「放課後ライトノベル」第12回は，まさかの妹ドラゴン化コメディ『妹ドラゴン兄若ハゲ』でドラゴンキラーの魔の手から妹とヅラを守り抜くのだ

　今，「El Shaddai ASCENSION OF THE METATRON」（以下，エルシャダイ）が熱い！

　何それ？　という人のために簡単に説明しよう。エルシャダイとは，2011年春にイグニッション・エンターテイメント・リミテッドより発売予定のPlayStation 3/Xbox 360用アクションゲームのこと。

　先日開催された東京ゲームショウ2010にも出展され，すでにさまざまな情報が公開されているのだが，中でもその摩訶不思議な世界観と独特の台詞回し，そして主人公・イーノックのシュールな人柄が評判を呼び，なぜか今，ユーザー達のあいだで密かなブームを巻き起こしているのだ。

　筆者も，その不思議な魅力の虜になってしまった一人で，今や毎晩のようにイーノックのことを夢に見るほどに。公式サイトでは本作のトレイラーなどが公開されているので，エルシャダイのことを知らなかったという人は，ぜひそちらで魅惑のエルシャダイワールドに足を踏み入れてみてほしい。

「El Shaddai ASCENSION OF THE METATRON」より，主人公のイーノック
(C) 2010 Ignition Entertainment Ltd. All Rights Reserved.

　ところで最近，エルシャダイの動画などを見るたびに気になっているのが，主人公であるイーノックの髪の生え際。今でこそ豊かな金髪をたなびかせているが，生え際を見る感じ将来やばいのでは……という不安がぬぐえないのだ。余計なお世話かもしれないが，そんな生え際で大丈夫か？

　イーノック「大丈夫だ，問題ない」

　……ハイ，そうですか。

　まあ，イーノックが大丈夫でも，今回紹介する作品の主人公はそうはいかない。なにしろ齢16にしてツルッパゲになってしまったのだ。その不幸ぶりたるや，想像しただけで落涙を禁じ得ない。

　そんなかわいそうな兄貴がハゲにもめげず奮闘するのが，今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『妹ドラゴン兄若ハゲ』。デビュー直後にして早くも2シリーズめとなる，フレッシュな新人の作品だ。
　あ，ちなみに筆者は断じてハゲてませんので，そんな残念な人を見るような視線はやめてください……。

『妹ドラゴン兄若ハゲ』 著者：谷口シュンスケ イラストレーター：あき 出版社/レーベル：ホビージャパン/HJ文庫 価格：650円（税込） ISBN：978-4-7986-0115-1 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する

●若ハゲ兄とドラゴン妹の美しき兄妹愛に刮目せよ！

　ではさっそく，作品の内容を簡単に紹介しよう。

　若ハゲの主人公の妹が，ある日突然ドラゴンになってしまった！
　以上。

　アレ？　実質，1行で終わってしまった。「タイトルそのまんまやんけ！」というお怒りはごもっともだが，石を投げるのはちょっと待ってほしい。本当にそうとしかいえない内容なのだ。しかし，さすがにこれだけでは短すぎるので，もう少し詳しく紹介します。いや，させてくださいゴメンナサイ。

　主人公の桐生柳（きりゅうやなぎ）は若ハゲに悩む高校生。毎日育毛に励みつつ（ハゲだけに），妹の京（けい）を溺愛する日々を送っている。その妹が不登校になり，部屋に閉じこもってしまってから1週間，意を決して事情を問いただしに行った兄が見たのは，ドラゴンとなった妹の姿だった。

　がんばれば一時的に人間の姿には戻れるものの，長時間その姿でいると，そのうち我慢できなくなってドラゴンに戻ってしまう。このままでは，日常生活もままならない。柳は愛する妹のために，級友の森本（もりもと）ケント，日向涼子（ひゅうがりょうこ）と共に，妹を元に戻す方法を探し始める。

　いくら家族とはいえ，ドラゴンになってしまったら普通は驚いたり，怖がったりするものだろう。しかし柳は「京は京だ」と，ドラゴン化した妹をありのまま受け止め，彼女の幸せのために奔走する。その姿は実にまぶしい。そう，彼の頭のように！
　京もまた，そんな兄を信じ，けなげにがんばる。美しい兄妹愛である。

●笑えるだけじゃない！　ハゲしいバトルにも要注目！

　さて，そんなこんなで京を元に戻すべく，なぜか宇宙人を召喚することになった柳たちだったが，その矢先，危険なトラブルが彼らを襲う。柳たちが行った儀式によって，本当にやってきてしまった宇宙人・アロマが京の命を狙ってきたのだ。

　アロマによれば，ドラゴンとはあまねく人類に害をなす巨悪であり，彼女はそのドラゴンを狩るドラゴンキラーなのだという。彼女の魔の手から京を守るべく戦う柳だったが，激しく動くとヅラがずれてしまうのが気になって本気を出せない。絶体絶命の柳は，果たして妹を守りきれるのか――？

　とまあ，ちょっとしたバトルシーンもあったりするのだが，そこはアロマ自身が微妙にズレてたり（ヅラが，ではない）して，シリアスになりすぎないのがポイント。そもそも妹のこととなると前しか見えなくなる柳，どんなときでもお調子者のケント，オカルトやら魔術やらにやたらと詳しい涼子と，主人公サイドの人間もちょっとヘンな連中ばかり。そんな3人の中にあって，唯一の常識人であり癒し担当である京のありがたさといったら，京ちゃんマジ天使，である。ドラゴンだけど。

●読者をもハゲましてくれる，柳の漢気に感動！

　だがそんな京も，いつまでもドラゴンのままでいて平気なわけではない。
　自分は人間なのか？　それとも怪物なのか？　正体がドラゴンだと知られれば，皆から嫌われてしまうのではないか？　思い悩む京の姿に，柳はハゲでからかわれ続けてきた自分の姿を見る。かつてそんな彼を救ってくれたのは，他人とちょっと違う境遇のせいで，同じくクラスで浮いていたケントや涼子だった。二人が自分を支えてくれたように，今度は自分が京を支えてやろうと誓う柳。

　しかし兄の決意もむなしく，京の不安は，最悪の形で現実のものとなってしまう。周囲から非難の嵐を浴びせかけられ，命の危機にさえさらされる京。兄として，妹にしてやれることとはいったい何なのか。悩んだ末に，柳は決意する。彼の決断がもたらした結末に，読者は必ずや，爆笑と共に感動せずにはいられないだろう。

　どう見ても出オチなテーマを，新人らしい勢いで笑いと感動の作品に仕上げた『妹ドラゴン兄若ハゲ』。この作品のテーマをひと言で表すには，筆者があれこれと頭を悩ますより，作中の柳の台詞を引用するのがベストだろう。そう――

「ハゲは地球を救う！」

■ドラゴンでも分かる，谷口シュンスケ作品

『新感覚バナナ系ファンタジー　バナデレ！』（著者：谷口シュンスケ，イラスト：京作/HJ文庫）
→Amazon.co.jpで購入する

　著者・谷口シュンスケは1989年生まれの新人作家。『新感覚バナナ系ファンタジー　バナデレ！』で第4回ノベルジャパン大賞の金賞を受賞し2010年8月にデビュー，翌9月に今回紹介する『妹ドラゴン兄若ハゲ』を刊行。さらに10月には『バナデレ！』の2巻と，デビューから3か月連続刊行の偉業を果たした。
　その勢いに違わず，現在まで刊行された2作はいずれも新人らしい無茶っぷりが売りの一つとなっている。『妹ドラゴン兄若ハゲ』は本文で紹介したとおりだし，『バナデレ！』もまた，ヒロインがバナナを使った魔法を操るという，思わず「そんなバナナ」（……失礼）と言いたくなる作品。もっともそんな出オチ感あふれる物語を，抜群の読みやすさで最後まで読ませる実力は確かなもの。今後の活躍が非常に楽しみな新人の一人だ。
　なお，著者はハゲてないとのこと。チェッ。

■■宇佐見尚也（ライター）■■ 『このライトノベルがすごい！』（宝島社）などで活動中のハゲてないライター。気にならないと言えばウソになるが，父親もハゲてないし自分は大丈夫だと言い張る宇佐見氏。「それに，エルシャダイのPVでも言ってるじゃないですか。『髪……もとい神は言っている，ここでハゲる定めではないと』って」と，聞かれてもいないのになぜか必死の猛アピールをしてくるあたり，かなり怪しい。しかもそれ，空耳ですから。