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電王戦は,21世紀を生きる人類を映し出す鏡なのかも――将棋棋士・谷川浩司氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第16回
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印刷2014/04/02 00:00

インタビュー

電王戦は,21世紀を生きる人類を映し出す鏡なのかも――将棋棋士・谷川浩司氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第16回

電王戦は,21世紀を生きる人類を映し出す鏡


川上氏:
 うーむ。でも,さっきの話とも被るんですけれど,コンピュータ将棋の登場って,プロ棋士や将棋界にとってはポジティブなものになるんですかね。それとも,やっぱりネガティブなものなんですか?

画像集#025のサムネイル/電王戦は,21世紀を生きる人類を映し出す鏡なのかも――将棋棋士・谷川浩司氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第16回
谷川氏:
 そうですねぇ。これもさっきのお話と被りますが,人間の棋士というのは,まず直感で局面を判断するんですよ。そして9割くらいの選択肢を最初に捨てて,美しい形,美しい手というものを,それまでの経験や知識から,感覚的に選び取るんですね。ほとんど場合は,その美しい手が良い手だってことになるんですけども。
 一方で,時々,美しくない手といいますか,“違和感のある手”というものがあって。ちょっと指が拒否反応を起こすような……そういう手の中にも,良い手が埋もれていたりもする。コンピュータの場合は,そうした感覚に惑わされないぶん,逆にそうした手を発見するきっかけになるのかなって印象はありますね。

川上氏:
 基本的にコンピュータは,馬鹿正直に全部の局面を計算(評価)しますからねぇ。

谷川氏:
 私は,そうした“違和感のある手”を再評価して,キチンと自分のものにするというのも将棋の醍醐味だと思っているんです。だから,コンピュータ将棋の発達によって,もしかしたら,ある一定の戦法には結論が出てしまう,その事によって“収束してしまう”ってことがあるのかもしれませんけど,逆にコンピュータがあらゆる手を再評価することによって,これまでとは違う結論が導き出されるかも,戦法の幅がより広がっていくかもしれないって期待感もあるんです。

川上氏:
 じゃあ,コンピュータの登場によって将棋界のレベルって上がるんでしょうか。人間はもっと強くなれるのか,それとも人間の方はもう頭打ちで,コンピュータに追い越されるのを待つだけなのでしょうか。

谷川氏:
 その意味で言うと,先ほど話題に出た菅井くんなんかは,電王戦の記者会見の時に「10年後は人間のほうが強くなっている」と言っていましたよね。私は,あれにはほんと驚きましたし,同時に「心強いな」とも思いました。多くの人が,それこそプロ棋士を含むほとんどの人が「やっぱり,コンピュータの進歩には敵わないんじゃないか」と思っているなかで,彼だけは「人間の方が強くなれる」と自信を持って語っていた。彼のような若い棋士が,そうした発言をしてくれることは嬉しく思うし,本当にこれから先が楽しみだなと思います。
 それに,人間とコンピュータで,それぞれ長所短所というものがあるわけですからね。相手の長所を吸収しながら自分の短所も見つめなおすことで,もっともっと人間の棋士側も進歩していけるのかなっていう気はしていますよね。

川上氏:
 まぁただ,チェスとかでもそうなんですけど,人間対コンピュータといっても,現状はコンピュータ側が「なんでもあり」みたいな状態だと思うんですよ。なんというか,コンピュータ側がちょっとずるいんじゃないかって感覚があって。

4Gamer:
 過去のすべての棋譜を丸暗記しているような状態ですしねぇ。

画像集#020のサムネイル/電王戦は,21世紀を生きる人類を映し出す鏡なのかも――将棋棋士・谷川浩司氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第16回
川上氏:
 そうそう。受験とかで喩えるなら,辞書とか参考書を全部持ち込んでいるような状態というか(笑)。加えて,超高価な凄い性能のハードウェアを使ったりすることもあるじゃないですか。だから,なんかね,フェアじゃないよなって感覚があるんです。猛獣と人間が戦う場合に,剣を持ってはいけないっていう人と,剣くらい持ってはじめて対等だとか,そういう議論に近いのかもしれないですけどね。現状は,なんか「とにかく素手で戦え」って感じなので。そこはもうちょっと公平な形がないのかなとは思いますね。



4Gamer:
 しかし,以前,何かの雑談のときに,川上さんに「なんで将棋電王戦みたいなイベントをやろうと思ったんですか?」とお聞きしたことがあったじゃないですか。

川上氏:
 ん,そんなことあったっけ。

4Gamer:
 はい。で,その時に「チェスと同じように,将棋もいつかコンピュータに負けてしまう時が来るだろう。でも,その瞬間が訪れたとき,それが将棋界にとって悪くならないように,前向きな形で訪れるのがいいんじゃないか。そういうものを考えてみようと思って,ドワンゴでやることに決めた」みたいなお話をされていて。

川上氏:
 ああ,はいはい。ありましたねぇ。

4Gamer:
 僕は「これはいい話だな」と素直に思ったんですけど,続けて「……という話を社内でしてるんですか?」と聞いたら,「してない!」って即答されて(笑)

川上氏:
 するわけないし(苦笑)。そもそも僕は,会社で“いい話”はしないことにしているんですよ。

谷川氏:
 それはなんでですか?

川上氏:
 だって,いい話をすると,みんなが誤解するんですよ。その大義のために仕事をするんだ!とか,崇高な理想のために生きるんだ!とか,そういう方向に行きがちというか。

4Gamer:
 ああ。

川上氏:
 僕は,それはちょっと違うんじゃないかなって考えていて。僕は会社ってある種の生命体だと思っているんですけど,生命体にとって一番重要なのは生存本能――つまり“生き残ること”だと思うんですよ。だって,死んだら(倒産したら)おしまいだから。

4Gamer:
 それは確かに。

川上氏:
 だから,理想のために会社は死んでもいい!みたいに変に勘違いしてしまうのはよくないなと(苦笑)。そもそも,理想っていうのは“秘める”ものであって,おいそれと口にすべきではないですよね。まぁだから,たまにそれっぽいことを社内で口にすることあるんですけど,基本的にはあんまり語らないですね。

画像集#021のサムネイル/電王戦は,21世紀を生きる人類を映し出す鏡なのかも――将棋棋士・谷川浩司氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第16回
谷川氏:
 川上さんには,とても感謝しているんですよ。電王戦を盛り上げていただいていることももちろんなんですけれど,やっぱりプロ棋士の立場やプライドというものを,ちゃんと配慮してくださるのが本当にありがたいなと感じていて。プロ棋士側が負けてしまうと,それはそれで痛手にはなるんですけれど,結果として,最初に将棋電王戦に出場した5人の棋士は,一躍有名になって,ファンが凄く増えたという事実もあります。

4Gamer:
 ただ,実際にやる前の段階では,プロ棋士がコンピュータに挑むというのは,やっぱりリスクの方が大きいって状況だったんですよね?

谷川氏:
 それはそうですね。さっきのお話にもあったように,どうしてもその棋士個人の負けではなくなってしまうというか。「人類が負けた!」みたいな見え方になりますからね。そしてそれは,プロ棋士の価値みたいなものを落としてしまう可能性が少なからずありました。

4Gamer:
 そうですよねぇ。

川上氏:
 ただ,その意味で言うなら,人間がコンピュータに負けるということ自体は,何も将棋の世界に限った話ではないわけじゃないですか。コンピュータが発達して,世の中が便利になっていく一方で,コンピュータに職を奪われる人,価値を奪われる人っていうのが確実に増えてきているわけでしょう。

4Gamer:
 そうですね。産業革命期に,機械に仕事を奪われると危機感を抱いた労働者が機械を壊してまわったって話(※)じゃないですけど,コンピュータが人間の仕事をどんどんやれるようになっていった結果,割を食う人っていうのもどうしても出てきてしまう。今は,そうした問題が昇華しきれていない,過渡期の時代でもあるのかもしれません。

※木靴(フランス語でサボ)で機械を蹴って破壊したという話から,「サボタージュ」の語源になったと言われている

川上氏:
 電王戦にしても,こういうレギュレーションだったら人間が有利,逆にこうだったらコンピュータが有利だとか,そういう議論ってこれからどんどん出てくると思うんです。ただ,僕がそこでぼんやりと感じているのは,それってこれから人類が直面する問題を象徴しているんじゃないかってことなんですよね。プロ棋士の運命や,プロ棋士とコンピュータとの戦いって,そのまま人類全体に置き換えられるんじゃないかって感じていて。

谷川氏:
 なるほど,確かに。

画像集#022のサムネイル/電王戦は,21世紀を生きる人類を映し出す鏡なのかも――将棋棋士・谷川浩司氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第16回
川上氏:
 あるジャンル/やり方においては,人間はもうコンピュータにまったく太刀打ちできないって現実がすでにあって。で,そうした中で人間の価値や強みをどこに見いだしていくんだっていうのが,現代人に突き付けられている大きな課題だと思うんです。

4Gamer:
 もう少し広義で言うなら,ネットによって衰退するジャンルや産業があるなかで,どうネットを有効に使っていくべきなのか――みたいな話にも通じますよね。

川上氏:
 うん。だから,21世紀の人間の生き方みたいなものを考える時に,もしかしたら,そのヒントが電王戦の中にあるのかもしれないなって。そういう社会的な意義も,電王戦にはあるんじゃないかと。

谷川氏:
 コンピュータの進歩というのは現実としてあるわけですから,これはもうコンピュータにまかせておけばいいところ,逆にここはやっぱり人間のほうが有利なところ――という感じで,共存共栄していかないと駄目なんでしょうね。将棋も,「コンピュータにまかせておけばいいや」とならないように,我々プロ棋士(人間)も頑張らないといけませんね。

川上氏:
 ……というような話は,会社ではほとんどしたことがないんですけどね(苦笑)

谷川氏:
 これはしましょうよ(笑)

4Gamer:
 ……みたいな話を川上さんがしていたので,これは記事にしてやろうと思って,今回,話題を振ってみました(笑)

川上氏:
 まぁでも,今はまだ,人間が生み出した定石をコンピュータが学習して,人間の強さを真似てる,追いかけているって構図だと思うんですけど,そこも,今後はコンピュータ同士の対局の棋譜から自動学習する方式――要するに,人間がまったく介在しないって方向から,まったく新しいコンピュータ将棋のAIが生まれてくる気がするんですよね。

4Gamer:
 ふうむ。

川上氏:
 そうした時に,いよいよ人間の価値ってなんなんだって話になる気がするんですよ。今のコンピュータのAIやアルゴリズムの進化の仕方って,人間の行動を膨大なデータから解析して真似しようってやり方ですけど,最終的には,解析するデータ自体をコンピュータが作っちゃうっていうのが,AIの進化の一つの結末としてあるのかなって気がしていて。

4Gamer:
 その意味でも,人間はコンピュータがあまり得意ではないところで戦っていかなければならないということなんですかね。将棋の話でいえば,先ほどの人間の「直感」のような部分であるとか。

川上氏:
 いやでも,僕はその「直感」って部分すら,人間はもう勝てなくなるんじゃないかって思っていて。それって人間の脳だとか,ニューロコンピュータが得意とされているパターン認識って話だと思うんですけど,パターン認識の精度/技術っていうのも,もの凄い勢いで進化していますからね。例えば,よくネット上の認証画面とかで,スパム対策としてゆがんだ文字を入力させるってものがあるじゃないですか。

4Gamer:
 ありますね。

川上氏:
 あれにしたってさ。コンピュータ側の解析力がどんどん上がってきちゃったもんだから,それに対抗するために,文字もどんどんゆがむようになってきて。

4Gamer:
 最近はもう,読めない文字も多いですよね……。

川上氏:
 そう。もう人間の方がパターン認識できないって状況になっている(笑)。つまりね,パターン認識の世界でも,人間の優位性って崩れつつあるってことなんですよ。

4Gamer:
 そうなると,それこそ,人間の有利さってどこになっていくんですかねぇ。

川上氏:
 だから,電王戦は,そこを探るって取り組みでもあるんじゃないかなって。そういう視点を持って電王戦を見てもらえると,また違った楽しみ方ができるかもしれないなと。

谷川氏:
 そうですねぇ。

4Gamer:
 なるほど。……じゃあ,今日のところはそんな感じですかね。

川上氏:
 はい。今後の人類の生き方を考えるためにも,ぜひ皆さん,電王戦を見てみてくださいってことで!

4Gamer:
 分かりました。今日はありがとうございました。

谷川氏:
 こちらこそ,ありがとうございました。今日はとても楽しかったです。

(つづく)

画像集#024のサムネイル/電王戦は,21世紀を生きる人類を映し出す鏡なのかも――将棋棋士・谷川浩司氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第16回

川上量生(かわかみのぶお):
ドワンゴ代表取締役会長。1968年,愛媛県生まれ。京都大学工学部卒業後,ソフトウェア専門の商社勤務を経て,1997年に株式会社ドワンゴを設立。携帯電話向けサービス「いろメロミックス」などをヒットさせ,同社を東証一部上場企業へと成長させた。近年では,ニコニコ動画を成功に導くなど,独特の考え方をする実業家として知られる。2011年1月に突如としてスタジオジブリに入社し,プロデューサー見習いとして,鈴木敏夫氏に師事している。なお,本連載をまとめた川上氏の初の単著「ルールを変える思考法」も発売中。

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