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VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった
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印刷2016/09/03 00:00

インタビュー

VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった

逆にトゥーンシェードの厳しさも分かる


4Gamer:
 「アーガイルシフト」ではプレイヤーが実際にロボットを操縦して戦い始めるまで,ほぼ「動画」になっています。動画パートを作るにあたり,荒牧監督は普段との違いを感じましたか。

荒牧氏:
 それはなかったですね。
 まず,僕はライド映像を作ってきたという経験があります。セガさんがジョイポリスで運営していたプロジェクトにも,結構ドップリと関わっていたんですよ。そのときにいろいろな実機を体験して,そういう意味でVRコンテンツというものに非常に強い興味を持っていました。
 そうした主観視点で進むライド映像をいくつも作ってきたなかで,「これはもっとできるんじゃないか。可能性があるんじゃないか」という思いがありました。そこにもってきて,原田さんの「サマーレッスン」を何度か体験して,「これはハマるな」とも感じていましたし。

4Gamer:
 絶好のタイミングだったというわけですね。

荒牧氏:
 VRで可動筐体,女の子が出てくるという「アーガイルシフト」の企画を聞いたときも,直感的に「こういうことがやりたいんだな」というのは伝わりました。原田さんから「VRは未体験の人が多いから,酔ったりするようなネガティブな体験は,可能な限り小さくしなくてはいけない」ということも聞いていましたから。
 自分としても,もともとそういう方向の興味を持っていたので,アニメというよりライド映像に近いものとして理解していました。水島さんから「今回はアニメのテイストに近づけたい」という話を聞いたときには驚いたくらいです。

4Gamer:
 「アーガイルシフト」はアニメ調の描画と演出にする,というのは最初から決まっていたことですか。

荒牧氏:
 「アニメ的なキャラクター」というのは,最初から言われていました。ただ,「セルルックにするか」は技術的な問題を考慮しなくてはならないので,最初の段階では検討事案でしたね。
 実際,制作の途中では喧々囂々だったんですよ(笑)。僕はリアル寄りを主張したんですが,水島さんは「アニメ調でいきたい」と。

水島氏:
 制作中に荒牧さんが描かれたイメージボードを見ると,その経緯が残っていますね(笑)。

4Gamer:
 確かに,リアル寄りのビジュアルです。

画像集 No.039のサムネイル画像 / VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった

原田氏:
 「サマーレッスン」のインタビューでも何度か言っていることですが,VRコンテンツとして考えると,セルルックのほうが難度は上がります。とくに超接近状態では,リアル寄りのモデルのほうが違和感無く,臨場感を出しやすいのは分かっていましたから。
 ちょっとリアルなほうが,人間の本来持っている経験を活かせるので,その経験に沿ったテクスチャを用意したり表現をしたりすると,「うわ! リアルだ」という臨場感を持ってもらえる。
 でも,アニメの世界は平面なので,VRで表現したときにどう見えるかというのは未知数で,人間が持つ経験がマイナス方向に働く可能性もある。もちろん,造形的にも問題が大きく,VRコンテンツでは「どのアングルから見られるか」を提供する側が選べません。だから,「可愛く見せる」にも限界があるんです。

4Gamer:
 アニメ調の表現は難度が高いんですね。

原田氏:
 ええ。今回はそれを分かったうえで,やっぱりトライしたい。だからこそ,Production I.G.さんと組んだという経緯があります。

田宮氏:
 「VRでセルルックのコンテンツはどう見えるか」というのは,VR ZONE以前からのVR技術研究項目の1つだったんですよ。

原田氏:
 だから,VR ZONEにおいて「アーガイルシフト」が浮いているとしたら,それも要因の1つでしょう。VR ZONEを前提にした企画だったら,もうちょっと違う形になったと思います。プレイヤーが操縦するのは現代兵器寄りのものにして,キャラクターも「教官」的な造形にするとか。

4Gamer:
 お台場という立地にフィットさせる,ということですね。

原田氏:
 そうそう。そこを含めて考えると,「客層にちょっと合わないね」ということになっていたでしょう。

水島氏:
 本当に最後まで揉めましたからね(笑)。

荒牧氏:
 最後の最後,「もう,ここで決めなきゃ無理です」といった段階になって,「決めてください」と詰め寄りました(笑)。

画像集 No.021のサムネイル画像 / VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった

原田氏:
 実際,途中まではオブジェクトの周囲に黒フチを入れる処理はなかったんですよ。
 フチのない状態を見てみたら,みんなで「うーん……」みたいな感じになって,「やっぱりアニメ調にしたほうがいいんじゃないか」と(苦笑)。

4Gamer:
 映像としては,「アップルシード」の2作目(「EX MACHINA -エクスマキナ-」)に近いという感覚がありました。

荒牧氏:
 それですね。僕は,さんざんトゥーンシェードをやっていますので,逆に厳しさも分かるんです。
 立体のトゥーンシェードには,ラインが身体の横に出るのか,前に出るのか,といった難しさもあります。ヘタにラインを出すと,妙にツヤツヤしちゃったりとか。
 それ以外にも,Unreal Engine 4で絵を作るというのも初めての経験で,技術的な課題はいろいろとありました。
 制作を難しくした要因としては,時期的な都合で手元にViveがなかったのもありました。DK2で見るとイマイチなんだけど,Viveで見たらどうなるか。それが分からなかったんですね。

4Gamer:
 Viveを使うことで変わったことはありますか。

荒牧氏:
 ViveはDK2に比べて密度が高く,画素も多い。なにより追随性が良いのが,素晴らしいですね。もっとも,それで見え方が変わるので,制作側としては難しかったのですが(笑)。
 いや,それでも最初は「技術研究」と聞いていたので,「まあ,大丈夫だろう」と思っていたんです。それが世に出る,ということになって,「ヘタなものを出せないぞ」と(笑)。安全マージン(安全性を確保するための余裕のこと)なども考える必要があって,いろいろと相談した記憶があります。

田宮氏:
 「Viveでいこう」と決めてからも,なかなか機材が届かなくて大変でした。(2015年)12月にようやく10台くらい届きましたが,それを各プロジェクトに1つずつといった感じで配布して,あとは使い回してもらうしかない状況で。

荒牧氏:
 年末年始には「いつ来るんですか!」と催促しましたね。「こちらとそちらで同じものが見えてないのに,意見が合うわけないでしょ!」と(笑)。

水島氏:
 弊社には何度も足を運んでいただきました(苦笑)。


完全なリアルタイムで結果が得られる必要はない


原田氏:
 荒牧さんのような映像監督の世界にも,Unreal Engine 4の波が届いているのが面白いよね。

荒牧氏:
 Unreal Engine 3が出た頃から,使いたくて仕方なかったんですよ。

画像集 No.020のサムネイル画像 / VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった
水島氏:
 荒牧監督に初めてお会いしたのが2011年頃ですが,そのときにはもう,SOLA DIGITAL ARTSでUnreal Engine 3を採用されていましたよね。当時のCGプロダクションで,Unreal Engineに興味を持って,実際に使ったり研究したりしていたところはほかに知らなかったので,強く印象に残りました。
 「アーガイルシフト」の話を,まず荒牧監督に相談したのも,そのときの印象が鮮烈だったからです。案の定,すごく興味を持っていただき,内心では「やった!」と(笑)。

4Gamer:
 Unreal Engineに興味を持たれたきっかけは何だったんですか。

荒牧氏:
 もともと僕はゲームが大好きなんですよ(笑)。

4Gamer:
 ああ(笑)。

荒牧氏:
 個人的な趣味をさておいても,Unreal Engineの「リアルタイムで最終画面が得られる」という特性は,僕らの目から見ると「ものすごいこと」です。何かを修正することになっても,目の前で直せて,それをすぐ見られる。
 普通,CGの制作中に「いま,どうなってるのか見せて」というと,レンダリングが必要になるので,実際に見られるのは翌日です。それを見て「ここをこう直して」と指示を出すと,修正を確認できるのは明後日。これに対して,Unreal Engineだとその場で仕事が進んでいくんです。
 いや,ゲーム業界の人にとっては「こいつ,何を言ってるんだ?」といったことなのかもしれませんが(笑)。でも,CGスタジオの仕事とはまるで違うわけです。トライ&エラーの繰り返しが,スピーディになるのは本当に大きいです。

4Gamer:
 最終的な映像のクオリティとしては,従来どおりの手法が良いのでしょうか。

荒牧氏:
 難しい質問ですね。極論を言うと,映像の完成度はトライ&エラーの回数によります。だから,一概に「クオリティ」という言葉に対しては答えられないんです。
 ただ,何より目の前で見たまま作れるのは,仕事として楽しいですよ。

4Gamer:
 劇場用CGアニメにも,Unreal Engineは使えそうですか。

荒牧氏:
 うまくやればできると思います。Epic Gamesさんのデモを見ると,そんな感触はありますね。もちろん,デモはデモで相当にチューンはされていると思いますが。
 実際のところ,僕らは完全なリアルタイムで結果が得られる必要はないんですよ。120fpsなんていらない(笑)。

原田氏:
 確かに!

荒牧氏:
 24fpsもあれば十分です。その意味でも「相当やれそうだな」という印象がありますね。
 もちろん,実際に導入するとなると独特の苦労があることは話を聞いています。でも,それを割り引いても可能性は大きいと思います。
 たとえば,テレビアニメだったら,Unreal Engineで作ったほうがいいかもしれない。今のゲームなんかでも,僕らが映像制作で四苦八苦してるところをリアルタイムで作っていけるわけですから。
 繰り返しになりますが,Unreal Engineを使えば使ったで,それならではの苦労があるというのは知っています。しかし,Unreal Engineがもたらす自由の中で,モノづくりができるのはすばらしいことで,今回はそれができたというのが嬉しかったですね。


「アーガイルシフト」では初めて映像監督の仕事に口を出した


原田氏:
 僕が「今までとまったく違う」と思ったのは,普段だったらあり得ない注文を荒牧監督に出したことですね。
 ゲームの映像をお願いするとき,最初に映像の流れを作ってもらいます。「アーガイルシフト」でも同様でしたが,この時点で僕はゲーム屋として作品に接しているので,「こういう映像にしてくれ」みたいな注文はしません。僕はゲームのプロ,荒牧監督は映像のプロですから。
 でも,VRの場合,そのやり方だとマズいんです。理由は明確で,VRコンテンツにおいては,映像制作側からカメラが奪われているからです。

4Gamer:
 確かに,VRコンテンツでのカメラはプレイヤーの視線ですね。

画像集 No.025のサムネイル画像 / VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった
原田氏:
 ええ。これがあるので,従来の映像手法や常識が使えないんですよ。
 ゲームの世界においても珍しいことで,いままで僕らはゲームの都合に合わせてカメラを動かしていました。カメラがゲームシステムの根幹を担っている場合もあります。ですが,VRコンテンツではこれがほぼできない。せいぜいプレイヤーをシートに固定するのが限界です。

 したがって,「アーガイルシフト」では初めて映像監督の仕事に口を出しました。出さなければいけなかったんです。たとえば,「この方向からバックでこのポジションに入る」という映像の構成だと,「バック」のところでプレイヤーが酔う可能性が高くなります。
 その結果,「ロボットをこういう構造にして,コクピットにはこっちから入るように」「降りるときはこの傾きでないダメなので,このデザインは変えてください」「プレイヤーの視線を誘導するので,このような演出にしてください」といった指示を出しています。

田宮氏:
 「視線を誘導する」ことが必要になるんですよ。

原田氏:
 そう,「カメラを向ける」ということができないから,プレイヤーの注意を引いて,視線をそちらに向けてもらうしかない。

荒牧氏:
 酔いの問題は難しかったですね。
 僕は「最初にロボットを外からちゃんと見せたい」と考えていたんです。でも,それをバックせずに実現するのは意外に難しいんですよ。
 なぜなら,自分が乗るロボットを正面で見上げる形で移動してきて,そのロボットに前方から乗り込むとなると,最後の段階でバックして入ることになりますよね(苦笑)。

4Gamer:
 確かに。

荒牧氏:
 そういうところに注意して映像を作ったわけですが,それでも軽く「うっ」と来てしまうところは残ってしまいました。たとえば,ロボットが降下を開始する瞬間,軽く気持ち悪くなることがあったんです。

田宮氏:
 落下する瞬間に「お腹に来る」感覚がありましたね。

荒牧氏:
 そういうところも現状では解消できましたが,これは時間にすると約1.5秒のシーンですよ。それでもプレイヤーに「酔い」を感じさせるには十分だという。

田宮氏:
 そういう意味では,体験デザインありきで,ロボットの機能デザインが決まっているんです。
 ロボットに乗り込むとき,バックでは入れないから,後ろからまっすぐ入れるようにするしかない。だから,ロボットの搭乗ハッチは正面ではなく背中に置いた,と。

荒牧氏:
 そんな状況でもロボットを正面から見せるために,向かい合わせの位置に別のロボットを立たせたというわけです(笑)。

原田氏:
 コクピットのデザインにも工夫というか,ノウハウが詰まっています。
 ロボットのコクピットというと,大抵の人は最初にガンダムのコクピットに近い形をデザインします。初代ガンダムではモニタに風景が映っていましたよね。でも,VRコンテンツにおいて,それをやっちゃうとHMDの中でさらに視界の狭い平面の画面を見る,という二重構造になってしまう。
 なので,コクピットの正面はガラスにする。あとコクピットにはフレームを入れる必要もあります。それは「枠」があると,視線の集中を促すことができ,あまり周囲をキョロキョロしないようになる。

 それから,HMDのレンズには歪みがあるので,周辺視界は妙に加速して見えます。そのあたりが視界に入らないように,鉄板で覆ったデザインになっていますが,これもVRコンテンツならではの仕様ですね。
 コクピットのサイズも同様です。先ほども触れましたが,要は「プレイヤーが多少動いたくらいでは,頭がコクピットから出ない程度の広さ」が必要になるわけです。

 その意味で「EVE Valkyrie」という作品は,VR初期のデモにしてはすごいですよ。どういうデザインならプレイヤーが酔わないか,理解度の高い人間が設計していますね。あの作品では足元の視界をがっちりと塞いでいますが,あれも効果的な酔い対策なんです。

4Gamer:
 なるほど。

原田氏:
 普通のゲームなら,プレイヤーの体験を設計したら,映像は映像監督に,キャラデザインはイラストレーターにといった分業が可能です。
 でも,VRコンテンツとなると,プレイヤーに快適な体験をしてもらうためには,映像の演出やメカデザインまで「分かっている人」が一括してディレクションする,あるいは一定の制限を定めて,それをプレイヤーに受け入れてもらう必要があります。

田宮氏:
 コクピットの設計に関して,原田は「フレームがあって,外の風景が3Dでしっかり見える。それがVRコンテンツに一番適している」と主張しました。それは本当に納得なんですが,荒牧監督から「ロボットのコクピットがガラス張りだと,現実的に考えると危なくないですか。パイロットが外から丸見えですよ」と。

一同:(笑)

画像集 No.018のサムネイル画像 / VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった

荒牧氏:
 現状の仕様だと,普段はガラスで見せておいて,一度装甲板が閉まる。その後,AR的なシステムが起動し,装甲板越しに外が見える,という形になってます。要は,原田さんと僕の主張の折衷案なんです(笑)。
 コクピットの3Dモデルは僕が作りましたが,進行方向が分かること,外がちゃんと見えること,コクピットという空間が把握できること,というのが必須条件でした。同時期に「Eve Valkyrie」を遊ばせてもらったので,その体験をベースにコクピットのデザインを進めていきました。

 コクピットを機体のどこに置くかという問題もありました。あまり奥にセットすると,ロボットの腕がよく見えない。腕が横に見えていて,銃を撃つと自分が撃っているような気分になれる高さにあってほしいんです。
 あと,僕のこだわりとして,プレイヤーが振り向いたときにロボットの顔が見えるのが理想でした。それが可能なギリギリの位置にコクピットが置いてあります。

4Gamer:
 そこまで考え抜かれたデザインだった,と。

荒牧氏:
 しかも,アイネがコクピットの中をウロウロするスペースが必要になる。ただ,コクピットはある程度狭いほうが「それっぽい」ですよね。
 ということで,アイネが移動できる広さ,コクピットらしい狭さ。その両方を満たすようにして,コクピットのデザインが固まっていきました。

 コクピットのサイズや位置が決まったところで,「このコクピットが,このあたりに入るロボットを描いてください」と発注した,という流れです。まさに原田さんがおっしゃった逆順です。カメラの見え方をコクピットで決めてから,その周囲をデザインしていきました。


どんな人でも等しく最高の体験が得られないといけない


田宮氏:
 コクピットと言えば,当初は同乗者が3人の仕様でしたよね。

原田氏:
 同乗する女性キャラクターを自分で選ぶシステムだったんです。両端に2人,うまくなると3人目も乗せられるといったような。
 あと,彼女達はアンドロイドなので,パイロットが緊急脱出するしかない事態になると,なんとかしてパイロットを逃がそうとする。そして,最後はズタズタに壊れながらも……という泣けるシーンも考えていたんです。

4Gamer:
 それが実装されなかったのは,なぜですか。

原田氏:
 予算の都合です!

一同:(笑)

原田氏:
 キャラクターが3人になると描画が苦しい,といった理由もありました。

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4Gamer:
 「視線で照準を合わせる」というUIは,どこから着想を得たのでしょうか。

原田氏:
 あれは,小山と田宮が勝手にやっちゃったんですよ。僕は抗議したんですが(笑)。

田宮氏:
 はい,すごく文句を言われました(苦笑)。でも「今回はこれでやらせてほしい」と。
 原田に厳しく言われていたのは,「これがVR初体験の人も多いのだから,どんな人でも等しく最高の体験が得られないといけない」ということでした。それを踏まえたうえで,体験者がインタラクションするパートにおいて,何か面白いことはできないかと考えた結果ですね。

4Gamer:
 ちなみに,原田案とは?

原田氏:
 まず誤解のないように言うと,視線で狙い撃つということ,それ自体は否定していません。視線で照準を定めると,誰でも予測射撃すらできてしまうので,UIとしては優れています。
 ただ,僕としてはHMDの装着が一般化していれば,視線で照準を合わせるのも良かったと思うんです。でも,現状はそうじゃない。
 「サマーレッスン」でHMDを初めて体験した人をたくさん見てきましたが,そういう人はまず,これまでに見たことのない世界に心底驚いてしまいます。そこで,さらに「自分が見た方向に弾が飛びます」という説明をしても,最初の体験に驚いている人には気づいてもらえない可能性があるだろう,と。
 体験としても,コンセプトが絞れなくなって散漫になってしまう。だから,僕は「VR未体験のユーザーに対して,無理に一歩先のことをやっている」というところを抗議したわけですね。

 映像として見てもらうところをしっかり決めて,それから「すごい映像の中で自分が動く」という体験をしてもらう。レバーを使って機体の正面を調整して,敵を狙うという程度の操作なら,これまでの経験の範囲内だろうと思ったんです。
 でも,そこでレバーで機体を操縦しながら,視線は敵のほうに向けるとなると,ちょっと「遠い」ゴールを設定しているなと。

田宮氏:
 実際,原田が言うことは正しくて,視線と言いつつも,「アーガイルシフト」のUIは「首を向ける」という入力です。これは,自然なUIではないんです。

原田氏:
 そんな狙い方をする兵器はないだろう,と(笑)。僕はプチミリオタですけど,いくらなんでも不自然だと思ったんですよ。
 ただ,「首を向けて狙う」というUIには「新鮮で面白かった」という意見もあります。また,「そんなシステムだったの? 狙わなくても当たったよ」という知り合いもいるという状況です。おそらくそれは,無意識のうちに敵のほうを見ていたからだと思いますが(笑)。

4Gamer:
 敵を見なくてはいけないので,「アイネを見ていられなくて残念」という意見もありますね。

原田氏:
 なるほど! それは指摘しなかった。

荒牧氏:
 そういうジレンマのあるゲーム,ということではなかったんですか(笑)。

4Gamer:
 個人的には,アイネが視界の隅にいる時間が長いせいか,「一緒に戦っている感覚」が薄い気がしました。

原田氏:
 視線誘導の問題ですね。VRコンテンツにおいては,「何を見せるか」を考えなくてはいけなくて,アイネはその基準の1つになります。
 アイネが何かをしゃべれば,プレイヤーは彼女のほうを向きます。同様にアイネが転んでも,彼女のほうを見る。そうやって視線を誘導する設計を作ったところに,「視線で照準」を田宮君が入れちゃんですよ(笑)。やはり,いろいろ入れると体験がブレちゃいますね。

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田宮氏:
 新しいことにトライしたい,というのもあったんです(笑)。
 映像寄りのVRコンテンツの場合,基本的に「ここを見てほしい」というのがあるにせよ,体験者は好きなところを見られます。そうなると,「次は別のところを見たい」という欲求が出てきますよね。

原田氏:
 小山と田宮は,リピートのことを強く意識しているんですね。でも,僕は最初の1回を強く意識してる。そういう違いです。
 つまり,最初は70点の評価のものが,やればやるほど100点に近づくのではなく,最初から100点と言わせたい。VRブームはこれが初めてではないですが,事実上の「VR第1世代」を相手にする以上,絶対にそうするべきだと思ったんです。
 「リピートを意識するのは,次回以降のコンテンツからにしてくれ」というのは,だいぶ言いましたね。

4Gamer:
 「視線エイムUI」が袋叩きの様相なんですが,「レバーで自機を操作して,敵を正面で狙う」という経験がない人にとっては,「これもアリかな」という印象です。SFロボットという世界設定ともフィットしています。

原田氏:
 VR ZONEの「お台場感」にフィットする部分ですか。

荒牧氏:
 僕なんかは,原田さんが「プチミリオタとして,首振りエイムUIは不自然だ」と主張されるのを聞いて,「そうか,そういう視点があったか」と思いましたよ(笑)。そこでの不自然さは感じなかったですね。

原田氏:
 確かに「ミリタリーの観点から不自然だ」と主張している僕が,パイロットの安全性を度外視して「コクピットはガラス張りにして」と発注しているわけで。あまり人のことは言えないですよ(笑)。
 そもそも,2足歩行兵器がどうこうの以前に,兵器としてのアイネは完璧にムダです! サポートAIを人型にしてコクピットに乗せる必然性なんてないよ!

一同:(笑)

4Gamer:
 議論の余地なくデッドウェイトですね。

原田氏:
 本当はね,危険な事態に陥ったときにプレイヤーを脱出ポッドに押し込んでくれる,そういうちゃんとした健気なアンドロイドなんですよ!


「コケないと,守ろうって気持ちにならないんですよ」


原田氏:
 そういえば,最初にアイネがコケるじゃないですか。あの演出は……すごくいいと思います。

一同:(笑)

画像集 No.022のサムネイル画像 / VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった
荒牧氏:
 僕なりに,女性の演出にはセオリーがあるんですよ。その1つが「女の子はコケなくてはならない」。コケないと,守ろうって気持ちにならないんですよ(笑)。

田宮氏:
 おお! なーるーほーどー!

原田氏:
 僕のもともとの発想では,「アイネはパイロットのために犠牲になるキャラクター」でした。そのうえでパイロットを守れる能力を持っている,超高性能AIかつ義体なんですよ。
 それが,実際に上がってきた映像を見たら盛大にコケる演出があって,「ええええ!」って(笑)。でも,同時に愛着も湧いたので,本当に良かったと思います。

荒牧氏:
 あの演出には別の意図もあり,バンダイナムコスタジオさんから「アイネにこんな姿勢を取らせてほしい」という要望があったんですよ。その姿勢を合理的な範囲で取らせるには,あのようなドジシーンしかあり得なかった(笑)。
 モーションキャプチャを担当した役者さんが,そういうアイデアも出してくれて,「じゃあ,頭をぶつけるシーンを入れましょう」と。

原田氏:
 落下するときにアイネが天井にベッタリ張り付いちゃうシーンは,落下のすごさを感じさせる良い演出になってますね。アニメや漫画などでの刷り込みがあるから,そこで「すごい落下」を感じてしまう。

田宮氏:
 その下向きに射出するシーンでは,多くの体験者から「すごく落ちる感覚があった」という感想が寄せられていますが,実は筐体側はほとんど何もしていないんです。

荒牧氏:
 映像で十分なんですね。僕はDK2を体験をしたとき,映像だけでも十分に「落ちる」感覚があったので,いけるだろうと思っていました。

水島氏:
 体験者からは「ロボットに乗り込むシークエンスでときめいた」との感想も多いですね。あのシークエンスを追加してくれたのも荒牧監督なんです。

荒牧氏:
 先ほども言いましたが,「自分の機体を見てから乗る」という形にしたかったんです。

原田氏:
 僕のプランでは,最初からロボットに乗っていて,アイネが「見えますか?」と聞いてくるシーンから始まるという形でした。

荒牧氏:
 それを聞いていたので,乗る前に「見えますか?」があって,そのあとで乗るというシークエンスになっているんです。

原田氏:
 子供の頃,奈良ドリームランドにあった「地底探検」のアトラクションが大好きだったんですよ。一種のライドものなんですが,ただ単に子供をライドに乗せただけでは「ここは地下5000メートルなんだ」とは信じないでしょう。
 でも,手前にエレベータがあったんです。そのエレベーターは実際にはまったく動かなくて,窓の外で岩の模様が印刷されたロールがグルグルすることで,「地下に降りている」と思わせたんですね。しかも,アテンドのお姉さんが「いまから地下5000メートルの世界に参ります」と言ってくれるので,子供心には「うわぁ,すごく潜ってる!」となる(笑)。
 「アーガイルシフト」の搭乗シーンには,こうした前フリが詰まっていますね。だから臨場感が増し,落下の納得感につながっている。これは映像監督の力ですよ。


従来のゲームデザインとは違うところ


4Gamer:
 ゲームを作るというのは,プレイヤーの体験をデザインするという仕事です。従来のゲームとVRコンテンツでは,「体験のデザイン」が大きく変わったところはありますか。

原田氏:
 僕は心理学を専攻していたんですが,人間の行動心理とか,人間の認知の仕組みとか,そういうところを再定義することが,VRゲームをデザインするにあたっては非常に重要だと思います。
 たとえば,人が部屋に入って椅子を見たとき,どういう行動をするのか。椅子には気を止めないで周囲を見るのか,それとも椅子に手をかけて座ろうとするのか,あるいは家を出るとき,玄関をどのような手順で開けるのか。
 それらを意識しないと,「部屋に入る」というコンテンツを作るにも,どんなドアにして,ドア開く演出をどうすればいいのか。あるいは,プレイヤーにどこを見てほしいのか,といったところがデザインできません。

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 だから,ゲームでやりたいことや再現したいことは,普段の生活において,どのような行為なのかを把握しなければいけない。そのとき,人は何を見て,何を意識しているのか。逆に言えば,どのような動作や現象が,人に「こういうことをした」「こういうことが起きた」と認識させるのか,といったことですね。
 あとは「こういうものがあると,こうしたくなる」「こういうものを見せると,次にこんな行動をとる」といった人間の行動心理をどれくらい理解しているか。そのあたりの理解度によって,ゲームのクオリティが大きく変わってくるんだと思います。

4Gamer:
 従来のゲームデザインとは,少し違ったレイヤーのテーマに感じます。

原田氏:
 こんなこと,格闘ゲームを作るときには考えないですからね(笑)。
 「サマーレッスン」のスタッフでは,玉置がずっとそういうことを哲学の方向から考えていた。そして,僕は臨床心理実験を相当長くやっていた。この2人の組み合わせだったので,こうした行動心理や認知の仕組みには,かなり注目して作りました。

4Gamer:
 そうした学術的な知見が有効である,と。

原田氏:
 すごく使えます。学生時代の勉強なんて,ゲーム業界に入ってからは何の役にも立たないと思っていたし,「学歴なんか無意味だ」と若い人にはさんざん言ってきましたが,「あれ? 役に立つぞ」と。

一同:(笑)

4Gamer:
 たとえば演劇では,役者が「扉を開ける」芝居をするとき,観客が「扉を開けた」と認識のは,架空のドアノブを握ってドアを開ける瞬間だそうです。ちらっと役者が足元を見る,その瞬間,観客にも「ドアが見える」という話を思い出しました。

原田氏:
 まさにそういう知見です。逆に言えば,VR空間において架空のドアを開けるとき,プレイヤーは自分の足元を見るということですよね。
 ということは,プレイヤーが足元を見たときに,リアリティを感じるオブジェクトをそこに配置しておかなくてはいけない。足拭きマットかもしれないし,ドア枠なのかもしれないですが,そういうものを作ったほうがいいということです。

 さらに突き詰めると,そういうオブジェクトを置いておけば,人はそこを「ドアだ」と認識する,という考えもできます。そういうものを一つ一つ定義していかなければいけない,というのが従来のゲームデザインとは違うところですね。

4Gamer:
 考えるべきことが非常に多いですね。

原田氏:
 ええ。だからもう,「こんなアイデアがあります!」だけでは,うまくいかない。これまでは突き抜けたアイデアが最も重要でしたが,それだけでは戦えません。無論,アイデア自体は重要なんですが。

4Gamer:
 一方,映像制作では新しい試みはありましたか。

荒牧氏:
 アイネのモーションキャプチャを収録したのですが,より臨場感のある形にしたかったので,現場でも映像をチェックしたいと思ったんです。
 それは「サマーレッスン」を体験して,「距離感が近い」というのがVRならでは,だと実感したからです。「ここにキャラクターがいる」というのが伝わってくるのが,VRの強みであると。
 実際,現場では役者さんに演技してもらうときに,それをHMDの視点で見られるというシステムを組んでもらいました。そうして撮影したものを,水島さんにリアルタイムでチェックしてもらって,「いまの動きは良かったか」「距離感はどうか」「視線の向きはどうか」というのを確認しつつ,キャプチャを進めていったわけです。

 実は,その段階でアイネがどう動くかというのは,あまり決まっていなかったんですね。そこで,手順としては,まず1度演技してもらい,そのフィードバックを反映した状態でもう1度やってもらう。それをHMDで確認したうえで,最終的に精度が高い装置でキャプチャする,という形になりました。もちろん,初めての方法でしたが,うまくいったと思いますね。
 あと,演技をしてもらう部屋にコクピットの広さに合わせてロープを張りました。その甲斐あって,「この狭さではどう動くか」というところをうまく拾えたのではないかと。

画像集 No.024のサムネイル画像 / VR ZONE「アーガイルシフト」はいかにして生まれたのか。原田勝弘氏や荒牧伸志監督らにまったく新しいVRアクティビティの開発過程を語ってもらった

「VR ZONE Project i Can」公式サイト


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