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徳岡正肇の これをやるしかない!:独ソ戦からガルパン、そしてその先へ。伝説のウォーゲームデザイナー,中黒 靖氏ロングインタビュー
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印刷2017/12/28 00:40

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徳岡正肇の これをやるしかない!:独ソ戦からガルパン、そしてその先へ。伝説のウォーゲームデザイナー,中黒 靖氏ロングインタビュー

根強い米国市場と,新興の中国市場


4Gamer:
 ウォーゲームがあらためて世界的な広がりを見せつつあるということですが,世界的に見て,ウォーゲーム市場はどのような状況なのでしょうか。

中黒 靖氏:
 大前提をお話しすると,世界中のどこを見ても,「ものすごく巨大なマーケットが成立している」なんて状況は存在しません。
 ただ「英語圏」というマーケットは,今も必要十分に大きいと言えます。というより今後のビジネスを考えるなら,英語圏をマーケットに含めた展開を考えないと先行きに不安あり,というのが実感です。

4Gamer:
 1950年代から今日に至るまで,米国は現代的なウォーゲームの母国と言えますが,今の米国におけるウォーゲームシーンはどうなっていますか。

中黒 靖氏:
 正直にお話ししますが,米国の現状についてはそれほど詳しくありません。
 ただ,Facebookでつながっている米国のゲーマーは高齢の方ばかりですね。現役から退いて,余暇を活かして大きなゲームをデザインしたり,大きなゲームをプレイしたりしているようです。
 で,そういう人に「そっちではどういう人達がウォーゲームを遊んでるの?」と尋ねると,「おっさんばっかり」という答えが返ってきます。概算ですけど,日本のウォーゲーマーより平均年齢が10歳上,といった感じです。なにせ50歳が「若手ウォーゲーマー」ですからね!(笑)

4Gamer:
 「50歳で若手」はキツイですね。伝統芸能もかくや,と言うべき状況ですか。

COINシリーズではさまざまなゲームが作られ続けている。こちらはアフガニスタンでの戦いがテーマのもの
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中黒 靖氏:
 クラシカルなウォーゲームにこだわらないGMTのCOINシリーズ※36や,Wizards of the Coastの『Battle Cry』※37など,切り口の違うゲームには若い層も食いついているようです。とくにGMTの作品が強いみたいですね。

※36 「COunter INsurgencies around the world」の略。政府軍と反政府軍の戦いがテーマとなる,一連のゲームシリーズだ。第1号は『Andean Abyss』で,これは1990年代のコロンビアが舞台なのだが,政府と共産系組織FARC,右翼系組織AUC,麻薬カルテルによる四つどもえの戦いとなる。完全なアナログゲームながらAIプレイヤーを参入されることも可能で,愚かな人類3人が殴り合っているスキにAI勢力が勝つといったことも起こる。
※37 南北戦争における会戦をテーマとした作品。大量のミニチュアが付属しているが,マップはヘクスで区切ってあるため,やろうと思えば紙の駒でも問題なくプレイできる。カードを使い,手札によって行動が制限されるというシステムになっており,手札にある範囲の行動しかできないため,一般的なウォーゲームに比べてハードルが低く,初心者でもプレイは容易だ。


※36で出てきたAndean Abyss(写真提供:中村正浩氏)。プレイ風景を見て分かるように,いわゆる「ウォーゲーム」からはちょっと遠い雰囲気だ。「ちょっとルールが難しめの,重たいボードゲーム」としてプレイするボードゲーマーもいるらしい
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4Gamer:
 それは多少の救いですが,やはりキツいですね。世界の他の国も似たような状況なのでしょうか。

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中黒 靖氏:
 いえ,好対照を為している国として中国が挙げられます。
 ボードゲームの人気の高まりとともに,ここ数年,急激に中国のウォーゲーム人口が増えているようです。2010年ごろに台湾で専門誌が出たことで盛り上がって,その動きが中国本土にも及んだ,という感じでしょうか。プレイヤーの年齢層としては,20代後半から40代中盤までが中心です。

4Gamer:
 ほう。

中黒 靖氏:
 デベロッパも若いです。だいたい20〜30代のデザイナーがウォーゲームを作っています。さすがに経験が浅いこともあって,現状ではデザインの荒いところも目につきますが,ウォーゲームに賭ける「思い」の強さはヒシヒシと伝わってきますね。デザイン経験を重ねていくことで,かなり良いものを作るようになるんじゃないでしょうか。

4Gamer:
 中国でヒットするウォーゲームに,何か特徴はありますか。

中黒 靖氏:
 当たり前のことですが,ご当地テーマが強いですね。たとえば日中戦争は定番ですし,中越紛争も人気があるようです。ダマンスキー島(珍宝島)での衝突を戦術級のゲームにしている人達すらいます。

4Gamer:
 確かに,中越紛争を積極的にウォーゲームにしようとする地域は,中国とベトナム以外にないかもしれないですね。

中黒 靖氏:
 あと中国では,ゲームの制作にあたって中国版Kickstarterを使うのが一般的になっています。事実上の受注生産システム,ないしプレオーダーとしてクラウドファンディングが機能するパターンですね。
 制作資金を集めてから作るという形で進めているので,ビジネスとしてのリスクは非常に小さいんですよ。もちろんまだまだ市場が小さいのでリターンも小さいですが,ローリスクローリターンというバランスにはなっています。

4Gamer:
 ゲームマーケットにおいては「事前予約」のウェイトが重くなっていることを考えると,日本でも似た状況と言えるかもしれません。入金のタイミングが違うけれども,プレオーダーというところは同じですよね。

中黒 靖氏:
 そうですね。
 とはいえ,いずれの国でも「物体を売る」ということの大変さは同じです。
 中越紛争のゲームを作ったデザイナーが春のゲームマーケットに来ていましたが,荷物が大変なことになっていました。それは自分も同じで,同人ゲームを作るたびに,家が在庫で圧迫される期間が発生してしまいます。

4Gamer:
 プレイヤーの年齢層という点で言うと,ゲームマーケットでの様子に限って言えば,日本のウォーゲーム人口が少しずつ若返ろうとしている機運を感じます。
 中黒さんの実感としてはどうでしょうか。

中黒 靖氏:
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 各メディアで取り上げていただいたこともあり,興味を持つ若い人が増えているのは事実です。今年は映画の影響もあって,『ドイツ戦車軍団』※38の「ダンケルク」シナリオに食いつく人が多かったですね。ドイツ戦車軍団自体も普段よりずっとたくさん売れています。
 とはいえ,イベントの試遊卓でウォーゲームをプレイしてもらうのは難しいという現実はあります。ルールが簡単で展開が早いドイツ戦車軍団でさえ,説明からプレイまで60分間はかかります。

 もっと手軽にウォーゲームの雰囲気が伝わるものがあったほうがいいと思い,以前は『ガザラの戦い』※39を無料で配布しましたし,最近ではカードゲームも用意しています。

 ただ繰り返しになりますけれども,イベントの限られた時間の中で,ウォーゲームならではのコアな楽しさを味わってもらおうと思うと,「難しい」と言わざるを得ないですね。

※38 1982年にエポック社のワールドウォーゲームシリーズ第7作として出版された,入門用ウォーゲーム。何度か再販された後,現代においても国際通信社が販売中だ。国際通信社版では4つのシナリオが入っており,第2次世界大戦における4つの有名な戦いが楽しめる。そのうちの1つであるダンケルクは筆者の連載バックナンバーで紹介済み。
※39 A4サイズのちらし1枚に,マップとルール,ユニットのすべてが印刷してあるという「チラシゲーム」。ゲームは無償で入手できるので,印刷すればプレイ可能だ。プレイヤーは北アフリカで行われたガザラの戦いにおける英国軍ないしドイツ軍を担当する。1手番につき1ユニットしか動かせないうえ,サイコロを振って大きな目を出したプレイヤーが手番を得るという,完全にランダムな手番なので,1手ずつ小さな局面を考えていく展開となる。そのため初心者でもプレイしやすい。



「問題解決」こそがウォーゲームの面白さ


4Gamer:
 「ウォーゲームならではの楽しさ」というお話が再び出てきましたが,中黒さんは「ウォーゲームならではの楽しさ」は何だとお考えですか?

中黒 靖氏:
 簡単に言えば,問題解決の面白さです。解決すべき問題があって,それを解く。これは端的に面白いですよね。
 でも優れたウォーゲームの場合,この構造に,もう一捻り入っています。

 ウォーゲームにおいて問題を解決するためには,まずプレイヤー自身が問題を見つけなければなりません。「これが問題です」と明示されているゲームがないわけではありませんが,ちゃんとデザインされたウォーゲームだと,本当の問題がどこにあるのかは示されていません。
 まあこれは何も,ウォーゲームに限らない部分もありますね。

4Gamer:
 確かに。「どうなれば勝利するか」は明示されていても,「勝利条件を実現するためには何をどう最適化すればいいか」が明示されているゲームは,めったにありません。

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中黒 靖氏:
 ウォーゲームが面白いのは,プレイヤーが取り組むべき課題として実際の歴史上の問題が用意されていて,しかもそれはゲームの中に隠されているということです。
 隠された問題が見つかれば,じゃあどうやってその問題を解決しようかと考える。そして実際にゲームのルールを利用しながら,問題解決に取り組んでいく。言い換えれば,歴史上の問題がゲームのルールやコンポーネントとして,どう表現されているかを考える。
 この一連の流れが,ウォーゲームならではの楽しさにつながっているのだと思います。

4Gamer:
 まずはデザイナーが「これが歴史上のこの状況における問題のキモだ」と解釈した,その「解釈」をうまく読み取る。そしてそのデザイナーの解釈に基づく問題を,デザイナーが用意したゲームの各種構造を駆使して,解決していく,と。

中黒 靖氏:
 なのでウォーゲームのコアな楽しさを追求するなら,課題に対する「予習」をして,それを現場でぶつけて遊ぶのが理想です。
 このゲームが提示する問題は何なのか,そしてその問題の解決に向けてどんな選択肢があるのか。そこに対して前もって自分なりの仮説を立てておいて,そのうえで実際に「人との対戦」を通じて仮説の検証を進めていくと,非常に面白いわけです。

4Gamer:
 あえて卑近な例に落としこむと,「『第2次世界大戦にドイツが勝利するためには,可能な限り2正面作戦を避けねばならない』と,当該ゲームのデザイナーは考えているように思える。ドイツにとって最大の敵はソビエトである。そして当該ゲームにおけるドイツは,第1ターンにソビエトに対して宣戦布告できる。よって第1ターンに電撃的にソビエトに侵攻するのはどうか」という見通しを立てておいて,実際に対戦すると,他のゲームにはない面白さが得られるというような話ですね。

中黒 靖氏:
 ですね。でも,ゲームマーケットみたいなイベントでウォーゲームを遊んでもらうにあたって,「事前に予習してきてください」とは言えないですよ(笑)。
 なのでたとえば,無料配布した「チラシゲーム」であるところのガザラの戦いでは,1手先すら読めないようなシステムにしています。この場合,プレイヤーは長期的な視野を持たなくてもゲームを楽しめます。むしろ1手ごとに状況を楽しめるほうが,イベントでのプレイには向いていると考えたわけです。

Android版ガザラの戦いより
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4Gamer:
 ガザラの戦いはSi-phonさんがスマートフォンアプリにもしていますが(Android / iOS),あれでウォーゲームの楽しさを知ったという人は結構いるようです。狙いどおり,「ちょっとした隙間時間に,パッと遊べて,ちゃんとウォーゲームになっている」作品として,かなりプレイされたようですね。

中黒 靖氏:
 それはとても嬉しい話ですね。
 正直なところ,ウォーゲームは単なる対戦型ゲームとしては微妙だったりします。史実での戦いが一方的な展開だった場合,ゲームバランスを整えるためいろんなルールを付け足したり,勝利条件を偏らせたりして,結果,ゲームとしていびつな形になっているなんてことは結構ありますから。

4Gamer:
 確かに。

中黒 靖氏:
 なので,もし人と対戦することだけを求めるなら,それこそ囲碁や将棋に代表されるようなアブストラクトのほうが良いと思います。
 ウォーゲームは,ゲームにおける問題解決と,歴史における問題解決を,同時に楽しめるようになっています。そしてこれこそがウォーゲームの業であると同時に,今なおジャンルが生き延びている理由でもあると思っています。


「歴史シミュレーションゲーム」というジレンマは,本当にジレンマか


4Gamer:
 「ゲームにおける問題解決と歴史における問題解決を同時に楽しめる」のがウォーゲームの業であり,特有の面白さでもあるというお話を聞いたところで,ウォーゲームファンの間でしばしば取りざたされる「高梨仮説」と「鹿内仮説」についても,中黒さんの見解を伺ってみたいです。

 まずは高梨仮説ですが,高梨先生※40はウォーゲームの中でもとくに「ヒストリカルシミュレーションゲーム」に対して,歴史性とシミュレーション性,ゲーム性に要素を分割して考えた場合,これらは同時に並立しないのではないかという疑念を提示されています。
 たとえば「歴史上の人物の立場で,プレイヤーが自由に選択できる」という要件を満たすと,プレイヤーは歴史の登場人物その人ではないわけですから,必然的にシミュレーションとして不正確になる,といった具合です。

※40 高梨俊一氏。日本大学理工学部教授にしてゲームデザイナー。ウォーゲームとしての『レッドサン・ブラッククロス』の原案者であり,大胆かつ簡潔なルールで第二次大戦の経済面を重点的にカバーした『ドイッチュラント・ウンターゲルト』のデザインなどでも知られる。

中黒 靖氏:
 その問題は,本当にゲームとして問題になってしまう場合と,問題にならない場合があると思っています。

 まず,そもそもの話として,ウォーゲームにおいては歴史もシミュレーションもゲームも,実装するには限界があります。史実における状況全部をコンポーネントに盛り込むことはできませんし,シミュレーターとして完璧な精度を実現するのは不可能ですし,ゲーム要素として持ち込む仕様には限度ないし節度があるべきです。
 つまり,繰り返しになりますけれども,ウォーゲームに実装されているのは,歴史において当事者たちが直面した問題を,デザイナーがどう解釈して,どうプレイヤーに提示するかの結果なんです。
 そのうえで,この「デザイナーの解釈と提示方法」が上手く噛み合わなければ,歴史とシミュレーション,そしてゲームの相克が巨大な矛盾として噴出するのかな,と思います。

4Gamer:
 はい。

中黒 靖氏:
大東亜共栄圏のマップ
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 実はこのことは,自分が最近デザインしたゲームである『大東亜共栄圏』のテストプレイでも発生した問題です。
 大東亜共栄圏は,太平洋戦争のずっと前からゲームが始まり,誰が誰といつ戦争するのか/しないかをプレイヤーが選べるゲームです。プレイヤーは当時における各国の最高指導者となって,戦争をするか/しないかのレベルで意思決定を行い,問題を解決することが求められるわけです。

 ちなみに,大東亜共栄圏のα版は,日本と米国,そして「中国+英国セット」を3人でプレイするものでした。ゲームは1932年くらいから始まって,戦争するもしないも各プレイヤーの自由です。
 すると,面白いことに誰も開戦しないんですよ。戦争を始めれば「ひどいことになる」のが分かっているからですね。

4Gamer:
 プレイヤーが歴史を知っているからこそ,ゲームが動かないと。

中黒 靖氏:
 ええ,まさに,プレイヤーが歴史を知っているからこそ起こる「矛盾」と言えるかもしれません。
 ある種のシミュレーションではあるのだけれど,史実の再現という意味でのシミュレーションからは外れてしまう。そしてその結果,歴史としてもゲームとしてもなんだかおかしい,ということになってしまったわけです。

4Gamer:
 「歴史において当事者たちが直面した問題を,デザイナーが解釈したもの」があまり当を得た解釈ではないのか,それとも「その解釈に基いてプレイヤーに提示したもの」が適切でないのか,あるいはその組み合わせが悪いのか。
 ともあれそのレベルでの問題が,歴史とシミュレーション,ゲームの関係をガタつかせた,というわけですね。

中黒 靖氏:
 この問題の解決策として,自分はゲームプレイヤーは日本と連合軍という形にして,さらに連合軍のうち交戦中なのは中国だけという形に変更しまして,さらに日中戦争が泥沼に填まった1939年をゲームのスタート地点に設定しました。
 その頃には軍事費も60億円を超え,日本国債ポンド建ての金利が20%を超えていましたから,放っておけばあと2年で(日本)経済は崩壊してしまいます。日本プレイヤーは,それまでになんとしても中国との戦争にケリをつけなくてはならないんです。

4Gamer:
 つまり「歴史において当事者たちが直面した問題を,デザイナーが解釈したもの」の切り口を変えてみたわけですね。

中黒 靖氏:
 もちろん,別の方法もあったと思います。たとえば「1932年スタートにしたまま,ルールで必ず戦争が起こるように設定する」とかですね。
 でも「必ず戦争しなさい」というルールは,それはちょっとどうなのかな,と。

4Gamer:
 「戦争するかしないか」という問題と立ち向かうゲームなのに,結局は選べないのではマズいですね。

中黒 靖氏:
 というわけで,ヒストリカルなシミュレーションゲームに対して,「正しい歴史」「正しいシミュレーション」「正しいゲーム」みたいなものを想定してしまうと,高梨先生が指摘されたような問題が噴出するように思います。
 むしろウォーゲームにおいては歴史もシミュレーションもゲームも,デザイナーの解釈であり選択なのだから,その3つが妙な軋みを起こさないような切り口を考えるのが大事ではないでしょうか。

4Gamer:
 次に,もう1つの鹿内仮説についても伺います。
 鹿内氏はウォーゲームが普及しにくい理由として,歴史とミリタリー,ゲームという3ジャンルに対して一定以上の理解がないと,いずれかの要素がウォーゲーム自体の「ハードルの高さ」として機能してしまうのではないかという仮説を立てています。
 これについては,どのようにお考えですか。

中黒 靖氏:
 まず,歴史シミュレーションゲーム――「イコール,ウォーゲーム」と考えていいと思います――には,歴史とミリタリー,ゲームの3要素すべてが含まれているものであって,それはそれでいいのではないかと。
 むしろ大事なのは,ウォーゲームというものは,1つのゲームの中に,それぞれの要素についての「問題解決」がある,ということです。歴史上の問題解決と,ミリタリーの問題解決,ゲームの問題解決。この3つを同時に楽しめるのがウォーゲームのはずなんですね。

4Gamer:
 そこを完全に崩してしまうと,これはこれで「ハードルが高い」という問題を越えて,ジャンルの危機になりかねない,と。

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中黒 靖氏:
 はい。
 そういう意味で,自分としては歴史上の問題解決をヒストリカルノートに押し込んでしまい,ミリタリーやゲームの問題解決だけに集中させるようなゲームデザインは,あまり好きではありません。
 ゲームを遊んでいると自然にその3つの問題が見えてくるとか,勝とうと思って頑張るとその3つの問題が見えてくるといった,そういうデザインを心がけています。

4Gamer:
 ああ,それは非常によく理解できます。

中黒 靖氏:
 そのうえでウォーゲームにおいて重要なのは,歴史上の問題解決と,ミリタリーの問題解決,そしてゲームの問題解決の3つの重みに濃淡をつけられる,ということです。
 ですから,「ちょっと歴史に興味があって,ちょっとミリタリーに興味があって,でもやっぱりゲームが好き」な人に対して訴求するゲームデザインは,可能なんです。

 ただ「これはそういうゲームなんだ」と理解してもらうためにも,そのための新しいブランド名は必要だと思います。
 「ちょっと歴史に興味があって,ちょっとミリタリーに興味があって,でもやっぱりゲームが好き」の例で言えば,これに対してコマンド日本版というブランドは重たすぎるし,ウォーゲームハンドブックですらまだ重い。そこで,いまお話ししたような「試遊卓にふらっと来た人がその場で楽しめるゲーム」のブランドとして,(国際通信社は)「レキシモン・ゲームズ」というブランドを作って,軽めのカードゲームを展開しています。


時流に乗ることはいいことなのか


4Gamer:
 もう1つ,鹿内仮説つながりでマーケティング寄りの話になりますが,コンピュータゲームや漫画,アニメ,映画との協調,協業は,実際にどれくらい効果があるものなのでしょう? これらはウォーゲームの参加ハードルを本当に下げてくれているんでしょうか。

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中黒 靖氏:
 具体的な数字は言えませんが,あるIPのオフィシャルゲームということになると,売り上げはN倍になります。一方で背景とする歴史が人気IPと同じというだけなら,N%増しという感じです。
 もうちょっと踏み込んで言うと,たとえば「艦隊これくしょん -艦これ-」(ブラウザ / Android,以下 艦これ)の効果は決して「巨大」とは言えませんが,同時に決してゼロではありませんでした。何より艦これ以降,太平洋戦争ものがよく売れるようになったのは紛れもない事実です。

4Gamer:
 映像作品で言いますと,NHKの大河ドラマとテーマを同じくしたゲームは売れる,という話はよく耳にします。実際,SSシリーズの『太平記』は大河ドラマと噛み合ったことで伝説的なレベルで売れたと聞いていますが,真相はどうだったのでしょう?

ゲームマーケット2017秋で発売された『ウォーゲームハンドブック2017』。付録ゲームは『田原坂』と,来年の大河ドラマに合わせてきている
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中黒 靖氏:
 大河ドラマ効果はホンモノです。ですので来年の市場を狙うなら,戊辰戦争や西南戦争は良いテーマになるのではないでしょうか。「大河ドラマのテーマを基にしてゲームを作る」くらいの気持ちでもいいかもしれません。
 ただ近年,趣味のジャンルは非常に細分化していますので,「このネタだったら,これくらいの数は絶対に大丈夫」という予断はとても危険ですね。

4Gamer:
 大河ドラマにテーマをかぶせるのと似た企画としては,冬にはバルジものを出し,夏にはバルバロッサものを出すといった「季節商品」的な展開が語られることがありますが,これって本当に意味があるんですか?

中黒 靖氏:
 ありません(笑)。

 ただ,「第1次世界大戦100周年」といったような「N周年」は,効果があります。やはり社会全体で注目が上がっていると,ゲームにも効きますね。

4Gamer:
 社会的な注目が上がっているところに商機ありという伝手(つて)でいくなら,ウォーゲームは歴史上の戦争だけでなく,現在進行系の戦争,ないしこれから起こり得る戦争をテーマとすることも可能です。ですが言うまでもなく,これは非常にデリケートな問題を生む可能性もあります。
 この点についてはどうお考えですか。

中黒 靖氏:
 非常に難しい問題ですね。
 実際にコマンド日本版でも,かつて『尖閣ショウダウン』という付録ゲームを付けたことがあります。「日中が尖閣諸島を巡って軍事衝突したならば」という作品ですね。

尖閣ショウダウンと,それを収録したコマンド日本版
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 尖閣ショウダウンが付録になった号は一瞬で売り切れたんですが,実を言うとこれ,やった後で後悔しているところがあります。
 尖閣ショウダウンは,ゲームシステムにしても何にしても非常に真面目に作ってありまして,何かその手の妙な煽りが入っているわけではありません。あくまで日本から見た,近未来有事のシミュレーションです。実際に遊んだ人からは,ゲームとして面白いかどうかという以外の評価を頂戴したこともありません。

4Gamer:
 はい。

中黒 靖氏:
 ですが,尖閣ショウダウンを「持っておく」ために買った人や,あるいはそれを書店で見た人,ないしプレイしているところを見た人は,わりと簡単に誤解することがあります。やれ中国が強いだ弱いだ,いや日本が強いだ弱いだ,みたいな話ですね。
 また,ゲームを政治的意図で利用する人が出ないとも限りません。これはとても嫌なことですね。

 なんにせよ,「これから起こるかもしれないこと」に対しては,慎重にならないと難しいというのが実感です。たいていの場合ゲーマーは「分かってくれる」のですが,ゲームをしない人は必ずしもそうではないので。

4Gamer:
 とはいえ,時事ネタに突っ込んでいく姿勢もまた大事なのでは,と思うこともあります。アナログゲームは素早く作ることが可能という利点がありますから,PC側がせいぜい「大統領に靴を投げるゲーム」で留まっているうちに,もう少し核心に近づいたゲームを作ることも可能なのではないか,と。
 実際,PCゲーム側では「This War of Mine」や「Replica」のような突っ込み方をしているゲームも出現しつつあります。

中黒 靖氏:
 そういうケースで言うと,やはり米国人はパワフルなブッコミを見せますね。
 有名なウォーゲームデザイナーにTy Bomba(タイ・ボンバ)※41という人がいるんですが,彼の次の新作は『ロケットマンズ・ウォー』ですよ(笑)。ちなみにこのシリーズの1つ前の作品は『プーチンズ・ウォー』。

※41 1953年生まれのゲームデザイナー。アメリカの空軍と陸軍で勤務し,いくつもの学位を取得している。退役後はS&Tの編集に携わり,後にCommand Magazineを創刊。またXTRを立ち上げ,数多くのウォーゲームをデザインしてきた。ウォーゲームデザインに関する重要な賞を多数取っているが,氏の作品は良くも悪くも個性的なデザインがなされていることが多く,日本の一部のファンはこれを「ボンバ節(ぶし)」と評している。

Bomba氏は何も奇天烈なテーマのゲームばかり作っているわけではなく,『ジューコフの戦争』のようにまっとうな東部戦線ものも作っている。ゲームシステムにやや癖はあるものの,それがハマると非常に良い作品となるタイプのゲームデザイナーだ
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4Gamer:
 お,おお……。さすがBomba……。

中黒 靖氏:
 いやあ,文化が違うというか,怖いもの知らずというか。
 でも米国においても,この手のゲームが出版されるまでには,以前より時間がかかるケースが増えています。たとえば『The ISIS War』※42は2014年にデザインされたゲームですが,リリースは来年予定です。
 あるいは『Labyrinth: The War on Terror, 2001 - ?』※43は,「テロとの戦争」を扱う作品の中でも非常に評価が高い傑作ですが,こちらも2001年からの状況を扱っているのに対して,リリースされたのは2010年です。

※42 2017〜2020年ごろの中東を舞台とした架空戦ゲーム。軍事用の核開発能力を持ったイランと米国,それにクルド人独立国家などなど,「これでもか」といった感じでボンバ節が炸裂している。
※43 GMTが販売している,カードによるプレイを中心としたウォーゲーム。「テロとの戦争」をテーマとした作品の中では屈指の完成度を誇る。ちなみに続編となる『Labyrinth: The Awakening, 2010 - ?』は2016年に発売されており,こちらも評価は極めて高い。


Modern War
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 Decision Games(という出版社)は『Modern War』という現代戦専門の雑誌を出していて※44,付録ゲームが毎号付いてきますが,こちらも3年前から作り溜めしているそうです。フットワークの軽さが失われてきているというのは間違いないかなと思います。
 でもそれが何もかも悪いかというと,そうとも言えなくて。なにせ,フットワークも軽く作られたこの手のゲームは,早いだけあって完成度が……ということも多いですから。

※44 ※22にも登場したDecision Gamesは,1988年設立のウォーゲームパブリッシャ。ゲームの開発や,S&Tの発行,第2次世界大戦に特化した雑誌『World at War』の発行,現代戦に特化した雑誌『Modern War』の発行も行っている。ちなみに各雑誌は付録ゲーム付きで,前出の『The ISIS War』はModern War 2018年1月号の付録になる予定とのことだ。

4Gamer:
 ああ,確かに。
 リビアを舞台にした対テロ架空戦のソリティアがありましたが,非常に微妙なゲームでした。


中黒流ウォーゲームデザインの秘密は,こんなに簡単!


4Gamer:
 さて,これまで中黒さんは非常にたくさんのゲームをデザインされていますが,ウォーゲームをデザインするにあたって中黒さんが最も重視しているのはどういう点でしょうか。

中黒 靖氏:
 先ほどお話ししたように,ウォーゲームは問題解決のゲームです。なのでこの問題を解決するルートの設定には,とくに気を遣っています。
 要は,ある問題に対して,なんらかの解決策を講じると,それでどちらかが勝利してゲームが終わるような構造では,マズいんです。

4Gamer:
 それは直感的に駄目なゲームだと感じますね。

中黒 靖氏:
 でもこれって,歴史の問題解決というところも視野にいれると,(作ることが)急に難しくなります。史実の戦闘においては,解決すべき問題の所在が単純かつ浅い,なんてことは珍しくないので。

4Gamer:
 確かにそうですね。勝敗が圧倒的だった場合って,勝った側は「勝つべくして勝った」としか言えませんし,負けた側は「できることは何もなかった」としか言いようがないことも多いでしょうから。

中黒 靖氏:
 理想としては,ある問題を解決すると,その奥にさらに問題が見えてきて,その新しい問題を解決すると,さらにその奥に……という構造が望ましいですね。
 さらに高望みするならば,この問題解決の連鎖が円を作っていると,完璧です。プレイヤーAが問題解決のために手を打ち,それに対してプレイヤーBが対抗する手を打ち,それに対して……と繰り返していくと,いつしか問題が最初の段階に戻っている。このような構造を作れたならば,そのゲームは何度遊んでも楽しいゲームになります。

4Gamer:
 でもそういう構造をした,あるいはそういう解釈が可能な歴史上の問題って,どれくらいあるんでしょう。?

中黒 靖氏:
 そこですね。至って少ないというのが現実だと思います。
 しかも,たとえ構造としては理想的でも,「そのテーマのゲームは日本では売れない」ということだってあり得ます。南北戦争のとある戦いがそのような構造で解釈できたとしても,残念ながら日本では南北戦争のゲームは売れないんですよね。

4Gamer:
 難しいですね。ただ,若干の主観は混じりますけれども,中黒さんがデザインしたウォーゲームはとても打率が高いというか,面白いゲームであることが非常に多いと感じます。その秘訣は何でしょうか。

中黒 靖氏:
 そう感じていただけているのであれば,その理由は「テストプレイヤーが良い」という一点に尽きます。鹿内さんと羽田さん※45を中心としたテストプレイがあるからこそ,完成度を高められているのは間違いありません。

※45 ゲームシナリオ制作や脚本&小説執筆を主な業務とするエルスウェアのゲームデザイナー,羽田 智氏のこと。ウォーゲームデザインにおいては『ウォーゲームハンドブック2014』の付録ゲームとなる『バルバロッサ作戦』をデザインしているほか,ゲームマーケット2017秋ではレキシモン・ゲームズに対戦型カードゲーム『ミッドウェイ』を提供してもいる。

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 鹿内さんや羽田さんのような歴戦のウォーゲーマーは,ほとんどのゲームに対して「これがベストの解決策」というのを見つけてしまいます。でもベストの解決策がすぐに見つかってしまうようなゲームではダメだというのは,言うまでもありません。
 現実問題として,「ベストの解決策を完全になくす」のは,極めて難しい。理想は「理想の解決がいつまでも見つからない」ことですが,実際には「ベストの解決策が見つかるまでに5〜6回はプレイが必要」なラインを最低保証にするしかないこともあります。こればかりはテーマに依存する部分も大きいですね。

 あと,これは銀一郎先生の言葉ですが,「駄目なテストプレヤーにテストさせても無駄」というのも大事だと思います。ゲームシステムや基本的なバランスを検証する段階のテストプレイは,信頼できるゲーマーに任せたほうがいいですね。

4Gamer:
 もう1つ,デザインの秘密を教えてください。中黒さんのblogを拝見しておりますと,中黒さんはときに驚くほど早くゲームのプロトタイプを仕上げ,テストプレイ版まで作ってしまっているように感じます。場合によっては「東京から大阪に向かう新幹線の中で基本的なデザインを終えた」としか思えないこともあるくらいです。
 この速度の秘訣は何でしょうか。

中黒 靖氏:
 ああ,あれはですね,「作ろう」と宣言してから作ってるんじゃないんです。作りたいもの――解決すべき問題――がある程度できあがるまで,頭の中で寝かせているんですよ。テストプレイの段階に入るまでに,半年くらい寝かせていることもあります。
 要するに自分は,「作ろう」と実際に言い出すまでが長いんです。「作ろう」と言い出した段階で,頭の中ではだいたい形になったゲームが存在しています。結果,素早くゲームを作っているように見えるのだと思います。

4Gamer:
 最後にいくつか一問一答的に伺っていきます。
 最近はカードゲームをデザインされることも多いですが,クラシックなウォーゲームのデザインと比較して,「ここが面白い」「ここが難しい」といったところがありましたら教えてください。

中黒 靖氏:
 物理的な制約の大きさは,カードゲームのほうが厳しいですね。でも昔からカードゲームは作っていましたので,その制約には慣れているという部分はあります。

4Gamer:
 カードゲームつながりで伺いますが,銀一郎先生は某所で「ウォーゲームとボードゲームの融合はあまり幸福な結果を生まない」という大意のことをおっしゃっていました。これについて中黒さんはどのようにお考えですか。
 個人的には『Twilight Struggle』(トワイライトストラグル)※46やCOIN系のように,「ほぼボードゲームと考えて良いウォーゲームの傑作」もあるように感じます。

※46 GMTが2005年に発売した,カードプレイを中心とするウォーゲーム。米ソそれぞれの指導者の立場となり,冷戦の全期間を扱う傑作だ(4Gamerレビュー記事)。完全日本語版がクロノノーツゲームから販売中である。

Twilight Struggleは,公式の日本語版こそないものの,PC版もSteamから購入可能。AIが強いので,最初は遠慮なく人間側にハンディキャップをつけてプレイするのがおすすめだ
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中黒 靖氏:
 おそらくそれは,ボードゲームとウォーゲームの融合を目指して銀一郎先生がデザインされた『謙信vs信玄』と『Hundred Days Campaign』が不幸だった※47,という局地的な事象かなと思います。
 実際,どちらの作品も,ゲームとしては非常に良くできた作品なんですよ。コンポーネントをきれいにして出し直せば,評価は変わるかもしれません。

※47 2タイトルはいずれも,2005年にアークライトから発売となったウォーゲーム。ジャンルとしてはウォーゲームに入る一方で,ゲームデザインにはユーロゲームのアイデアもふんだんに取り入れられている。残念ながら普及はしなかった。というか,謙信vs信玄はともかく,Hundred Days Campaignと英語で書かれたボックスを見て「これはワーテルローの戦いのゲームだな,よし遊ぶぞ!」と思う人が当時の(あるいは今の)日本にどれくらいいたのだろうか,という疑念は拭えない。

4Gamer:
 中黒さんのデザインするゲームシステムは,一般的なウォーゲームのデザイン方式とは少し異なるギミックや手順,フォーカスの仕方をしているように感じます。これらの「ひねり」を使おうと思うきっかけは何でしょうか?

中黒 靖氏:
 ミケランジェロは「大理石から不要なものを取り除いたら像ができた」といった感じの言葉を残しています。
 あるいは最近の映画『人生はシネマティック!』では,「脚本から無駄を省け」「無駄なところを全部省け」「無駄を省いたら,やろうとしているところに近づく」といった台詞があります。
 自分としては,これらの言葉が示しているイメージに近い感覚を持っています。何かを再現しようとして,そのために省いていくと,あるべきユニークな形になるんです。

4Gamer:
 はい。

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中黒 靖氏:
 たとえばドイツのノルウェー侵攻を扱ったNORWAY!においては,ドイツ軍の選択肢は「ノルウェーを攻めるか,大西洋に行くか」の二択になります。
 そして本作では英軍もドイツ軍も実際にマップ上でユニットを動かし始める前に,「部隊」として編成を行います。そしてその編成は,ゲームが始まったら変更できません。これは当然のことで,海軍の艦隊が作戦途中に海上で離合したりとかしないんですよね。
 ここまでゲームを絞り込むことで,NORWAY!は,部隊編成の面白さや,双方ともに20アクションしかない中で一手一手を打つ面白さに,ゲームをフォーカスできています。

 もっとも,NORWAY!ではもっと「無駄を省く」ことも可能でした。でも,ことウォーゲームにおいては「削りすぎ」てしまうと,先に言ったようなブンドド感がなくなってしまうんですよね。それはそれでゲームのテイストを大きく損ねるので,さじ加減が必要です。
 あ,ちなみにNORWAY!は間もなく中国語版が発売になります。ジップロックゲームからボックスゲームに出世します!(笑) コンポーネントが全体に豪華になるので,NORWAY!の再販を希望されていた方は,ぜひお買い求めください。

4Gamer:
 いいですね! ウォーゲームは生産部数が少ないこともあって,良いゲームがすぐ絶版になるのが辛いところです。これ以外にも再販の予定がある作品はありますか?

激闘!ロンメル軍団
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中黒 靖氏:
 『ウォーゲームハンドブック2013』の付録ゲームだった『激闘!ロンメル軍団』※48が,来年の4月に出版される『マンガでわかるウォーゲーム』(仮)の付録ゲームとしてリプリントされます。
 あと,ウォーゲームの再販って本当に判断が難しいんですよ。ええ。「再版してほしい」という声の大きさと,再版後の実売数は,まるで比例しないんです。ええ。
 「再版しろというご意見に応じたら全然売れなかった」といのは,ウォーゲームあるあるです。

※48 「40個の駒を使い,40分で1ゲームが終わる」ことを目標として作られた,コマンド40シリーズの第1号作品。北アフリカにおけるクルセイダー作戦がテーマだ。ゲームとしての完成度は非常に高く,砂漠戦ならではの,ダイナミックな動きがあり,かつ予見の難しい戦いが楽しめる。筆者が中黒さんに会うたびに「再販シテクダサイヨー」と言い続けている案件でもある。

4Gamer:
 ぐぐっ……(と心当たりのある顔をする徳岡氏)。
 そ,それはそうとして,ゲームマーケットでも同人ウォーゲームが徐々に増えてきています。いまのゲームマーケットという市場を考えたとき,ウォーゲームをデザインする面白さや難しさ,メリット,デメリットなど,ざっくりと伺えますでしょうか。

中黒 靖氏:
 今のゲームマーケットに出展する最大の難しさは,遊んでもらえるとは限らないということかと思います。なにしろ出展されているゲームの数は膨大ですし,どのゲームもコンポーネントは非常に綺麗です。意気込んで参加したはいいけれど,まるで注目されないという可能性は,大いにあります。
 というか,事前にSNSなどを使って真面目に宣伝して,試遊のサポート体制も確保しておくといった努力なしで,いきなり「遊んでもらえる」とは思わないほうがいいかもしれません。

 一方,現実的なデメリットとしては,「売れないと続けられない」という点が挙げられます。赤字はもちろん問題ですが,在庫をどうする? という問題もどんどん重くなっていきますから。

 ただこの問題は,無制限に目標を高くしていくから「厄介な問題」と感じるのだと思います。前もって,出展するにあたっての勝利条件を策定すべきなんです。

4Gamer:
 勝利条件,ですか。

中黒 靖氏:
 ええ。もし自分のゲームがプレイされる,試遊してもらえれば十分であり,購入してもらえなくても構わないのであれば,先ほどお話ししたように,広告宣伝や試遊サポートが必須です。
 一方でゲームを売って小金を稼ぎたいのであれば,アメリカのライセンサーに電話して人気のある絶版ゲームのライセンスを取り,再販すればいいでしょう。勝手にコピーするのはもっての外ですが,コンポーネントをきちんと整備して売れば,よほどのことがない限り赤字を吐くことはありません。

 あるいは,最近は美麗なコンポーネントのゲームが増えていますが,DIYスタイルのゲームをジップロックの袋に詰めて売るのであっても,ウォーゲーマー向けであれば何の問題もありません。なにせウォーゲーマーはそういうコンポーネントの商業ゲームを実際に買っていることも多いのですから。
 ただこの場合,購入者に自分自身でユニットをカッターで切ってもらったり,シールを張ってもらったりするという,一手間を要求することになります。なので「それだけの手間をかけた甲斐があった」と思ってもらえるようなゲームを作ることに集中すると,良い結果が得られるのではないでしょうか。

4Gamer:
 これからのウォーゲームについて,中黒さんとしてはどのような展望をお持ちでしょうか。
 いまウォーゲームにおいて起こっているさまざまなムーブメント,それこそマルチリンガル展開やソリティアの流行,DIYゲームやマガジンゲームの普及,レーザーカッターを使ったオンデマンド生産,Kickstarterの利用とアクチュアルゲーム※49の部分的な復活などについても,合わせて伺えればと思います。

※49 Actual Game。ミニチュアとジオラマを使ったウォーゲームのこと。一般的なウォーゲームは何らかのマス目で区切られたマップの上で戦うが,アクチュアルゲームにおいてはジオラマの上で直接ミニチュアを動かす。このため移動には物差しが必須だ。近年ではPCゲームでも有名な『Warhammer』を展開している販売会社である英Games Workshopの日本法人が,日本であらためてこのスタイルのゲームを強力にプッシュしている。

中黒 靖氏:
 まず総論として言えば,ウォーゲームという趣味が今後とも残り続けるというのは,間違いないと考えています。
 確かに現状,ウォーゲームの市場は小さいものです。ですがこれは「全世界に小さな市場がポツポツと広がっている」というのが正しい認識であり,それらを全部まとめると,十分な規模の市場になります。

中国語版『モスクワ電撃戦2』の製品ボックスより。本作は中黒氏が久々に作った東部戦線ゲームで,タイトルこそSSゲームズのモスクワ電撃戦を踏まえているものの,内容は完全に新しくなっている。やりこみ度はかなり高く,熟練者にとっても良いチャレンジとなるだろう
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 実際,自分が作っているボンサイ・ゲームズ※50のゲームは英語圏や中国語圏へも売っていますが,その結果,アメリカの小規模なパブリッシャが出しているウォーゲームと同程度の発行部数を維持できています。これを踏まえると,とりあえず米中は市場として考えたほうがいいと思いますね。商品を売るだけでなく,ライセンスを販売することも可能です。
 また世界を見据えたマルチリンガル展開はもとより,Kickstarter的なサービスの利用も重要になってくると考えます。いかにしてリスクを下げるかというのは,続けていくにあたっての重要な要素です。

※50 「21世紀のSSシリーズ」を目指して中黒氏が立ち上げた,歴史シミュレーションゲームメーカー。「盆栽ゲームズ」「Bonsai Games」とも書く。原則としてすべてのゲームは,プレイ時間が90分程度,駒数は50個,ルールブックは16ページ以内,マップはA3判サイズという制限の下で作られている。

こちらは日本語版のモスクワ電撃戦2
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4Gamer:
 デジタルデバイスの併用については,どうお考えですか?

中黒 靖氏:
 試みがいろいろあるのは知っていますが,自分としては今のところ必然性が見えない,というところです。ARを使うとか,アプリ連動とか,可能性はあると思うんですが。でもそれよりはミニチュアを使う方向性のほうが可能性があるかと思います。

4Gamer:
 なるほど。

中黒 靖氏:
 ただ,「未来永劫デジタルデバイスを使うことはない」というわけではありません。ゲームのなかで表現したいことによって,最適の道具を使い分けていくというのは当然のことです。そして新しい道具を試してみるなかで,新しいゲームが出てくるというのは,文句なしに素晴らしいことです。

4Gamer:
 それはそのとおりですね。

中黒 靖氏:
 また,新しい技術に目を光らせるのも重要ですが,国内のさまざまなサービスの変化に対してもアンテナを高くしておく必要があると思っています。この数年で,印刷コストは急激に低下しています。小ロット生産ならば,海外の印刷所に出さなくても,国内で十分に安く作れます。ボックスゲームを個人出版するのだって,そのハードルはうんと下がりました。

 そのうえでひとつ申し上げたいことがあるとすれば,「ウォーゲームは生産コストが安いよ!」ということですね(笑)。というか,カードの印刷費が高いんですよ。
 ユニットの数を絞って,マップもポスターくらいの厚さの紙に印刷すれば十分と割り切るなら,ウォーゲームの生産コストはかなり抑え込めます。

4Gamer:
 では,これからウォーゲームをデザインしてみたいという人に対して,アドバイスがあれば教えてください。

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中黒 靖氏:
 強調したいのは,ウォーゲームに限らず,「ゲームをデザインすることは面白い」ということです。ゲームをデザインすること,それ自体がゲームみたいだなあと思います。
 また歴史フレーバーのゲームを作るのであれば,自分がその歴史にどう向き合うのか,その結果をプレイヤーがどう捉えてくれるのかという面白さがあります。

 それを踏まえてのアドバイスとなると,「実際にウォーゲームを作るのであれば,まずは自分の興味のあるテーマから触っていくのが良い」かと思いますね。
 たとえば「とにかく戦車戦が好き」ということであれば,戦車についてよく調べることが第一歩です。でもこれはある意味で無難な選択でもあって,とにかく戦車と戦車戦について調べればそれでOKということでもあります。

4Gamer:
 まずはテーマ設定だと。

中黒 靖氏:
 難しくも面白くなってくるのは,もうちょっとゲームのスケールを上げた場合です。つまりプレイヤーが指揮官や上級指揮官になって,戦場の采配をするというゲームを作る場合,ですね。
 この場合,どうしても歴史と向き合う必要があります。そして作っている人が歴史とどう向き合い,それをどうユーザーにぶつけるのかが,「ゲームデザイン」として問われることになります。

 これは大変なことですが,同時に楽しみでもあります。デザイナーとしての自分の歴史解釈が,逐一ゲームに反映されていくわけですからね。ただそれだけに,その場合も,自分が興味を持っているところからスタートしないと,達成感も薄いかなと思います。

4Gamer:
 「好きこそもののなんとやら」の法則ですね。

中黒 靖氏:
 もちろん「ゲームマーケットでたくさん売る」ことを想定して,大河ドラマに合わせたゲームを作るのも手ですよ!(笑)

 ともあれ押さえておきたいのは,「歴史全部をゲームにすることはできない」ということです。そこから何を切り取り,プレイヤーが問題解決するところをどう抽出するのか。その解釈を進めつつ,そこに歴史とシミュレーションとゲームを全部入れておく。これがウォーゲームデザインの基本となります。

4Gamer:
 すごく難しいことを「簡単でしょう?」と言われたような気分です(笑)。では最後に,これからウォーゲームをプレイしてみたいという人に対して,アドバイスや,お勧めのゲームがあれば教えてください。

中黒 靖氏:
 『マンガでわかるウォーゲーム(仮)』を(2018年4月の)ゲームマーケット2018大阪合わせで出しますので,ウォーゲームに触れてみたいという方はこちらにご期待ください。もし大阪に間に合わなかった場合,翌月の東京で出します。

 とはいえ,一番は自分が興味のある歴史のゲームを遊ぶことです。ウォーゲームをたくさん遊んでいる人ですら,自分が興味を持てない時代を扱ったゲームを遊ぶとなると,いささか尻込みするというのが現実です。ぜひ,自分にとってのヒーローやヒロインが活躍した時代を遊べるウォーゲームを探してみてください。

4Gamer:
 本日は大変長い時間,どうもありがとうございました。

中黒 靖氏個人blog「ソークオフだよ人生は」

ボンサイ・ゲームズ公式Webサイト「Bonsai Games Online」

小さなウォーゲーム屋公式Webサイト

コマンドマガジン日本版公式Webサイト

国際通信社直販Webサイト「a-game」


謝辞:記事中で紹介しているウォーゲーム,ボードゲームの写真を掲載するにあたり,ソフィアゲームクラブ参加者の方々,およびコマンドマガジン日本版編集部の方々に多大なるご協力をいただきました。御礼申し上げます。
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