか,そうでないのか。作り手とは違う国の人間であり,同様のバックグラウンドを持たない筆者には今のところ分からない。しかし,ある種,無邪気ともいえる語り口で綴られたアークトゥルスという作品に,筆者は奔放な精神を感じる。日本で作ろうとすればつまらない自主規制が働いてしまうかもしれないことを,やりたいからやるんだといって詰め込み,形にしてしまうパワフルな気質である。
 ゲームをプレイしていてこのような驚きに出くわすことは,筆者にとってはとても嬉しい体験である。突然の告白で恐縮だが,筆者はまだエンディングまで辿り着けていない。ゲーム画面とは裏腹にダークな雰囲気をまとったイメージイラストや,意味深なキャッチコピーなどから察するに,プレイを進めるほどに,よりドキドキする内容が待っていそうである。

違和感を感じさせない翻訳が秀逸

 ローカライズ作品であるからには,翻訳の出来は気になるところだ。雑な翻訳が目につくゲームも少なくない中で,本作の翻訳におけるセリフ回しの自然さ,日本語としての面白さは「さすがは老舗の仕事」といえる完成度を持っている
 ボリュームのある作品なだけに,訳さなければならないテキストは相当な量であると予想するが,場面場面に不自然さや馴染みのない言い回しがないばかりか,全編に渡って各キャラクターの性格や口調に不整合がないように注意深く翻訳されている。日本語だけを抜き出してみてみれば,これが他言語からトランスレートされたものだとは気がつかないだろう。現在の日本市場における,キャラクター志向の強さを考えれば,セリフのまずさは命取りになりかねない。そのあたりの認識の確実さも,さすがはこのマーケットをにらみつづけたメーカーの仕事である。

 そのような,日本側で制御可能な部分のクオリティが高い反面,システム周りなどゲームデザインに関わる部分に気になるところがいくつかあった。日本産の極めてストーリーを進めやすいシングルRPGに慣れたプレイヤーは,おそらくアークトゥルスのプレイ中に"次に何をすればいいか分からない"という状態を幾度か経験するだろう。伏線は随所に散りばめられているのだが,フラグの立ち方にあまり脈絡がなかったり,思わぬところにイベントの発生条件があったりする。パッケージに攻略ブックレットを同梱する理由は,このあたりにあるのかもしれないと思うのは考えすぎだろうか。
 また,アイテムの解説や世界の歴史や人物の情報が,プレイを進めるごとに蓄積されていくという,ゲームに没頭したいプレイヤーにとっては非常に魅力的な要素があるのだが,インタフェースがいささか使いにくいため,知りたい情報にスムースに辿り着けないことがままあった。セリフと同様に,丁寧に訳されているであろうこれらに,もっと簡単にアクセスしたいと願うプレイヤーは多いだろう。

荒削りな魅力を内に秘めた作品

 本作をプレイして感じたのは,秘められたプリミティブな力強さである。さまざまなアイデアや,これをやりたいんだという欲求を持ち寄り,それを手元にあるエンジンの上に全部乗っけてしまおうというバイタリティである。
 その結果,ハイスペックのPCでも少しもたつくような処理能力を要求するイベントシーンが生まれたり,プレイヤーを物語の本筋に導ききれない部分ができてしまったり,小さなインタフェースの中に膨大な量の情報が詰め込まれたりと,バランスを取りきれないところも発生したが,総体としては手応えのある作品が出来上がったという印象だ。カットが完全ではないが,充分に見る人を惹きつける大振りな宝石を連想させる。こぢんまりとしたウェルメイドな作品にはない野性的な魅力が本作にはある。
 作中に,これまでに体験したことのない感情を呼び起こす展開や,キャラクターへの感情移入の新しい形を感じ取り,それを確認したくてプレイを続けようと思うのは筆者だけではないはずだ。

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■発売元:日本ファルコム
■価格:オープン(2003年6月28日発売予定)
■問い合わせ先:日本ファルコム TEL 042-527-6501
■動作環境:Windows 98/2000/Me/XP,PentiumII(またはCeleron/400MHz以上),メモリ 96MB以上(98/Me) 128MB以上(2000/XP),HDD空き容量 1.2GB以上
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