連載
見習い少女の初恋の行方は? 「放課後ライトノベル」第9回は『“文学少女”見習いの、卒業。』をしんみり味わいます
思えば,筆者は古典的名作と呼ばれる小説をろくに読んだ記憶がない。ライトノベルとは中学時代(当時はまだ「ライトノベル」とは呼ばれちゃいなかったが)に出会い,大学時代に本格的にハマるようなって,それが今では飯の種になっているけれど,いわゆる古典的名作については自分から進んで読んだことよりも,学校の国語の授業で“読まされた”ことのほうが多いくらいだ。
とはいえ,それで困ったことがあったわけでもなし,何かきっかけでもない限りは読むこともないだろうと思っていた。まあ,実際そのとおりなのだが,今回の「放課後ライトノベル」で取り上げる「“文学少女”」シリーズを読むたびに,もっといろいろな本を読んでおけばよかった,と思わずにはいられない。というのも,“文学少女”シリーズには,国内外のさまざまな名作小説が,実に“おいしそう”に描かれて登場するからだ。
そんなわけで,今回はすでに完結している本編のその後を描いた外伝,「“文学少女”見習い」シリーズの最終巻『“文学少女”見習いの、卒業。』をご紹介。“文学少女”シリーズ全体の見どころに触れつつ紹介していくので,シリーズ未読の人もぜひ最後までご一読を。
『“文学少女”見習いの、卒業。』 著者:野村美月 イラストレーター:竹岡美穂 出版社/レーベル:エンターブレイン/ファミ通文庫 価格:693円(税込) ISBN:978-4-04-726725-1 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●過去の名作になぞらえた謎を解き明かす,文学少女の“想像”
主人公の井上心葉(いのうえこのは)は,性別はれっきとした男だが,かつて「覆面美少女作家」としてデビューし,その作品がベストセラーになった過去を持つ。だが,そのせいで大切な人を失い,次作を書くことのないまま高校へ進学。そこで彼は,一人の先輩と出会う。
それが,自称“文学少女”にして,文字どおり本をむしゃむしゃと食べてしまう不思議な先輩,天野遠子(あまのとおこ)だ。彼女によって強引に文芸部に入部させられた心葉は,彼女の「おやつ係」(遠子のおやつになる作文を書く係)に任命される。悪態をつきながらも,文芸部でのひとときに安らぎを感じ始める心葉。だがその矢先,彼は周囲で起きるさまざまな事件に巻き込まれていくことになる。
いないはずの先輩にラブレターを送る後輩。自らを幽霊と名乗る少女。悩める同級生……。一見穏やかに日々を過ごしているように見える人々が,裏に抱えた痛みや苦しみ。ときに狂気さえ感じさせる事件の数々は,過去に心に傷を負った心葉を,ひいては読者の胸を静かにえぐってくる。
特徴的なのは,それぞれの事件が,実在する既存の小説に材を採っていること。事件の核になる人間関係や状況設定が,過去の名作小説に酷似しており,事態は物語をなぞるように進行していく。小説の結末を事件の結末と重ね合わせ,ときに絶望する登場人物たち。
そんな彼らを救うのが,遠子の“想像”。物語に書かれていない部分を“想像”し,新たな一面に光を当てることで,事件の真相を解き明かしていくのだ。遠子の“想像”は言ってしまえば,単なる一人の少女による空想であり,それが真実である保証もない。だが,誰よりも物語を愛している遠子だからこそ,その言葉には重みがあり,読者もまた,こう信じられるのだ。悲劇に彩られた物語にも,希望はあるのかもしれない,と。
ネタバレになりかねないので具体的な作品名の例示は避けるが,題材となっているのは誰もが名前くらいは聞いたことのある有名な作品ばかり。内容を理解するのに最低限必要な概要は作中で語られるが,元となる作品を読んでいればよりいっそう楽しめるはずだ。
●あの作品はどんな味? グルメな文学少女の感想に注目!
物語の中で,心葉はやがて,すべての始まりとなった,自分の過去と向き合うことになる。そして遠子もまた,笑顔の裏にひとかたならぬものを隠し持っていた。それまで遠子に導かれてきた心葉は,いかにして過去を乗り越え,「物語を書く」ということに,どう向き合っていくのか。そして,自分を支えてきてくれた遠子に,何を返せるのか。終盤の展開は,身を切るような痛みと切なさに満ち満ちており,その先にある結末は,涙なくして読むことはできない。
けれど,ただ重苦しいだけの話かといえば,決してそんなことはない。心葉と遠子の日常風景をはじめとして,くすりとさせられたり,ほのぼのしたりするシーンは随所に登場する。何より外せないのが,遠子による小説の“味”の描写。普通の食べ物の代わりに本を食べる彼女は,その味を精一杯“想像”し(遠子には,普通の食べ物の味が分からない),それがいかにおいしいか,滔々と語ってみせる。たとえばこんなふうに。
「ギャリコの物語は,火照った心をさまし,癒してくれる最上級のソルベの味よ。喉にするりと滑り込んでゆく食感がたまらないわ」(『“文学少女”と死にたがりの道化』より)
ほかにもディケンズの『クリスマス・キャロル』が「作りたてのミートローフ」だったり,武者小路実篤『友情』が「一流の料亭でいただくお豆腐料理」だったりと,グルメ番組のレポーター顔負けの味表現の数々。既読の人は思わず納得し,未読の人はその味を求めて元の本を手に取りたくなるのではないだろうか。
なお,現在3巻まで刊行されている短編集『“文学少女”と恋する挿話集(エピソード)』では,よりコメディライクな作品もしばしば登場している。読むなら本編読了後となるが,ぜひこちらも楽しんでいただきたい。
●本編のその後を描く,もう一つの“文学少女”の物語
さて,ここまででだいぶ文字数を使ってしまったが,以上が“文学少女”シリーズの大まかな流れだ。そして,今回紹介する『“文学少女”見習いの、卒業。』は,本編最終巻のその後を描いた外伝,「“文学少女”見習い」シリーズの最終巻となる。
“文学少女”見習いシリーズでは,遠子が卒業し,心葉だけになった文芸部に,一人の新入生が入部してくる。彼女の名前は日坂菜乃(ひのさかなの)。彼女はあるとき偶然見かけた心葉にひと目惚れし,強引に入部してきたのだった。
心葉のために,見習いとして“文学少女”を目指す菜乃。もともと心葉目当てだった彼女はほとんど小説を読んだ経験がなく,当初は心葉に冷たくあしらわれる。けれど“文学少女”となるべく奮闘する彼女の姿は,どこまでも前向きでまぶしい。遠子がすべてを包み込む陽だまりのような女性とするなら,菜乃は周りの人々を笑顔にする,ひまわりのような少女なのだ。
そんな彼女のことを,心葉もまた,徐々に認めるようになる。シリーズ本編でさまざまな人の裏側を見てきた心葉は,心に見えない傷をいくつも負ったはずだ。決意を胸に立ち上がった彼が,本当の意味で前へと進んでいくためには,きっと,菜乃のような存在が必要なのだろう。
すべてが終わったとき,心葉は高校を卒業していき,菜乃もまた,見習いを卒業していく。一人の少女の初恋と成長を描いた“文学少女”見習いシリーズは,まぎれもない,もう一つの“文学少女”の物語だった。
■見習いでも分かる,野村美月作品
著者・野村美月は2002年デビュー。デビュー作は第3回ファミ通エンタテインメント大賞(現・えんため大賞)小説部門で最優秀賞を受賞した『赤城山卓球場に歌声は響く』。同作は「卓球場シリーズ」としてシリーズ化される(全4巻)。その後,『フォーマイダーリン! 月夜は無邪気に竜退治』『天使のベースボール』『Bad! Daddy』『うさ恋。』と,一貫してファミ通文庫で作品を発表してきた。
『うさ恋。1 女なんか、嫌いだーっ!』(著者:野村美月,イラスト:森永こるね/ファミ通文庫)
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デビューから一貫してコメディを書き続けてきた野村美月だが,2006年からスタートした“文学少女”シリーズでは,人の内面に深く踏み込んだシリアスな作風に挑戦。読者の幅を大きく広げ,劇場アニメ化されるほどの大ヒットとなる。とはいえレビュー本文にもあるように,“文学少女”シリーズでもコメディ要素は健在。結果,痛みと切なさを感じさせつつもさわやかな読後感を残す,ビター&スウィートな作品に仕上がっている。
なお“文学少女”シリーズは,著者から刊行順に読むことが強く推奨されている。これから読み始めようという人は,事前に刊行順をチェックのうえ,読み進めていただきたい。
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