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印刷2008/09/03 11:14

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ゲーマーのための読書案内 / 第60回:ホモ・フロレシエンシス

ゲーマーのための読書案内
ホビットをめぐる冒険 第60回:『ホモ・フロレシエンシス』→「指輪物語」,亜人種モチーフ

 

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『ホモ・フロレシエンシス(上) 1万2000年前に消えた人類』
著者:マイク・モーウッド,ペニー・ヴァン・オオステルチィ
訳者:馬場悠男,仲村明子
版元:日本放送出版協会
発行:2008年5月
価格:1019円(税込)
ISBN:978-4140911129

 

 本連載の第45回では,「亜人種(デミヒューマン)は決して,ファンタジー小説の中だけの存在ではない」という切り口に基づいて,現生人類のアフリカ単一起源説と,それがもたらす結論,つまり我々の直接の祖先以外にも,文化を持つ「ヒト」が多数いたことになるという話(実際,ネアンデルタール人がそうだ)に言及した。
 その最たる例が,東南アジアに1万2000年前くらいまで存在したという「ホモ・フロレシエンシス」になるのだが,その発見を扱った詳しい本が出たので,あらためて紹介したい。『ホモ・フロレシエンシス 1万2000年前に消えた人類』の上下巻である。

 発掘プロジェクトのリーダーを務めたオーストラリアの考古学者マイク・モーウッドの手に成るこの本では,ホモ・フロレシエンシスという巨大な謎の発見に到る細かな経緯と,その後の数奇な運命,そして現在も続く学説上の論争を世界にアピールする内容となっている。
 ホモ・フロレシエンシスは身長1mそこそこ,手が長いなど樹上生活の痕跡を色濃く持ち,アウストラロピテクス(約250万年前)に近い特徴を留める一方,石器を使って集団でゾウ類やコモドオオトカゲを狩り,洞窟に住んで火を使った生活を営む「ヒト」であったという。
 外見上最も目に付く特徴は,やはりその小ささで,歯の特徴から成人女性と思われる全身骨格から推定したのが,さきほどの1mそこそこという数字だ。モーウッドはこの人骨に関し,発見の報告を受けたばかりの時期から「指輪物語」のホビット族をイメージしていて,あやうく「ホモ・ホビトゥス」と名付けるところだったらしい。不誠実な研究態度と見られるのを危惧した同僚に止められたおかげで,現在の無難な名前に落ち着いたのだそうだが。

 アウストラロピテクスはアフリカでしか見つかっていないのに対して,その子孫であり,我々の遠い祖先と見られるホモ・エレクトゥスは約180万年前にアフリカの外にまで進出し,その子孫がいわゆるジャワ原人や北京原人であると考えられている。
 だが,この系統をたどっていっても,ホモ・フロレシエンシスほど小さい種族は見あたらない。モーウッドはグルジア共和国のドマニシ遺跡で発掘された,身長140cm,175万年前の,より原始的な原人の例を引きつつ,人類のアフリカ以外への進出がホモ・エレクトゥス以前である可能性に言及,ホモ・フロレシエンシスの祖先に当たる小型の人類がいて,180万年前よりも早くアフリカを出ていたことを想定する。

 そして,もともと小型だった祖先が,フローレス島における「島嶼化」で,ますます小さくなっていったというストーリーを描く。生物学上の島嶼化とは,外敵の種類が少ない代わりに食料資源が乏しい離島などの隔離地域で,大きな生物は小さく,小さな生物は大きくなることがあるという,生物学/古生物学上の観測事実を指す。
 小さな生物が大きくなるのは,捕食者への対抗(逃げる/隠れること)よりも同種間競争が中心に来た結果である。一方,大きな生物が小さくなるのも同じく同種間競争であるとともに,有限な資源を効率よく使える個体が生き残るという理屈による。
 より大きな個体が有利なのは分かるとして,より小さな個体にはどんなメリットがあるのか。それは,妊娠期間の短縮=繁殖サイクルの向上であり,エネルギーの節約でもある。島嶼化には,飛んでいた鳥の子孫が飛ばなくなるという方向性もあって,これなどは典型的な省エネルギー化だ。捕食者を恐れなくてよいなら,飛ばないほうがエネルギーを使わずに済むのは理の当然であろう。

 人類には文化があるため,島嶼化の圧力は適用できないのではないかという議論はあるものの,いずれにせよ観測事実をどう解釈するかであって,現に小柄で文化を持つ種族が見いだされつつある以上,これも可能性の一つとして検討すべきであろう。
 この点,以前引き合いに出した『われら以外の人類』ではうがった補足説明が行われていて,『指輪物語』のホビット族が「だんだんに小さくなった」と描かれていることと,モーウッドの主張する島嶼化とのイメージが,重ね合わせられている。我々ゲーマーにとってみると,これはこれで興味をそそられる視点である。

 ところで,アフリカ単一起源説でなく,人類の,地上全域にわたる交流を含んだ漸進的な進化プロセスを支持してきた多地域進化説論者からすると,この奇妙なホビット=ホモ・フロレシエンシスも,ホモ・サピエンスにつながっていく流れの一環と位置付ける必要が生じる。
 それにはさすがに無理があるせいか,モーウッドのホモ・フロレシエンシス化石(というか遺骨)を,単に病気のホモ・サピエンスか,ホモ・サピエンスの小柄な部族にすぎないと批判する流れもある。ただし,さすがに世界的に見るとこの立場は傍流にすぎないようだ。

 ともあれ。この本では実のところ,古生物学/古人類学の新知識以外の記述に,多大な文字数が割かれている。それはいってみれば,古人類学という分野の生臭さだ。
先ほどの「ホモ・ホビトゥス」案にしても,アウストラロピテクスの有名な個体「ルーシー」の名が,人口に膾炙したおかげで研究費用が潤沢に集まったという,前例を意識してのものだったらしい。
 発掘作業の賃金は現地の給与水準をきちんと見て決めないと,ナメられたり,あとに続く人が困ったりするとか,遺跡/遺物の発掘に際しては,現地の宗教を尊重すべきとかいった話はまだかわいい。
 挙げ句の果てには現地インドネシアにおける古人類学のドンとの対立経緯までが,エピソードとして語られている。監訳者たる馬場悠男氏の解説によれば,潤沢な予算と多数の資金源を武器に世界中を掘れる欧米の考古学界と,お膝元の遺跡発掘すらままならないアジア考古学界の感情対立が,その背景にあるのだという。

 なんというか,どこまでも人間くさい学問だから人類学なのだろうかと,ツッコミの一つも入れたくなる話だ。人類と亜人類のルーツをめぐるロマンを紡いでいるのは,そんな泥臭い現生人類達の営為であることが分かるという意味でも,読んで面白い本である。

 

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■■Guevarista(4Gamer編集部)■■
無駄な読書の量ではおそらく編集部でも最高レベルの4Gamerスタッフ。どう見てもゲームと絡みそうにない理屈っぽい本を読む一方で,文学作品には疎いため,この記事で手がけるジャンルは,ルポルタージュやドキュメントなど,もっぱら現実社会のあり方に根ざした書籍となりそうである。
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