業界動向
前回は,プロでなくてもビジネスになるゲームを開発できる環境が整いだしている例として,たった一人で開発されている「Love」というMMOと,リズムアクション「Audiosurf」を紹介した。どちらもプロシージャルな自動生成技術などをうまく利用し,少人数での開発を実現したタイトルだ。ところが,これとは逆の動きもある。なんと数万人で一つのゲームを開発するプロジェクトが進行しているのだ。
何万人ものゲーマーが力を合わせる
MMOプロジェクト
2月にサンフランシスコで開催されたGame Developers Conferenceで話題になった,“ゲーム開発の民主化”。これは,多くの人がゲーム開発に参加できる環境を整えることで,業界を活性化させようというムーブメントだ。ゲーム開発をオープンなものにするというコンセプトは,いまや2兆円ビジネスへと成長した北米ゲーム産業が,次のステップに進むための重要な鍵を握るものだろう。新しいアイデアや才能を持った人材の発掘を通して“ゲームを作る人口”を増やすことで,産業の基盤を強固にしようとしているのだ。そんな,「プロではない人が商用ゲームを制作できる」とことが民主化の流れなら,数万人の人々が集まって作品を作っていくのも一つの民主化だろう。
その例として挙げられるプロジェクトを進めているのが,倒産したAcclaim Gamesを「2Moons」(邦題 DEKARON)のプロデュースで復活させたデイビッド・ペリー(David Perry)氏だ(関連記事)。
Acclaimが2007年から開始しているProject:Top Secretは,一般の人達が集まってMMOの開発に参加するという,前代未聞の企画だ。すでに6万におよぶ人達が集まっており,ゲーム開発の基礎となるドキュメントが完成しつつあるようだ(画像をクリックすると公式サイトへ移動します)
プロジェクトの名前は,「Project:Top Secret」といい,2007年2月にスタートしている。これは,アメリカで流行っている「アメリカン・アイドル」のようなオーディション番組に似たスタイルになっており,一般の人がゲームの企画/開発に参加し,その能力が突出しているとされる人物が選ばれるもの。ゲームの誕生にもっとも貢献したと認められた人は,最終的にAcclaim Gamesと契約を結び,ゲームの収益からのロイヤリティを得られるのだ。
テレビ番組と一番違うのは,誰でもこのプロジェクトに参加できることだろう。プロジェクトスタート時は「AcclaimがプロデュースするMMORPGを開発する」ということ以外,何も決まっておらず,ペリー氏も「情熱と才能のある人が,突然自宅で覚醒して,(ゲーム開発という)爆発が起こる。そんなことを私達はやり遂げたいのです!」とコメントしていた。当初は,ゲームを完成させることよりも,ゲーム開発のプロセスを通して,才能のある人を発掘するという狙いだったようだ。
しかし,プロジェクトスタートから一年が経ち,その雰囲気は大きく変わってきていた。なんと参加者総数が,6万人にも膨れ上がり,ゲームの完成に向かってプロジェクトが前進しているのだ。
誰でも参加できるという敷居の低さ
もちろん,6万人全員が,毎日のようにProject:Top Secretに“ボランティア”として関わっているわけではない。登録しただけで何もしていない人だって少なくはないはずだ。しかし,これだけの人が「ゲーム開発者になる」ことを夢みて,ゲーム開発に関わろうとしているのである。ある意味,「民主化」という言葉にもっとも近いプロジェクトかもしれない。
6万人という参加者の数は,Acclaimにとって当初の予想をはるかに超えるものだったようだが,今でも公式サイトにおいて参加者の募集が行われている。優勝者への賞品もグレードアップしており,先に挙げたもの以外に,10万ドル(約1000万円)のボーナスと100万ドル(約1億円)分のミドルウェアライセンス費が追加されたのだ。
Acclaimにとっては,開発者の原石発見が目的の一つなので,参加者の母数は多ければ多いほどいいはずだ。最終的には,10万人の「ゲーマーによるゲーマーのためのゲーム開発」を目指すことになるという。
プロジェクトは,現在ゲームデザインのドキュメントを製作中といった段階で,Project:Top Secretがどのようなゲームになるのかは,まだ分からない。公式サイトによると,ファンタジーワールドが舞台となり,ペットを使ったレースや,交配による新種開発などを楽しむMMORPGになるようだ。
アニメ風のアートを採用するとのことだが,現在公開されているデッサンを見る限り,まだまだアーティストが不足していそうな気配である。絵心のある人なら,登録して投稿するのも面白いだろう。
Project:Top Secretの開発工程は,細かいマイルストーン(行程目標)に分割されており,それをペリー氏らゲーム開発を本業とするアドバイザー達がサポートしていくシステムになっている。マイルストーンが細かいのは,大人数による開発の方向性を見失わないようにするためだろう。
アドバイザーとして最近,Command & Conquerシリーズの元プロデューサーとして知られるMike Skaggs(マイク・スカッグス)氏が加わっており,かなりの気合いの入ったプロジェクトに変貌しつつあるのは確かだ。
Acclaimでは,この数万人規模のゲーム開発手法を“コミュニティベース・ゲームデザイン”と呼んでいる。面識のない多くの人々が,ゲームを自由にデザインし開発していくというこの試みが,空中分解せずにこのまま続けられていくのか見ものである。
話題作りや新人発掘という側面が強いプロジェクトではあるものの,このように傍から見てもリスキーに思える開発形態を,名のあるゲーム企業が公開実験していることがまず興味深い。このプロジェクトで誕生した作品が,数年後にどのように評価されるのか,非常に楽しみだ。成功すれば,民主化が生み出した重要なゲームとして名を残すことになるのかもしれない。
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